第17話 デート ボリスの場合

 夏季休暇が始まり、私はちょっと歴史教師の狸に呼び出されて補習で学校にいる日もあるけど、つつがなく1人ずつの1日デートが始まったのであった。


「よし! じゃあ今日は俺に付き合ってもらうぜ!」


「はいはい、そんじゃよろしくね」


 ボリスも私も体操服姿だ。

 場所は王都の大通り。


 うん、ここをスタート地点にするって、やっぱりボリスは脳筋だな。

 周りの視線が痛いよ……


 王都の大通りは夏の陽気に包まれていた。

 道路の両側には色とりどりの花が咲き誇り、遠くには王城の尖塔が空に向かって伸びている。

 普段は騒がしいこの大通りも、この暑さのせいか、いつもより静かに感じられた。


「じゃあ行くぜ!」


「まったく、真夏に1日マラソンとか、ちゃんと約束通り温泉貸切で1日を締めてよね!」


「わかってる。グローマン家所有の温泉に連れて行ってやるぜ!」


 伸びと屈伸をして準備万端だ。

 この個別デートで、誰が魔法を使えるかをチェックしていこう。

 細心の注意を払って、表情も見逃さないようにしないとね。

 魔法が使える=勇者と考えていいだろうし。


 大昔の魔王が死んで以降、誰も使用できない魔法。

 なぜ使えるかはともかく、普通の人間ではないのは間違いないのだから。


「では位置について、よ~い、スタート」


 なんか知らないおっさんが、綺羅びやかな軍服を着てスタート地点に立っていて号令したんだけど。

 もしやあのおっさん、ボリスのお父さんの元帥って人じゃないよな?

 通行人が巻き込まれないように誘導している軍服の集団がいるけど、もしかしてレフレリア王国の軍隊って暇なのか?


 走りながら見る王都の街並み。

 こう見ていくと綺麗だなあ。

 レンガ造りの建物が整然と並んでいる姿が、心を落ち着かせてくれる。

 なんか、とても懐かしい気分にもなっていく。


 なんだろう?

 リーシャ・リンベルになる前から知っていたような気分。


 デジャブってやつかな?


 夏の太陽が容赦なく照りつける中、通りを行き交う人々は日傘や帽子で日差しを避けていた。

 そして、私たちの奇妙なマラソンデートを好奇の目で見つめていた。


「どうしたリーシャ! 俺が勝てばファーストキスを奪うぜ!」


「別に負けるわけないし」


 先に走りだすボリスに追いつく。


「へっ! さすがリーシャだ! 今日は楽しもうぜ!」


 赤い髪を汗で滲ませていくボリス。


 スポーツ男子だねえ。

 女の子と1日のデートにマラソンをチョイスってどうなんだって思ったけど、これはこれで健全でありかも。


 まあ、前世と違って体力がめちゃくちゃ私にあって、勝つのが私って確定している余裕があるけどね。


「リーシャ、あんまり近づくな」


「は? なんでよ」


 こいつ、やっぱり私のこと好きじゃないだろ?

 空気に流されて、私のことを好きだと言っているだけかな?


「汗臭えだろ、俺。女子ってこういうの嫌……だろ?」


「ん? 別に気にしないよ? それを言うなら私だって汗掻いてるし」


 今更何を言っているんだか。

 つーか私の汗の臭いに、ボリスが嫌がっていたりして。


「……リーシャ、いい匂いだ。クラクラしてきたぜ。リーシャ……お前ほど魅力的な女……いねえぜ」


 ボリスの顔が真っ赤になる。汗だけじゃない。

 明らかに照れている?


 てか私の汗の匂い⁉

 ちょっ⁉ 誰かタオルを投げてくれ~。


 そ、それよりも!


「ボリス? 大丈夫?」


 私が声をかけると、ボリスの動きが鈍くなる。


「あ、ああ……大丈夫……だ」


 そう言いながら、ボリスの足がもつれる。

 そして、あっという間に地面に倒れこんだ。


「ボリス!」


 私は慌てて彼の元に駆け寄る。


 ふと、魔法の可能性が頭をよぎる。

 誰かが私とのデート中のボリスを魔法で倒した?

 もしそうなら近くに勇者の転生体がいる⁉


 しかしボリスの様子を見る限り、それはなさそうだ。

 これってただの熱中症だよね。


 心配する気持ちと同時に、これが魔法の仕業ではないかという疑念。

 そして彼が勇者ではないかもしれないという安堵感。

 これらの感情が入り混じり、私の心を複雑に揺さぶっていた。


 倒れたボリスの真っ赤な顔を見ながら、彼の純粋さに少し心を動かされつつも、勇者探しという本来の目的を忘れてはいけないという警告が頭をよぎる。


 ただこれって、開始1時間でデート終わりってことになるのかな?


「ボリスはこれ以上は実行不可ですな。いやはや、リーシャ・リンベル。末恐ろしい少女ですな」


 軍人たちがボリスを回収していく中、綺羅びやかな軍服のおっさんが私に近づいてきた。


「こちらが温泉のチケットです」


「あ、ありがとうございます。ボリスは大丈夫ですかね?」


「体力勝負で言葉で倒す。はっはっは、脳筋の息子にはいい経験になったでしょうな」


「言葉って……あれだけで?」


 どんな純情だよボリス!


 汗を気にして私を気遣っていたけど、これって魔法を使えたらどうにかできたはず。


 となると、ボリスは勇者ではない、よね?

 演技かもしれないし断定はできないけど、限りなく白となった印象だ。


 綺羅びやかな軍服を着た元帥は、威厳と親しみやすさを同時に感じさせる存在だった。

 その目には息子を見守る優しさと、私を観察する鋭さが同時に宿っていたなあ。


 報酬である広々とした温泉に浸かりながら、今日の出来事を振り返る。

 湯気が立ち込める中、私の心も少しずつほぐれていく。

 しかし勇者探しは常に頭の片隅にあり、完全にリラックスすることはできない。


 まだ多くの容疑者が残っている。

 次のデートではもっと慎重に、そして積極的に真相に迫らなければ。

 そう心に誓いながら、私は次の日に備えて帰路についたのであった。


 ***


『岩下真帆殺害事件


 第2容疑者


 ボリス・グローマン


 年齢 16歳 王立学校1年生

 容姿 赤髪 イケメン 長身筋肉質

 身分 レフレリア王国元帥の嫡子

 能力 体力ならレフレリア王国で五指に入るぞ

 性格 女子の汗の匂いで倒れるぜ

 人生 リーシャに出会うまでは順調だった

 目的 リーシャと結婚すること(確定?)』

 

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