第8話 ユリウス・コートリル

「はあ〜」


 突然だけどため息が漏れちゃうよ。


「殿下!お肉はこう焼くのですわ!

 生焼けでわたくしのリーシャさんに渡さないでくださいまし!」

「何を言うソフィア!君こそ遠慮というのを知らないのか!

 見よ!リーシャのお皿を!特盛になってるではないか!」


 今日は林間学校。

 王都近辺にある魔獣の森の安全エリアにて、一泊二日の校外学習中なのだ。

 夕食の時間、同じグループのイワンとソフィアが私を巡って口論を開始したのであった。


「リーシャはちっこいからな!

 どんどん食って大きくなりやがれってんだ!」

「ボリス、今のはセクハラですよ。

 私としては、小さいリーシャさんが十分魅力的なのです。

 無理して食べる必要ありませんよリーシャさん」

「おいこらフェリクス、セクハラってなんだよ。

 俺はただ、健康でいるためにリーシャに栄養を与えてやってるんだよ!」

「フッ、人にはそれぞれ適量というのがあるのです。

 それを無視してしまえば、逆に健康を害するんですよ?」


 うわあ、ボリスとフェリクスまで口論を開始しちゃったよ。


「モテモテだねえ、リーシャ。

 私にも幸せわけておくれよ〜」


 そんなことを言ってくる、カリーナのお口にお肉を一切れ入れてゆく。


「ん〜。リーシャのお肉、美味しい」

「こらこら〜。変な言い方すんな〜」


 私たちの班は、私とカリーナ、イワンとソフィア、ボリスとフェリクス、それとユリウスとニコライの計8人グループだ。


 ユリウスとニコライは、私を巡る争奪戦には参加せず、黙々とお肉を頬張っていた。

 野菜も食え野菜も!


 まあ、そんなこんなで、夕食の時間を終えて、あとは寝るだけになったんだけど……


(なんか、森の様子が変かな?)


 すでにスヤスヤと寝ている、カリーナとソフィアを起こさないように起き上がり、テントから出て、魔獣の森の上空を見上げていく。


 魔獣の森は、私にとっては庭みたいなもの。

 リーシャ・リンベルの幼少期は、よくこの森に勝手に入って遊んでたのである。

 ギルドの事務員として忙しい両親は、私がこの森で遊びまくってたと気づいてなかった。


 なんで森に入ってたって?

 う~ん、別に単に遊べる場所だっただけで理由はないんだよねえ。

 城門の門番兵を欺いて、外に出るのがスリルだったってのもあるのかも。


 そんな、この魔獣の森のスペシャリストの私なのだ。

 うまく説明できないが、なんとなく今の魔獣の森がおかしいとだけは、ヒシヒシと肌に伝わってくる。


 ま、ちょっと奥地に行って確認してきますか。


 そう思って深淵の闇が広がる森を眺めてると……


 あれは……ユリウス?

 なんで1人で森の中を進んでるの⁉


「ちょっとちょっと!危ないって!

 何してんのユリウス!」


 追いついて、ユリウスの袖を引っ張る私。


「ちっ!気づかれたんか。

 つーか、よく正確に俺を見つけられたな?」

「ああ、えっと、私は夜目が効くんだ。

 それで?ユリウスはなんで夜中に魔獣の森に行こうとしてんの?」


「別に……腕試しだよ」


 腕試しねえ。


 この林間学校では、生徒が魔獣の森に入るのを禁じている。

 あくまで安全地帯で、こういう場所があるんだと生徒に教えるのが目的なのだ。


「ついてくるんじゃねえよ!」

「別に?私の前を勝手にあんたが歩いてるだけじゃない」


 ユリウスも夜目が効くみたいね。

 結構楽々と進んでるじゃない。


 ……私が向かおうとしてる地点へ。


「ねえ、一応忠告するけど、引き返したほうがいいよ?

