第7話
ホランティ伯爵が空を見上げる。
そして思い出すように語り始めた。
「氷使いの年の離れた兄弟がいた。どちらも魔法が発現したときは、水を冷やす程度の能力だった。兄は、つまらないと思った。そして魔法をつかわなくなった」
ホランティ伯爵は古都子へ向き直る。
「弟は、これはすごいと思った。そして、夏の暑い日に、あちこちの水を冷やして回った。少しでも多くの人が、冷たい水で体の熱を取ってくれたらいい。そんな思いで、氷魔法を連発したんだ」
弟のした行為は、他人を思いやった結果だ。
「そのため、兄弟の魔力には大きな差がついてしまった。いまだ年端もいかぬ弟にできることが、兄にはできない。そのせいで兄は性格をこじらせてしまった」
私の友人の話だよ、とホランティ伯爵は付け加える。
少し悲しそうな顔だったので、ホランティ伯爵の友人は兄であると分かった。
「コトコが弟に似ていて、私は嬉しく思う。どうかその優しさを、忘れないで欲しい。貴族や王族が魔法をつかえるのは、その威力で人を従わせるためではないのだ」
これは教訓だと古都子は思った。
魔法をつかう上で、心得ていないといけないことだ。
「分かりました。私も魔法は人のためにつかいます」
「ありがとう。コトコが力に溺れ、傲り高ぶるとは想像できないが……私の老婆心だと思ってくれ」
氷使いの兄のせいで、過去にホランティ伯爵はつらい目にあったのかもしれない。
苦笑しているホランティ伯爵の表情からは、それが窺えた。
◇◆◇
つつがなく溜め池の工事は終わり、美味しい料理を提供してくれた礼を述べながら、働き手としてやってきた男性たちは元の村へ帰っていった。
春が来て溜め池に水が満ちれば、いよいよ初めての配水が始まる。
古都子だけでなく、稲作を諦めてしまった者たちも、これを心待ちにしていた。
「イルッカおじいさん、二毛作を止めていた田んぼは、すぐには水田には戻らないよね?」
「ずっと水を入れてないから、土は硬いだろうし、追肥もいるだろうし、しばらくは手がかかるだろう」
「私の土魔法で、何とかならないかな?」
イルッカおじいさんは、びっくりした顔をした。
「田んぼは広いよ? この間の水路みたいに、限定的でもないし」
「私の魔法、どんどん成長してるの。もう畑なら、畝を丸ごと耕せるくらいになったんだよ」
「へえ、それはすごい! せっかくコトコがやる気を出しているんだ、いい戦力になるとカーポに伝えよう」
次の日、すぐにカーポ村長がやってきた。
物は試しで、田んぼに直接、魔法をつかってみて欲しいそうだ。
古都子はカーポ村長についていく形で、件の田んぼへと向かった。
カーポ村長が指をさす方には、この季節にしては少し早い、大麦が刈り取られた田んぼがある。
「今年もあまり、収穫が見込めそうになくてな。もう刈り始めているんじゃよ」
二毛作を止めた田んぼでは、しばしば病害が発生しているという。
穂の粒が小さく、これ以上育成しても、実りが見込めないと判断したようだ。
「これから、藁を田んぼに鋤き込んでやるんじゃが、こう、土を混ぜ返すことはできるかのう?」
広い田んぼを前にして、カーポ村長が手をぐるぐる回している。
古都子はそのしぐさを観察して、イメージを作る。
この間、水路を作ったときに感じたのだが、古都子の土魔法は念力のようなもので土を動かしているわけではない。
「この部分に、試してみますね」
古都子は、これから魔法をつかう場所を、両腕で示した。
意思のない土に、古都子はお願いする。
(ぐるぐる回って! 藁が土の中に鋤き込まれて、栄養になるように!)
