松本の喪失と謎の時計台

星咲 紗和(ほしざき さわ)

第1話 時計台の出現

その朝、松本玲奈はいつも通り街の中心部に向かっていた。だが、いつもと違う光景に足が止まる。見慣れたはずの広場の中央に、不思議な時計台がそびえ立っていたのだ。重厚なアンティーク調の装飾が施されており、まるでこの街にずっと存在していたかのような佇まいだが、昨日までその場所には確かに何もなかった。


「誰か、設置工事でもしたのかな?」


周囲の人々も口々にざわめきながらその時計台を見上げていたが、誰一人としてそれについての情報を持っていない様子だった。玲奈も含め、誰もがその不気味さにどこか惹きつけられているようで、自然と集まり始めていた。


しばらくして、時計台が突然「カチッ」と音を立てて動き始めた。まるで長い間眠っていた巨人が目を覚ましたかのように、針がゆっくりと動き出したのだ。その瞬間、玲奈は奇妙な感覚に襲われた。体の芯が冷たくなるような不安とともに、なぜか「この時計台が何か重大なことを告げようとしている」と感じた。


周囲の人々もその異様な空気を察知したのか、次第に静寂が広がる。時計の針が一つの時刻に達した瞬間、遠くから「チリン…」と鈴の音が響き渡った。その音はとてもかすかで、まるで風に乗って届いたかのようだったが、その場にいた全員がはっきりと聞いた。


その鈴の音を合図にしたかのように、どこかで人の悲鳴が上がった。「松本さんが…消えた!」誰かが叫び声をあげ、玲奈は胸がざわつくのを感じた。「松本」とは、彼女自身の名字でもある。だが、まさか自分に何かが起きるはずはない、と頭を振って自分を落ち着かせようとした。


しかし、その日を境に、街中で次々と「松本」という名字の人々が一人ずつ消えていくという異常事態が始まった。消失には決まって「チリン…」という鈴の音が付きまとい、まるで何かが彼らを誘い、見えない異界へと導いているかのようだった。家族や友人が突然姿を消し、二度と戻らないことに、人々は恐怖におののき始めた。


玲奈も恐怖を感じつつ、次第に「この謎を解かなくてはならない」との使命感に駆られるようになる。自らの運命と、松本姓を持つ一族の秘密に迫る旅が、静かに始まろうとしていた。

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