第22話 デート ニコライの場合

 ニコライがデート場所に選んだのは、王都にある歴史博物館であった。


 高い天井から注ぐ光が、館内の展示品を柔らかく照らしだしている。

 古代の遺物たちが並ぶ中、私たちはゆっくりと歩を進めていく。

 この場所には、重々しい歴史の重みが漂っているように感じられた。


「リーシャ嬢が、魔王や勇者に興味あると聞きました。

 ここの博物館には、魔王と勇者に関する展示があるんですよ。

 まあ、眉唾物でして、あまり人気はないのですが」

 

 ニコライが苦笑いしながら言う。


「なんで人気ないんだろ?

 伝説だから?」

「見てみればわかると思いますよ」


 入場料を払って、早速中へと入る。


 ふむふむ、歴史博物館という割にはそれほど広くはないな。

 1階は子供向けの展示や文献。

 要はレフレリア王国凄い!をアピールする内容である。

 王国民なら皆が知ってることばかりだ。

 私だって王立学校の学生になって、キチンと勉強したので知ってるぞ。


「魔王と勇者に関する文献は、2階にあるんです。

 さあ行きましょう」

 

 ニコライにエスコートされて2階に上がり、魔王と勇者の展示コーナーへと向かう。

 おお、なんかちょっと胡散臭いオーラを醸し出しているぞ!

 博物館の人が書いた説明文を読む。

 1部抜粋すると……


『かつて世界を統治していた魔王が、ある日地上の生きとし生けるもの全てを滅ぼすため、巨大な魔獣の群れを率いて大地に解き放った』


『しかし、人々を憐れんだ神々が1人の人間を選び、勇者として魔王討伐を命じた。

 勇者は魔王を倒し、天へと還っていったのであった』


 って、何だよこれ⁉

 よくある勇者と魔王の戦いのストーリーを端折りまくって説明しているだけじゃないか!

 もっと具体的な史実がないのかな?  

 

 ん?『魔王と勇者の遺品がこれだ!』だって⁉


 説明文の最後の行に、矢印があって、その方向には2つの展示品が置いてある。

 

 これが勇者の遺品と魔王の遺品か……って!

 

 なんだこれ?


「驚きましたか?ここが人気ないのがわかりましたか?」


 ニコライが苦笑いしながら、私に言う。

 私は呆然として展示品を見つめるのであった。


 それは剣や槍や杖なんていう武具ではない。

 宝石や貴金属で作られた宝飾品でもない。

 華麗で綺羅びやかな衣服でもない。


「何これ?リング?輪っか?」

 

 思わず私は、ポツリと呟く。


 ガラスの向こう側にある、勇者と魔王の物だという大きな輪っか。


 まるで天使が頭の上に浮かべている、光るリングのようだ。


「伝承によりますと、魔王と勇者は死してなお、このリングを求めて魂を彷徨わせてるとのことです。

 だから、このリングが片方でもなくなった時が魔王復活の報せだと。

 まあ、噂に過ぎませんがね」


 ニコライは笑うけど、私は笑えない。


 だって、その輪っかの1つが、ガラスを通り抜けて私の胸に消えていったんだもん。


 まるで私のほうから呼び寄せられるように、その輪が私の胸に吸い込まれていくのを目撃した時、私は呆然とした。

 体の内部で何かが微かに鼓動し始めるのを感じていく。


「さあ、そろそろ帰りましょうか。

 リーシャ嬢、このあとお時間はありますか?

 よければ、私の行きつけのレストランにご案内したいのですが。

 おや?」


「レストラン!行きたい!

 さあ行きましょ?私もうお腹ペコペコだから!」


 展示物で輪っかが1つ消えてね?って思ってそうなニコライの背中をグイグイ押して、私たちは博物館をあとにするのであった。


 私、泥棒じゃないよね?だって向こうからやってきて、私の身体に吸い込まれたんだし。

 っていうか変な物を身体に取り込んで、大丈夫だろうか?

 いきなり変な病気になったりして……


「どうしました?リーシャ嬢?」


 完璧なマナーでフォークとナイフを使い、肉を切り分けていたニコライが私に尋ねる。

 私は慌てて笑顔を繕って、何でもないと首を横に振る。

 今は食事中だ。

 変な心配をさせるわけにはいかない。


「……そういえば、魔王についてこんな噂もあるのですよ」

「どんな噂なの?」

「魔王はとても慈悲深く、多くの男性も女性も魅了して振り回したとか。

 フフ、まるでリーシャ嬢のようですね」


 ニコライが爽やかに笑う。

 私の心臓はバクバクだ。


「でも勇者に殺されちゃったんだよね。

 魔王なんていう嫌な呼び方されて」

「嫌な呼び方ですか」


 ニコライがちょっと意外そうな顔をする。


 あれ?なんか変な事言ったかな?

 あまり深刻に取られないよう、敢えて軽く言ったんだけど。

 でも私は、勇者と魔王の物語は好きじゃない。

 だって……

 私は魔王だった前前世で、恋愛も知らずに殺されたんだから!


 食事を終えた私たちは、王都にある高級レストランを後にする。

 お会計の時、ニコライが全部払おうとしてくれたけど、そこは私が止めてきっちり割り勘にする。


「ではリーシャ嬢、また夏季休暇終了後の学校でお会いしましょう」

 

 女子寮前まで送ってもらい、ニコライは笑顔でそう言うと、お迎えの馬車に乗った。


「魔王と勇者のリングが消えたと騒ぎになっているようです。

 リーシャ嬢、気をつけてくださいね」


 なんていう、不穏な一言を残して。


 ……はい?


 魔王のだけではなくて勇者のも⁉


 ニコライ……あなたは一体……


 いやいや考えすぎか。

 これは普通にヤバそうな事件が起きたから、私を心配しての発言だったと思う。


 そう想像しても、落ち着いて語るニコライに、私は疑惑の目を向けてしまうのであった。

 

 ***


『岩下真帆殺害事件


 第6容疑者


 ニコライ・ベーレンス


 年齢 16歳 王立学校1年生

 容姿 銀髪 童顔イケメン 低身長

 身分 教会の大司祭の嫡子

 能力 万能型で最近どの科目の成績も伸びている

 性格 悪人は許しません?

 人生 リーシャに出会うまでは順調だった?

 目的 リーシャと結婚すること(本当かは不明)』

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