 多分、進んだら死ぬと思う」

「ああ⁉上から目線で指図するんじゃねえ!

 上等だ、やっぱり何かあるんだな。

 殿下に土産にできる最高の手柄がよ!」


「手柄ねえ……どうして手柄が欲しいの?

 別に手柄がなくても、イワンはユリウスのことを不要な人材だって思わないと思うよ?」


 ユリウスとはまだそんなに話していないけど、功名に焦ってるのは何となく察している。

 まだ若いのに、何を焦ってるんだか。


「は?おめえ、俺はコートリル大辺境伯の嫡男だぞ!

 それがどういうことかわかるだろ!」

「え?ごめん。全然わかんない」


 私がそう口にすると、絶句するユリウス。


 え?何?基礎知識なの?


「おめえさあ、平民だから知らねえってのは、なしだぞ。

 つーか大昔に、この世界を9割支配した魔王は知ってるだろ?」

「世界を9割支配した魔王?

 ……どっかで聞いたことがあるフレーズかも」


 ん~。あ、思いだした。

 私の前前世の魔王ってのが、たしかそうだったと、懐かしのアンゼリカちゃんから聞いてた気がするぞ。


「……そんな認識なのかよ」

「だって大昔でしょ?今は関係ないんじゃないの?」


「大アリだ!コートリル家はなあ、魔王に仕えていたんだよ!

 だから今でも、魔王が復活したら寝返りに決まってるって陰口叩かれてるんだよ!

 俺はな、そんなのを一掃するべく動いてんのさ。

 魔王が復活しないようにするのも兼ねてな!

 危険な兆候を見逃さねえように努力し、イワン殿下に忠誠の証として成果を届けてえんだよ!」


 へえ?祖先が魔王に仕えてたんだ〜。

 つまり、ユリウスの祖先は私の部下だってこと?

 こんな無茶な突撃する部下なんて、どうすりゃいいんだよって頭抱えてたんじゃないかなあって思ってそう、前前世の私。


「ユリウスの事情はわかった。じゃあ、協力してあげる」

「ちっ!テメエが強いのは知ってる。

 でもな!女が男の俺に口出しすんじゃねえ!」


 うわ〜。

 こいつ、日本でそんな女性蔑視発言したら一生街を歩けなくなるぞ。


 ん?

 瘴気がより一層濃くなった。


 ズシンズシンと音がする、拓けた場所に出ると、巨体から光る目が2つ。

 私とユリウスを直視していた。


「この強いオーラ!こいつが森の主だな!」

「ちょっ!ユリウス待って!」


 そんな私の声を無視して、剣を構えて飛び出すユリウス。


「うおおおおおおおおおおお!」


 ユリウスの攻撃に、相手も激怒。


「にゃああああああああああ!」


 鋭い爪がユリウスを襲う!


 もう!人の話を聞けっての!


 私は両者の間に入り、ユリウスの剣を拳で粉砕すると、巨体の魔獣の爪を軽く蹴って向きを変えたのであった。


「な!コートリル家秘宝のミスリルソードが⁉」


 え?秘宝?

 弁償しろって言われたらどうしよう!


「にゃにゃ?にゃあああああああん」

「あぶねえリーシャ!」


 巨体の魔獣が叫び、私へと覆い被さろうとするのを見て、ユリウスが私を庇おうとする。


 ん?意外と男気あるのね、こいつ。


「あ、大丈夫だって」


 ユリウスを手で制し、私は巨体の魔獣=知り合いの子猫と抱きつくのであった。


「元気にしてた?」

「にゃんにゃんにゃんにゃん!」

「……なるほど、そんな感じなのね。

 任せて!私が解決するから」

「にゃううううううううん!」


「まさかそんなことが起きてるなんて。

 一体誰がそんな酷い真似を」


 私も驚くよ。

 まさか魔獣の森をそんなふうにするだなんて。


「おい……どういうこったよ!説明しろやリーシャ!」


 おっと、いかんいかん。

 ユリウスがいたんだっけ。


 怒鳴るユリウスに、子猫ちゃんがグルルと喉を鳴らすのをなだめて私は説明する。


「子猫ちゃんが言うには、何者かが魔獣の森に賞金……いや賞食糧って言ったほうが正しいかな?

