通信制高校に入学したら、理想の美少女と二人だけで勉強することになった
白黒鯛
ふたりだけの『教室』
朝、電車を降りて駅の改札を出た俺は、駅前から住宅街へ続く道を歩き始めた。
この道は桜並木になっていて、今は枝だけになっている木は、春には満開の桜が見られたはずだ。
桜の開花時期にはお祭りが行われていて、来年の春は彼女と一緒に見られればいいなと俺は思った。
桜並木の通り道を抜けると、もう完全に住宅街で、大きな戸建ての家が立ち並んでこの辺りが高級住宅街であることがわかる。
駅から歩いてここまで約十分。
目的の場所が見えてきた。
二階建てのアパート。
エントランスはオートロックになっていて、自分の鍵か暗証番号、住人に開けてもらうしかドアを開ける方法はない。
俺はカバンから鍵を取り出した。
彼女から渡されているこの鍵は、俺に対する信頼の証。
その信頼に応えるために、今日も俺はここへ来た。
ドアを開けて、一階の通路を進む。
一番奥にある一〇四号室。そこが目的の場所。
ここは彼女の「勉強部屋」だ。
鍵があれば部屋のドアも勝手に開けられるが、俺はあえて玄関前のインターホンを押す。
「はーい」
スピーカーから、女の子の涼やかな声が聞こえた。
少し間をおいて、ドアが開く。
「おはようございます」
朝の挨拶とともに現れたのは、紺色のブレザーとその下は白いシャツ、胸元は赤いリボン、紺色のスカートに黒タイツという、制服っぽい服装をした女の子。
「おはよう」
返事をしながら、今日も彼女に出迎えてもらえる幸せを噛みしめる。
彼女の名前は、立花雪乃さん。
俺、
立花さんは、はっきりいって美少女である。
透き通るように白い肌に映える、背中まである長い黒髪。完璧に思えるほど整った顔立ち。小柄だけど、そのぶん顔も小さくて等身のバランスが良く、スレンダーなモデル体型をしている。黒タイツを履いた足も細長くてとても綺麗。俺を足フェチとタイツフェチに目覚めさせた凶器だ。
とにかく、これほどの美少女はなかなかお目にかかれない。
俺の理想をすべて詰め込んで作ったような奇跡の女の子と、今日も一日この部屋で二人きりで勉強をするのだ。
こうして彼女の「勉強部屋」をほぼ毎日訪れて一緒に勉強をするようになってもう半年近くになる。
「さあ、どうぞ」
「ありがとう」
立花さんが用意してくれたスリッパに履き替えて、部屋に入る。
勉強部屋だけあって、机、椅子、教科書と参考書の並べられた本棚、休憩用のソファ以外には何も置かれていない。
初めてこの部屋に入ったときはあまりの殺風景さに驚いたものだ。実際、文字通りの勉強部屋で、彼女の本来の私室ではなかったのだけど。
「授業」の開始までまだ十分ほどあるが、机の上には既に教科書と学習書、学校から配布されたレポート(問題集のこと)が広げられている。先に来て勉強をしていたようだ。
「もう始めていたんだね」
「はい。後期はもっと余裕を持って試験に合格したいので、今から頑張らないとです」
「はは、俺も負けていられないな」
気合十分な様子の立花さんを見て、俺も自然と気合が入る。
先月、高校に入って初めての試験が行われた。
学校は前後期の二期制かつ単位制で、前期の単位取得が決まる重要な試験だ。
俺は普通に合格点だったが、立花さんは本試験が不合格で、追試でなんとか合格という残念な結果だった。
そう、立花さんはとても勉強が苦手な人なのだ。
だからこそ、俺も一層頑張って、立花さんをサポートしてあげないといけない。そうじゃないとこの部屋の鍵を預けられた意味がない。
俺もカバンから勉強用具一式を取り出して机の上に置く。
もう少ししたら、この立花さんの勉強部屋は、俺と彼女ふたりだけの「教室」になる。そこにはクラスメイトはもちろん、先生すら存在しない。
なぜなら、俺と立花さんの学ぶ学校は、通信制課程の高等学校だからだ。
通信制の高校は、毎日登校する全日制課程とは違って、毎月決められた回数の面接指導(スクーリング)と特別活動のある日以外は登校がなく、基本は自宅で自習を行う。その要が、彼女が既に取りかかっていたレポート。これは定期的に出される問題集で、自宅で解答して期限までに提出。採点を受けて合格点に達しないと、合格するまで何度も再提出になる厳しいものだ。しかもこのレポートの結果が期末試験の受験資格になるというおまけ付き。
一回に出されるレポートの分量も意外と多いので毎日地道にやらないと提出期限までに終わらない。
ある意味、自分との戦いになる学習システムだ。
実際、自宅学習とレポート提出が続かず挫折して中退する生徒が毎年五割を超えるという。
そんな学校をあえて選んだ俺はこの春に入学、同級生となった立花さんと知り合った。そして、彼女に「一緒に勉強してほしい」と頼まれて、一緒に勉強をするようになったのだ。
俺が椅子に座ると、立花さんが正面に座った。
いまだに彼女の美しすぎる顔を直視することに馴れない。
彼女と一緒に勉強をすることになって、怠惰という自習の強敵はなんとかなったものの、今は色欲という強敵との戦いの日々でもあるのだ。
そんな俺の思いをよそに、立花さんは
「今日の給食はカルボナーラですよ」
なんて暢気なことを言ってくる。
「おお、楽しみだな」
給食という名の、お昼に食べる立花さんの手作り料理。彼女は料理上手だから、毎日給食を食べるのが俺の楽しみで、やる気の源にもなっている。
キーンコーンカーンコーン
立花さんのスマホからアラーム音が鳴った。
「授業」の開始を告げるため、立花さんがセットしているものだ。
学校のチャイムでおなじみの、ウェストミンスターの鐘で、音源をダウンロードしたらしい。
俺は思わず苦笑する。自宅学習なのに制服風の服装といい、給食といい、アラーム音といい、立花さんは形から入るのが好きらしい。
そうしたことを考えるリソースをいくらかでも学習に振り分ければいいのに、と思ってしまう。でも、そんなところが立花さんの可愛いところでもあるのだ。
「さあ、今日も一日頑張りましょう」
「そうだね、頑張ろう」
時刻は九時三十分。学校で行われるスクーリングの一時間目開始と同じ時間に合わせている。
立花さんの笑顔とともに、今日もふたりきりの授業が始まった。
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