第9話

 毎週の火曜日に奈々川さんに出会うのが日課になった。何とか奈々川さんをもっと知りたくて、毎日火曜は休みを取る。B区にいる奈々川さんの父親は、あの総理大臣だというのは確かに悩みの種だ。けれど、父親が暴君でも娘は違うということも歴史的にはあるはずだ。よろしい、火曜日はせっせと休んで、奈々川さんにラブアタックだ。

 でも、B区の総理大臣の手下が気付いてしまったら……銃の手入れもしなくてはならないだろう。恐らくは私たちはA区に住んでいるし、匿っているとも言えるし、死人がでるほどの大問題が発生してしまうだろう。

 それでも、やっぱり好きになった人と一緒にいたいものである……。

 私の恋の病は悪化の一途を辿っているのだろうか……。


 午前8時

「おはようーっス! 云話事町TVでーす!」

 美人のアナウンサーが住宅街を背に元気な声を発した。

「はい! 藤元 伸二です! どうぞよろしく!」

 神社のお祓いに使う棒を持った藤元がテレビのドアップを受ける。鼻毛が少し伸びているが、それ以外はいたって普通の人だ。

「僕の宗教に入団してくれた人は、今なら抽選で……」

「はい! そこまでです!」

 藤元が言い終わる前に、美人のアナウンサーが割って入った。

「云話事町新教会が切羽詰まっているのは、解りますけど今は仕事中でしょ!」


 美人のアナウンサーが眉間の皺を気にできないほど微笑む。

「だってー、入団希望者がいないどころか、僕一人しかいないんだよ」

「そんなことより、仕事っス!」

「うっす!」

 明るい住宅街を背に撮影されている。二人の後ろには複数の笑い声が聞こえていた。

「今も進行している大規模な都市開発って、私たちA区の人々には全然関係ないですよね」

「おっす! そーですね。僕のいつも買うアイスクリームが安くなるのなら、とてもいいんですけどね」

 美人のアナウンサーや周囲のテレビ局の人たちもA区の人である。

「……」

 美人のアナウンサーは眉間に皴を作った。

「でも、治安が少しでも良くなるのなら……いいんですけどね」

 美人のアナウンサーはマイクを握り直す。

「そうですね!」

「それでは! 今日の天気は?!」


 美人のアナウンサーが笑顔で、藤元にピンク色のマイクを向ける。

「はい! では、今日は晴れ時々、……曇り空です。けれど、今日は15夜のお月様ですから……あ!」

 藤元が緊迫して何やら大きめな本を取り出した。

 熱心に読み始める。

 その本は難解な漢字が羅列してあった。

「それでは、みなさん! 今日も良い一日を!」

 番組がそこで終わった……。


「昨日の云話事町TV。時々曇りだって言ってません?」

 今日は火曜日。

 奈々川さんとコンビニ前。

「ああ。でも、当たるのかな? 藤元が出る時の天気予報って、正確じゃなくて占いみたいになるから」

 前は藤元がでない時は普通の天気予報で正確だったのだ。

 私は緊張する顔で銃をズボンのホルスターに入れて、島田のゴミと自分のゴミを捨てるところでもある。

 当然、両手は塞がっているが、危険な時にはゴミを素早く降ろして、銃を抜ける自信がある。そういえば、私の射撃経験は高校時代からだ。近くの射撃場で遊んでいた。人を撃った経験もある。サラリーマン時代に、通勤途中でA区の酔っぱらいが絡んできた時に発砲し、致命傷を負わせた。

「うーん。洗濯物があるしなー?」

「うん?」

「ねえ、少し歩きましょうよ。一緒に」

「ああ」


 私はその提案にのぼせそうな頭と顔をしている。ゴミをさっさと捨ててから緊張した足取りでついて行った。

「どこまで行くんだ?」

 奈々川さんは微笑み。

「どこか、遠いところで安全なところですよ。私の秘密を知っている夜鶴さんのことをもっとよく知りたいんです」

 弾む息の奈々川さんの声。

空気はすっきりとしている。空は雲が少し多いけど晴れ間が見える。

(そういえば、弥生も知っているのだよな。奈々川さんがあの総理大臣の娘だってこと、俺だけじゃないんだ……)

 私は奈々川さんがB区の連中に見つかったら、この近辺が現実に火の海になりかねないことを、もう少し深刻に考えたほうがよかったのだろうか?

 でも、私は奈々川さんともっと知り合え、互いに笑って話しかけて、そんな関係になりたいと心の底から願っていた。それが、今、叶ったのだ。

「あの。チャーシューメンからお肉を全部取ったら、何て名前になるんですか?」


 奈々川さんが話しかけてくれる。

 近所のラーメンショップを横切るところだ。


「はあ。多分、ただのラーメン」

 緊張をするが、そして胸がドキドキするが、私はこの時のことをいつまでも大切にしたい。

 奈々川さんの目元のホクロが見える。奈々川さんの髪のシャンプーの匂いが嗅げる。

「メン。じゃなくて?」

「恐らく」

「ねえ、夜鶴さん。お友達とかいるんですか?」

「ああ、島田って名だ。俺がB区でリストラになって、A区に来たときに暴漢と争っていたんだ。その時に助けに入ったら友達になった。けっこういい奴さ」

 奈々川さんが優しく微笑む。

「へえ。夜鶴さんってB区にいたんですか」

 あの時は何故、島田を助けたのだろうか? 今でも解らない……。

「実はB区の一等地の云話事ベットタウンで育ったんだよ。おやじもサラリーマンをしてて……。今じゃ俺のこときっと心配しているんだろうな。リストラの違約金を払って一文なしなんだから」


 奈々川さんが俯いた。。


「父のせいかも知れないわね。ごめんなさいね。私の父はB区の発展にしか興味を持たない選挙の亡者なの。でも、厳しいところもあるけど優しいところも持っているの。だから、私から謝ります」

 A区から選挙権を奪うと、B区を住み心地よくしなければ、選挙で生き抜いていけないのも事実である。鬼のような政治だが選挙で戦うのなら現実的な方法だし。大規模な都市開発。今現在の都市開発プロジェクトも、B区だけを発展させる方が選挙活動をするのには、はるかに有利だろう。日本のためと頑張っているだけなのだろうか? 任期は廃止され、その代わり選挙存続期間というのがある。選挙で選ばれ続ければ何十年もいられるのだ。

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ご近所STORY ハイブラウシティ(改訂版) 主道 学 @etoo

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