第5話 フェリクス・セルゲイ
苦手な歴史の授業に対応すべく図書室へと向かうと、受付で『ゲッ』っという音を出された。
「ゲッ?」
「いえ、失礼。まさかの人物の登場に声が漏れてしまいました。どうぞ、お通りください、リーシャ・リンベル」
メガネをクイッとさせる青髪のイケメン。
え~と、宰相の息子だっけ。
名前はたしかフェリクス・セルゲイ。
うんうん、私もだいぶクラスメイトの顔と名前が一致するようになったぞ。
まあ、ただ会話するのはカリーナとイワンとボリスぐらいだけど。
ふ~ん、フェリクスって日本でいう図書委員みたいなことをしているのかな?
まあ似合ってるし、私には関係ないから別にいいや。
そんなことより、歴史の基礎知識であるレフレリア王国の年表を調べないと~。
おお! 膨大な書籍の山だよ。
何これ? どこを探せばいいの?
くうううう、カリーナもイワンもボリスも用事があったから私一人で、魔境たる図書室に来てしまったが、まさか第一歩から躓くとは!
「何をお探しですか?」
私が立ち尽くしていると、背後からフェリクスが声をかけてきた。
「えっと、レフレリア王国の歴史が知りたいなあって思って。今日中にレポートを再提出しなくちゃいけないんだ」
レポートの再提出を忘れて補習は嫌だ。
日本の女子高生時代の、狐教師と2人っきりになったのを思いだすぜぇ。
「……基礎中の基礎ではありませんか」
「いや、私は平民だし、貴族とかじゃないし。貴族は国が滅んだら身分を失うけど、平民は国が滅んだって失う身分はないですし」
しまった、ちょっとおしゃべりしすぎたか。
図書室の利用者からの、静かにしろ的な視線が刺さってくる。
「……ふむ、なるほど。平民はそのような考えをするのですか。少々お待ちを。私があなたに相応しい本をお持ちしますので」
お、口にしてから、貴族社会では言ってはいけないセリフだったかなって反省したんだけど、あんまり気にされなかったみたい。
むしろ、好感度が上がった?
えへへ、本を選んでくれるなんてありがたい。
私のような本と無縁の人生には助かる存在だよ。
ちょこんと、誰もいないテーブルで待つこと数分。
「お待たせしました、リーシャ・リンベル。これを読めば、平民だろうが我がレフレリア王国の基礎知識がわかるはずです」
ドシンとテーブルの上に山積みされる書籍。
「は? えっと……これ全部?」
「はい、では私はこれで」
スタスタと去って、受付に戻ろうとするフェリクス。
「ちょっと待てい! 私は今日中に、歴史の狸みたいな先生にレポートを再提出しなくちゃいけないの! これ全部を読んでる暇はないの!」
1冊ベストなのを持ってきてくれたなら好感度が高いか、もしくはいい奴だってのが伝わってくる。
3冊ぐらいまでなら許容範囲だ。
相手を考えてくれているとわかるから。
……でも10冊以上はないだろうがああああああ。
どれから読んでいいかもまったくわからないし、嫌がらせだとしか思えないぞ!
「フッ、これだから平民は。私が持ってきた本すら、今日中に読み終わることもできないとは!」
「ちょっと待てい! 読める前提で持ってきたんかい!」
「当然です。この私がミスをするとお思いですか?」
いや、私への対応をミスってるし。
こいつは、なぜに自信満々に堂々と言えるのだ。
「はい! ミスしてます!」
「なんだと! 何がミスか言いたまえ! リーシャ・リンベル!」
「テメエらうるせえええええええ!」
「出ていきやがれえええええええ!」
はい、こうして私とフェリクスは大声を出して口論になりそうになった瞬間。
図書室にいた人たちから追い出されたのであったとさ。
廊下にてポツンと佇む、私とフェリクス。
ああ! やってしまったあああああああ!
思い返せば、岩下真帆時代も図書室で怒られたことがあったっけ。
うう、私って致命的に図書室と相性が悪いのかも。
ていうかレポートどうしよおおおおおおおお。
落ち込む私だったが、私以上に落ち込んでいたのはフェリクスであった。
「はあああああああああ、まさかこの私が失敗するなんて……」
おお、体育座りして落ち込むインテリ男子。
なんか、笑いが込み上げてくるぞ。
「まあ、こういう日もあるって。じゃあ私はこの辺で失礼しま~す」
とにかくレポートを出鱈目に書いて、再々提出まで時間を稼ぐか。
そう考えながら去ろうとすると、両肩をガッチリと掴まれていた。
「君のせいだ。リーシャ・リンベル。責任を取りたまえ」
「は? 責任って……私、何かしましたっけ? いえ、覚えてますよ? 本を選んでくれたのは。でも、図書室を追い出されたのは大声を出したからですよね。それ、私は関係なくってフェリクスも大声を出したからですよね? というわけで、私に責任はないと思います!」
だよね?
私だって私の大声で追い出されたんだし、私は私の罪の責任はすでに取ったんだぞ。
「君みたいなのが図書室に来たから、私がこんな目にあったんです。その責任があります!」
「って! それ酷くないですか⁉ 私にだって図書室を利用する権利はあると思うんですけど!」
冗談じゃないぞ。
図書室の利用という、生徒の権利すら与えられないなんてことになったら、さすがに泣くぞ。
「それは無論あります! ですが、突然現れないでください! こっちにだって心の準備というものがあります。君みたいな触れてはいけない火薬庫みたいなのを処理する、こっちの気持ちも考えてくれたまえ!」
「はい? 火薬庫?」
「理解してないのですか? リーシャ・リンベル。君はイワン殿下やボリス君に好きだと公言されている存在。まだ、ここまではいい。問題なのは平民という点です。君が貴族のしきたりを破りまくって、傍若無人に学校で存在している火薬庫だからです。触れたらこっちが被害に遭う! まさに歩く人間兵器な点が問題なのです!」
「誰が人間兵器だあああああああああああ」
なんてことだ。そう思われているのか私。
はは……凹むわ~。
「その表情、どうやら理解したようですね、リーシャ・リンベル。だから責任を取ってもらうという私の要求は、当然の権利なのです」
メガネをクイッとさせて、勝利を確信させるフェリクス。
「さて、その責任の取り方ですが、イワン殿下とボリスをこっぴどく振って目を覚まさせてください! 君は2人に言い寄られてのらりくらりと躱していますが、傍目から見れば悪女としか思えないのですよ」
おふう……悪女って。
ファーストキスもまだな私に、なんたる言い草。
「わかりました、こっぴどく振ればいいんですね! 了解しました!」
「……素直ですね。何か裏がありそうです」
こいつの中の私、随分と酷い評価だなあ。
「なら、一緒に見ます? 私がイワンとボリスを振るところ」
こっちとしても、前世で私を殺した容疑者が2人になったのだ。
揺さぶりをかけて、どっちが犯人か確認しなくちゃと思っていたところなのだ。
「ちょっと待ったあああああああ! リーシャ・リンベル。君はどうやって殿下とボリスをこっぴどく振る気なのです?」
「ん~と、そうですね。あっ! こうします! 『私、好きな人ができました! お相手はフェリクスさんです』 これ、どうです? 相手をこっぴどく振るって、他に好きな人ができたからってのが一番効果的だと思うんですよ♪」
岩下真帆時代、友人がそうやって男子を振ってたっけなあと思い出しつつ。
「君は悪魔ですか! リーシャ・リンベル! というか私の名前を使わないでください!」
「え~、そのくらいいいじゃないですか~」
「大体、すぐに嘘だと君の態度でバレます! 殿下とボリスを甘く見すぎです!」
おっと、たしかにそうだ。
「じゃあ、いっそのこと付き合っちゃいます? 数日間だけでも偽装工作として♪」
…………ん?
あれ、フェリクスの顔、真っ赤になってない?
イケメンメガネ男子の赤面困惑顔、ポイント高くない?
「君は本当に……悪女ですね。私の心を掻き乱すとは。……初めて女性と長話したが、まさかここまで心臓が苦しくなる……とは」
はい?
って! 初めて女性と長話⁉
ちょ、ちょっと待って! それだけで私に惚れたってこと⁉
純粋無垢か! この宰相の息子って!
「リーシャ・リンベル。殿下とボリスをこっぴどく振るのはなしです。フェアではない。私も、私の努力で君を振り向かせる努力をしよう。ではさらばです!」
「あ、ちょっと!」
顔を真っ赤にして去るフェリクス。
……え~と、どういうこと⁉
私は暫しその場に留まり、ちょっと頭を冷やしてから女子寮へと帰宅した。
イワンやボリスとは違う、知的で繊細な一面を持っているフェリクス。
そんな彼が私に惹かれているなんて、信じられない。
……でも、それが演技で、彼が私の前世を殺した勇者の転生体だったとしたら?
3人目かよ、私の前世と前前世を殺した容疑者。
歴史のレポートの再提出を完全に忘れちゃった私は翌日、狸にこっぴどく怒られるのであった。
***
『岩下真帆殺害事件
第3容疑者
フェリクス・セルゲイ
年齢 15歳 王立学校1年生
容姿 青髪 イケメン メガネ男子
身分 レフレリア王国宰相の嫡子
能力 本のことならなんでも任せてくれたまえ
性格 知識欲旺盛なのだ
人生 リーシャに出会うまでは順調だった
目的 リーシャと結婚すること(本当かは不明)』
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