第30話 アンゼリカちゃん(前編)

「私の答えは……」


 アンゼリカちゃんの姿を薄っすらと重ねている変態に向けて指を差す。


「今からアンゼリカちゃんと直接話してきます!」


 そう、私が宣言した瞬間、アンゼリカちゃんが⁉って顔をしたのを見逃さなかったぞ。


「リーシャ、どうやってだい?

 まさか自害して再び転生する気かい?

 もしそうだとしたら全力で君を止めよう」


 イワンの言葉に、他のみんなも表情を変える。


「自害?そんなの許しませんわ!

 もししたら、わたくしもあとを追いますわ!」


 いや、ソフィアが自害したら先王である変態が責任取らされて処刑されそうだからしないでよ?


「うっしゃあ!その前に先王様ボコってアンゼリカとやらを切り離せばいいんだよなあ!」


 ユリウス?変態が戦闘態勢に入っちゃったんだけど?


「そういうことなら仕方がないな。

 勝てるかわからんが、リーシャの盾になってやるぜ!」


 ボリス?さらに変態が気合を入れちゃったんだけど⁉


「冷静に!リーシャ嬢も先王様もみんなも落ち着いてください」


 ニコライ?私は落ち着いてるぞ。

 そっちが落ち着いてくれ。


「フッ、要はリーシャ・リンベルの問題を解決してから恋愛の決断を下すということですね」


 フェリクス?そこまでは考えてないよ?


「リーシャ〜、どうするの〜。」


 カリーナ!よくぞ聞いてくれたよ!

 変態が自衛のために、ゴゴゴってオーラ出し始めたからどうしようかと思ったよ。


「へんた……爺やさんも落ち着いてください。

 私は魔法を使えるようになったんです!

 その魔法で、アンゼリカちゃんを召喚します!」


 イワンとの窮地の際に、何も考えずに変態を呼び出してしまった感覚を思い出す。


「ほう?リーシャ殿、たしかにそれがしを召喚した時は驚きましたぞ。

 ですがそれがしと違い、アンゼリカ様は別の時空に存在しているとのこと。

 魔力は戻っても、魔王の記憶を思い出していないリーシャ殿に、そのような人智を超えた召喚魔法ができますかな?」


 メイド部隊が変態を護るために私たちと対峙する。


「思ったんですが、このメイドさんたちってアンゼリカちゃんに鍛えられたんじゃないんですか?」


 これは直感だった。

 表向きはレフレリア王国の王宮に仕えるメイドたちだが、裏では1年で凄腕に育てられ、変態の先王に仕える部隊が裏の顔だ。

 

 この状況下で、次期国王のイワンの護りを固めないのは不自然極まりない。


「ほう?リーシャ殿、何故そのように思うのですかな?」

「だって、神々と戦う準備していたんでしょ?

 この世界を完全に人の物とするために。

 なら人手はいくらいても足りないよね?

 私も時々真っ白い空間に呼ばれたからなんとなくわかったんですよねえ。

 ……メイドさんたちから、アンゼリカちゃんの匂いが微かながらするんです」


 私は確信を持って言い放った。


 すると、変態が叫ぶ。


「『私の匂いってなんですか!』

 と、アンゼリカ様が仰っております。

 ……ですが、それがなんだというのでしょう?」


「リーシャ……どうするんだい?

 あの白い空間は魔王である君を喪った直後に、神々がアンゼリカを閉じ込めた場所だよ」


 イワンが私の横に立って呟いた。


 なぬ⁉ということは、以前アンゼリカちゃんが私に告げた、天地創造の神々を騙すための場所って嘘だったってこと?


 それともう1つ。


「ファーストキス狙ってこないのね?

 私の味方でいいの?」

「ことここまで来たら、君をどうこうするより、君がどうするのかを見届けたい」


 爽やかスマイルで、イワンは囁いた。


 それを見て、私はなんとなく察した。


「イワン……いえ、恵……前世で私を殺したのって理由が別にあるんでしょ?」


 そう囁やき返すと、イワンは悲しげに首を横に振った。


「僕が……恵だった私が、君を殺したのは事実さ」


「私を殺さなければ、アンゼリカちゃんがこっちの世界で人質にした変態とメイドさんたちを使って、神々に無謀な戦いを挑むって脅したんじゃないのかな?

 ……そうだよね?アンゼリカちゃん。

 考えてみたら前世を殺されて、初めて出逢った時から変だった。

 なんで宿敵である勇者が、あの空間に入れたんだろうって。

 ……それは、アンゼリカちゃんと勇者の転生体だった恵が裏で繫がっていたからじゃないかな?

 反論どうぞ、アンゼリカちゃん!」


 みんながポカーンとするも、私の言葉で事情はわかってくれたのだろう。


 全員が、変態から薄く浮かんでいる銀髪ロングヘアの美少女、アンゼリカちゃんへと視線を向ける。


『言いたいことはそれだけですか魔王様。

 大体あなた様が悪いのです。

 ですが私はあなた様の側近中の側近、愚痴は申しません。

 もし、まだ何か言いたいのであれば、どうぞ私を召喚するなり、私のいる空間を訪ねてくださいませ。

 ……魔王様の記憶も戻らないあなたには、どうせできないでしょうけど』


 薄く存在するアンゼリカちゃんが消えようとしていた。


「待って、アンゼリカちゃん!」


 私の声が部屋中に響く。


「私の側近……いえ、私の大切な友人でしょう?

 だから信じて!私は必ずあなたを召喚する。

 ここで、今すぐに!」


 私の決意に満ちた言葉に、部屋全体の空気が変わる。

 イワンたちだけではない、変態もメイドさんたちも、その真剣さに心を動かされているようだった。


「私はアンゼリカちゃんが大魔導師だからじゃない。

 アンゼリカちゃんがアンゼリカちゃんだから、側にいてほしいの。

 だから……絶対に召喚してみせる!」


 私の体から魔力が溢れ出す。

 その瞬間、イワン、ボリス、フェリクス、ユリウス、ニコライ、ソフィア、カリーナが私の手に自分たちの手を重ねてきた。


 イワンたちの手が私の手に重なる。

 その温もりが、私の魔力をさらに増幅させているのがわかる。

 みんなの思いが、私の中で一つになっていく。


 私の体から溢れ出す魔力は、まるで生き物のように部屋中を満たしていく。

 それは私の決意と、みんなの思いが形になったかのようだった。


「信じて、アンゼリカちゃん。

 みんなの力を借りて、必ず呼び寄せる」


 私の中で、何かが目覚めていく。

 これが魔王の力なのか、それとも私自身の力なのか。

 それはわからない。

 ただ、アンゼリカちゃんを呼び寄せるという一点に、全てを賭けていく。


 私の体内で何かが動き始めた。

 儚く途切れていた魔力の流れが、今ここで再び活性化されていくのを感じる。

 指先から伝わる力強い感触に、私は魔王としての本質を取り戻していくのだと確信した。

 この身に宿る力を、いざ解き放とうとする時が、ついに来たのだ。


 薄く見えるアンゼリカちゃんが、呆れたかのように笑みを浮かべた気がした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る