第8話

「鉱山ですか?」




 冬になる前、ホランティ伯爵が古都子を訪ねて来た。




「古都子の土魔法を見込んで、協力を頼みたい。以前、崩落してしまった鉱山の、安全性を確かめたいのだ」


「領主さま、それはコトコちゃんにとって、危険はないのですか?」




 心配性のヘルミおばあさんが、古都子の肩を抱き締める。


 安心させるようにホランティ伯爵は微笑んだ。




「鉱山の中に入ったりはしない。外から、補強した部分の強度だけ、確かめて欲しいんだ。古都子の土魔法の範囲の広さは、尋常じゃない。だからこそ、お願いしたい」




 鉱夫たちが安心して働けるように、とホランティ伯爵は頭を下げた。


 古都子は慌てて、ホランティ伯爵に頷く。




「行きます、私でお役に立てるなら!」


「古都子にしかできないよ。引き受けてくれて、ありがとう」




 それからホランティ伯爵と日程を決めて、古都子は鉱山の村へと向かうことになった。




 ◇◆◇




 当日、ホランティ伯爵が用意してくれた立派な馬車に乗ってから、古都子はソワソワしっぱなしだ。


 金色に輝く外観も素敵だったが、内装も素晴らしい。


 馬車の天井に絵が描かれているなんて、古都子の常識にはなかった。


 


「気に入ってくれたかな? 鉱山のあるサイッコネン村まで、少し距離がある。道中、楽しんでもらえたらと思って、今日はこの馬車にした」




 いつも気軽に馬へ跨って、フィーロネン村に視察へ来ているが、ホランティ伯爵は貴族なのだと改めて感じた。




「あの、これから行く鉱山について、教えてもらえますか?」


「了解した。サイッコネン村の鉱山は山の麓にあって、主に銀が採れる。鉱脈に沿って、鉱夫たちが通れるような坑道を掘っていて、そこから鉱石を運び出しているのだ」




 思い出すような顔をして、きゅっとホランティ伯爵が眉根を寄せる。




「崩落が起きた日、坑道とは別の場所で、新たな鉱脈が見つかった。本来であれば私への報告が先だが、偶然そこに、とある貴族が視察にきていた。よくあるんだ、銀を安く買いたいという輩が押しかけてくることが。銀の価格というのは、王国によって定められているというのに……」




 迷惑をしているらしいホランティ伯爵の表情は、苦み走っている。




「厚かましくもその貴族は、鉱夫たちに命じて、無理やり新たな鉱脈を掘らせた。しかし、鉱山というのは、危険がいっぱいあってね。有毒ガスや地下水が、急に噴き出してきたりするんだ」




 それを知っていたから、ヘルミおばあさんは心配していたのだ。




「案の定、新たに掘った場所からは地下水が大量に噴き出し、その影響で元々あった坑道側に崩落が起きた」


「掘った場所ではなくて?」


「地中というのは、複雑に繋がっているんだ。崩落が起きた坑道で働いていた鉱夫には怪我人も出て、サイッコネン村は大騒ぎになった。その隙に、件の貴族は逃げ出していた。まあ、どこの誰かは分かっているのだけどね」




 笑っているのに怖い顔というホランティ伯爵は珍しい。


 きっと元凶となった貴族には、お仕置きが待っているに違いない。




「崩落で塞がってしまった坑道を、なんとか安全な状態に戻すまで、採掘は不可能になった。フィーロネン村の溜め池工事で働いてもらった人々は、元々が鉱夫だから、掘るのが得意だったんだよ」




 古都子は、筋肉ムキムキだった働き手のおじさんやお兄さんたちを思い出す。


 食べっぷりがいいと、料理を作っていたヘルミおばあさんやシスコが喜んでいた。




「採掘の再開に向けて、専門家と一緒に、鉱山を調査し直した。危ないと思われる場所は避け、新たに補強した坑道を掘ったのだが……」




 ホランティ伯爵が古都子に向き直る。


 


「もう鉱夫たちに怪我をさせたくない。それにサイッコネン村は、鉱業で成り立っている村だ。また崩落が起きて採掘ができなくなると、その間、村民たちは収入がなくなってしまう」




 だからこそ再開は、万全の態勢で挑みたいのだと言う。


 領民のために、14歳の古都子へ頭を下げるホランティ伯爵は見事だ。




「分かりました。精一杯、頑張ります!」




 古都子の土魔法は、主に田畑に対してつかっていた。


 鉱山を相手にするのは初めてだが、やってみなくては分からない。




 話をしている間に、馬車はサイッコネン村へと到着する。


 馬車から降りた古都子は、田園が広がるフィーロネン村との景色の違いに感嘆した。




「わあ、大きな山ですね!」




 村の正面に、どーんと構えているのは、件の銀山だという。


 頂上のあたりは、うっすらと雪に覆われ、地表の黒さとの対比が美しかった。




「足元に気を付けて。こちらの階段から、鉱山へ向かおう。大通りはトロッコが優先だから」




 ホランティ伯爵と一緒に、古都子は細い階段を上っていく。


 見るものすべてが目新しくて、ついキョロキョロしてしまう古都子だったが、ホランティ伯爵はちゃんとペースを合わせてくれていた。




「領主さま、ご足労いただき、相すみません」




 階段の上から、痩躯の白髪のおじいさんが下りてきた。


 ホランティ伯爵が、サイッコネン村のレンニ村長だよ、と紹介してくれる。




「村長、こちらが土使いの古都子だ。まだ少女だが、土魔法の能力には目を見張るものがある」


 


 ホランティ伯爵の過大評価に恐縮しながら、古都子はレンニ村長へ礼をした。




「白土古都子です、よろしくお願いします」


「初めまして、レンニと申します。こちらこそ、どうぞよろしく。フィーロネン村のみなさまには、うちの若いのが大変お世話になったそうで、いくら感謝してもしたりません。今日もわざわざ来ていただき、本当にありがとうございます」




 年端もいかぬ古都子へ丁寧な挨拶をするレンニ村長は、フィーロネン村のカーポ村長よりも年上に見える。


 


「あの、私はそんなに偉くないので、どうか普通にしてください」


「おやおや、謙虚だねえ。魔法をつかえるってだけで、威張り散らす貴族もいるのに」




 ふっと笑ったレンニ村長は、古都子の要望通り、言葉遣いを改めてくれた。


 ホランティ伯爵が古都子の背に手をやり、レンニ村長へ胸を張る。




「いい子だろう? こういう魔法使いが、これからの王国には必要なんだ。それに古都子の土魔法は素晴らしい。きっと世に革命を起こしてくれる」




 大いなる期待を寄せられて、古都子はいらぬ汗をかく。


 


「これまで田畑ばかり耕していたので、勝手が分からないところもあると思います。でも一生懸命、頑張ります」




 それだけは必死に伝えた。


 お互いの自己紹介が終わると、古都子とホランティ伯爵は、レンニ村長の案内で鉱山の裏手へと回る。


 


「ちょうど、崩落したのはこの辺りで、補強した新たな坑道が、こちらへと伸びています」


「だいぶん迂回したようだな。それだけ、崩落の影響が残っているということか」




 古都子には、ただの山肌に見えるが、レンニ村長とホランティ伯爵には、鉱山の内部構造が頭に入っているようだ。


 


「コトコ、山自体は大きいが、銀を掘っているのは主に麓だ。この位置から、どの辺りまで土の状況を確認できるだろうか?」


「多分ですけど……高さなら一合目あたりまで、広さなら田んぼ六面ほどです」




 その答えにぎょっとしたのは、レンニ村長だ。


 古都子の能力が、想定以上だったのだろう。




「その範囲に危険がないかどうか、見てもらえるか?」


「分かりました。坑道の周辺を、特に注意してみます」




 古都子は、両手を前へ伸ばし、土に意識を集中する。


 そして山肌の向こうに何があるのか、探っていく。


 異物を発見する方法は、田んぼを耕すときに身につけた。


 藁を鋤き込むときに、うっかり石などを混ぜ込まないよう、気を付けていたら出来るようになったのだ。




「銀の鉱脈っぽいものを見つけました。今ある坑道は、正しくそれに沿っています」

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