そうすると、古都子の両腕を広げた幅の土が、勢いよく回転してその範囲を広げていく。
「おおお! これが土魔法の力!」
「どうですか、村長さん、こんな感じであってますか?」
「もっと深く掘り返せるじゃろうか?」
「多分、できると思います」
古都子がもっと深くと頼むと、田んぼの中から黒々とした土が顔を出す。
「そうじゃ、そうじゃ、それくらいじゃ!」
カーポ村長が歓声と共に拍手をした。
「範囲を広げますね。最終的には、この田んぼ一面を、耕せばいいですか?」
「そうしてもらえると、ありがたい。この状態の田んぼが、あといくつもあるんじゃ」
そう言って、カーポ村長は周囲を見渡す。
大麦はまだ残っているものの、勢いのない田んぼばかりだった。
「大麦を刈り取ってもらえれば、その後は私が何とかします」
「頼もしいのう。コトコは、この村の救世主じゃよ」
カーポ村長は糸のように目を細めて喜んだ。
嬉しくなった古都子は、藁を鋤き込み耕す魔法をつかい続け、そして初めて魔力切れを起こしたのだった。
◇◆◇
「約束してちょうだい、もう絶対に無理はしないって」
ヘルミおばあさんが怖い顔をしているが、それは古都子を心配しているからだ。
魔力切れを起こした古都子は、目を回して倒れてしまった。
そしてカーポ村長に背負われて、家まで帰ってきたのだ。
幸い、古都子はその日のうちに目を覚まし、元気に夕ご飯も食べることができた。
食べて、寝たら、魔力は回復していた。
「コトコちゃんは一生懸命になると、自分の状況が見えなくなることがあるわ。だから必ず、休憩を挟んでね」
そう言って持たせてくれたのは、古都子の好きな素朴な丸い焼き菓子だ。
少しでも食べて、魔力を回復させて欲しい、とのヘルミおばあさんの願いが詰まっている。
古都子は、それを大切に腰袋へ入れた。
これから古都子は、またしても田んぼに挑む。
「ありがとう、ヘルミおばあさん。行ってきます!」
手を振って出かける古都子に、ヘルミおばあさんも笑顔で手を振り返してくれる。
古都子がこの世界へやってきて、半年以上が過ぎようとしていた。
その間、イルッカおじいさんとヘルミおばあさんには、本当に良くしてもらった。
だから古都子は、自分にできることを増やして、もっと恩返しがしたかった。
(だって、16歳になってしまったら、私はここを出て行かなくてはならない)
それまでに、返し切れるとは思っていないが、それでも何かせずにはいられないのだった。
◇◆◇
つかえばつかうだけ、魔法も本人も成長する。
ホランティ伯爵の言葉通り、毎日のように魔力切れ限界まで土魔法をつかう古都子は、めきめきと成長していった。
田んぼ一面を耕したくらいでは、もう目を回したりもしない。
それに、土魔法をかけられる範囲も広がった。
いつだったか、それを見に来たホランティ伯爵が、口をぽかんと開けていたのを思い出す。
田んぼに水がたまるように畦をつくり、水を入れたら代かきをする。
いろいろ手伝わせてもらう内に、古都子は土の扱い方が上手くなっていく。
古都子の土魔法は、土にこうなって欲しいという願いを、いかに伝えられるかが核心だ。
そのためにも、古都子は正しく土の状態をイメージできなくてはならない。
田畑での農作業を通じ、古都子は土と触れあい、親和性を高めていく。
そんな古都子を、ホランティ伯爵は笑いながらこう評した。
「土魔法とは、決して攻撃に長けた魔法ではないが、ここまでレベルが上がると、ある意味で脅威と言える。なぜなら人間は、大地に足をつけて生きているからだ。土魔法は大地そのものを操るのだから、私だったら絶対に古都子を敵に回したくはないな」
夏が過ぎ、秋がやってくると、米の収穫が始まる。
初めての試みだった溜め池は、見事に水の供給源としての役目を果たした。
その年の収穫高となって現れた成果に、村民はみな喜んだ。
そしてホランティ伯爵は、古都子に次なる打診を持ちかけたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます