第2話 母
玄関で物音がした。母の裕子が帰宅したのだろう。綾は素早くリビングルームを出て、階段を上がり、自分の部屋に入った。
リビングルームに入ってきた裕子は「ただいま」と洋一に言った。
両親は自分の娘と息子の関係に気が付いていたが、何も言わなかった。父の忠司は精神科医で母の裕子は中学校の教師である。
一昨年、高校でのトラブルが原因で、綾が不登校になった。両親は綾を不登校から立ち直らせようと説得したが、効果はなかった。家の外でカウンセリングや診察を受けさせなかった。外聞を気にしたためである。
綾は口うるさく学校に行けと言う両親に暴力を振るうようになった。手を付けられないほど叫んで暴れる綾のことを、しばらくして両親はあきらめた。ほどなく綾は自分の部屋に引きこもった。
洋一は、綾の唯一の話し相手だった。去年の春、洋一が高校に入学した。ちょっとしたきっかけから二人は肉体関係を持った。それ以来、綾の家庭内暴力はピタリとおさまって、家の中は静かになった。
「今晩も頼むわよ」といって裕子はコンドームの箱を洋一に渡した。
「今日、学校で進路相談があったよ」と洋一。「ぼくは大学に入学したら、下宿するから。好きな女の子がいるんだ。」
「そんなこと、綾が許すわけないでしょ」と裕子。「そもそも、あの子が不登校になったのはあんたのせいよ。ちゃんと責任取りなさい。」
二年前に洋一は、綾が当時付き合っていた男子に、綾が味覚障害で料理ができないことを教えた。その後、綾は彼氏に振られただけでなく、味音痴のうわさが広がった。それが不登校の原因になった。
「姉の彼氏に嫉妬して、つまらない告げ口をしたあんたが悪いのよ」と裕子。「進路の話はあとで聞くから先に風呂に入りなさい。お母さんもすぐに行くから」と洋一の耳元でささやいて台所に入った。
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