第9話 自由に怯え(2)

「おーきーろー! ……ここまでするか、日比谷のやつ。おい! みどり! 俺を見ろ!」


 頬に痛みが走ったことで意識が覚醒すると目の前に百々目さんがいた。彼は私の腕に刺さっていた点滴を引き抜いていく。


「ど、……」

「無理に声出そうとするな。咳き込むぞ」

「ゴホッ、ゲホッ……」

「ほらみろ」


 彼は私を抱き起こすと乱暴に背中を撫でた。痛くて睨むと、彼は安心したようにヘラリと笑う。


「睨む元気があるなら何よりだ。久しぶりだな」


 色々と言いたいことはあったのだけど、とりあえず「昨日ぶりでしょ……」と返す。それだけで喉が痛い。百々目さんは私の背中を撫でながら、眉間に皺を寄せた。


「残念だが十日ぶりだ」

「と……? 嘘……」

「俺だって腹に穴空いた直後は動けねえよ。……、しかし、がっつり痩せたな」


 自分の腕を見ると、たしかに記憶よりも白く細い。


「あんた、どこまで意識があった?」

「紫貴と車に乗って、……ここ、どこ? ゴホッゴホッ……」

「なるほどな。廃人間際だな」


 何度が咳き込んでから、彼を見る。


「怪我は……もう、いいの……?」

「よくはねえよ。日比谷に折られた肋骨もいてえわ」


 彼はシャツをまくりあげて、腹から胸に巻かれた包帯を見せてきた。


「肋骨って……冗談じゃなくて……?」

「日比谷は冗談は言わない。こと、暴力についてはな。あと一昨日、一発殴られて鎖骨も折れたわ。満身創痍だ。マァ、そんなことはどうでもいい。やっと焦点合ってきたな」


 彼は私の目の前で何度か手を振ってからニヤリと笑う。


「で、あんたは日比谷に何したわけ?」

「……何も、……」

「何もしてないのに薬漬けで監禁はされねえよ。逃げただろ?」


 逃げた、つもりはない。

 が、本当に十日も過ぎているなら、紫貴にそう勘違いされているのは確かだろう。


「その、あなたが撃たれたのに、紫貴と連絡つかなくて……こんな時に連絡もつかないなんてってムカついたから、もう事後報告でいいや、勝手に日本でビザ取ってこようと思ったの」

「で、なんでまだアメリカにいんだよ」

「ちょうど紫貴が帰ってきて、空港でばったり」

「最悪のタイミングだな。あんたは運がない。で、あいつは豪運だな」


 顔をしかめると、百々目さんはケラケラ笑った。その笑い方は普段通りに見えた。しかし、彼も顔色が悪かった。


「……今、何時?」

「午前二時半。あんたの監視がきつくてな。隙ができるのがここしかなかった」

「……どういう状況?」


 彼は足を組んで天井を見上げる。


「どういう状況かね……あんたを逃した方がいいんだろうが、そしたら日比谷が壊れる気がするしな……」

「壊れる?」

「……ウウン……」


 彼は天井を見たまま、何か考えている様子だ。私がもう一度「紫貴がどうしたの?」と聞くと、彼はようやくこちらを見た。彼のサングラスに私が映る。


「俺は女を信じてる。女からの褒め言葉とか、許しとか、愛とか、セックスとか……結局、男の俺たちにはそういうもんが必要なんだ」

「あなた、女を馬鹿にしてるの?」

「違う。真面目な話だ。男は女に勝てない。……、そうであって欲しいという願いでもある。……紫貴の女はあんただから、あんたにはあいつは勝てないんだ」


 彼は真面目に話していた。だから私は動きにくい体を必死に動かし、彼の腕を掴んだ。


「教えて。紫貴は、どうしたの」


 彼はスーツの内ポケットからスマホを取り出した。


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