 しかも100年分。無差別に一切ルールなしで戦って、最後に生き残った魔獣にプレゼントって企画ね。

 ……ふざけてる。多くが様子見してるけど、一部では戦って、すでに被害者がいるみたいなんだ」


「……色々ツッコみたいが、まず、その目の前にいるのは子猫じゃねえ!

 どう見ても大猫だろうが!」

「はあ?顔はどう見ても子猫じゃない!

 何言ってんのユリウスは!

 ともかく、今はそんなアホな意見に付き合うつもりないの!

 ちょっと待ってて」


 私は意識を集中させて、叫ぶ。


『森のみんな!聞こえる!

 100年分の食糧プレゼント、なんて言った奴を信用しちゃ駄目!

 わかった!いい!信用したら私、怒るからね!』


 叫び終えて、数秒待つ。


 うん、よし。

 森から変な気配が消えたよ。


「にゃああああああん!」

「ありがとうってそんな……

 それよりも、ふざけたプレゼント企画した奴がどんな奴かわかる?

 ……そっか、思念で言われたのね」


 一体誰だろう?

 魔獣を暴れさせて得する者?

 いや、魔獣同士で殺し合いさせて得する者、もしくは魔獣が嫌いな者の仕業っていうのが正しいかも。


 ……そんな人物、私の因縁のある勇者の可能性が限りなく高い気がしてきたぞ。


 この子猫もそうだけど、私は万が一勇者が私のファーストキス奪ってやるぞ作戦を破棄し、実力で襲ってきたら、魔獣たちは私の味方になってくれるよう調教……もとい、心を通わせ済みなのだ。


 それを知った勇者が、私の味方になりそうな魔獣を消そうと考えていた⁉


「……リーシャ。おめえって、一体何者なんだ?」

「ん?どういう意味?」

「魔獣と会話できて、しかも従わせる……そんな能力、普通じゃねえぞ」


 ユリウスは困惑しながらも、尊敬の眼差しを私に向ける。


「まるで……我がコートリル家が仕えていた魔王様のようだ……」

「え?そんな……私はただの……」

「いや、違う!おめえは特別だ!俺は……惚れた!

 俺はおめえのことをもっと知りてえ!」


 はい?


 って!ユリウス走り去ってっちゃったし!


「平民の少女がこれほどの能力を発揮するなんてよ!

 常識を覆すぜ!さらに優しい!

 クソッ!完璧じゃねえか!」


 大声でなんか喋ってるけど、全部聞こえてるぞ。


「はあ、惚れたって。

 これ以上、勇者かもしれない候補が増えても困るってのに」


 まあ、ユリウスみたいなツンデレ?に惚れられるのも悪くないかなとも思っちゃったり……


「じゃあね、子猫ちゃん。

 また何かあったら教えてね♪」

「にゃああああああああん。ベロン」


 わあ~。全身、子猫ちゃんの唾液でベチョベチョになったよ〜。


「舐めちゃダメだってえええええええええ!」


 私の叫びは、魔獣の森に響き渡るのであった。


 勇者の舌打ちが紛れつつ。


 ***


『岩下真帆殺害事件


 第5容疑者


 ユリウス・コートリル


 年齢 16歳 王立学校1年生

 容姿 緑髪 イケメン 三白眼

 身分 レフレリア王国大辺境伯家の嫡子

 能力 発揮する機会はないが馬術は得意

 性格 オラオラ系 ツンデレ?

 人生 リーシャに出会うまでは順調だった

 目的 リーシャと結婚すること(本当かは不明)』

 

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