14.いじめっ子の正体

 拳太はユグゥラをにらみつけた。


「ユグゥラ! どういうことだよ!? いじめっ子が脱落したら、そこでゲームセットだろ!? 決選投票なんて必要ないじゃないか!」


 ユグゥラはニヤニヤ笑いながらうなずいた。


「たしかにいじめっ子が脱落者になれば、その時点でゲームは終了じゃ」

「だったら……」


 その拳太の言葉を遮った者がいた。

 ヤマトだ。彼はもう涙など見せていなかった。


「ユグゥラ、確認するけど脱落した3人は、ボクらの声とか映像とかを聞いたり見たりしていないよね?」

「ふむ。それは保証しよう。今、3人は意識がないいわゆる仮死状態じゃよ。なにも聞こえんし、なにも見えん。考えることすらできない状態で、隣の教室にいる」


 その瞬間、ヤマトの表情が変わった。


 笑顔。


 たしかにそれは笑顔だった。

 楽しくてたまらないといわんばかりの笑顔。

 しかし、その笑顔はたまらなく邪悪な顔にも見えた。


 そして。


 ヤマトは高笑いを始めた。


「はっははは。はーっははははは」


 ヤマトは拳太をあざけるように見た。


「まったく、おめでたいお兄ちゃんだよなぁ! 俺様のことなんて最後まで疑いすらしないでさぁ! なに? 俺様の泣き虫演技、そんなに上手かった?」


 おかしくておかしくてたまらないとばかりに、ヤマトは拳太をあざ笑い続けた。

 拳太は恐怖にふるえた。

 この年下の少年が、たまらなく恐かった。


「ヤマトくん、キミは……」

「ああ、そうか。ここまで来てもハッキリ言わないと拳太お兄ちゃんには分からないかな? そーでーす。俺様がいじめっ子でしたー。ほーんと、ちょっと泣いてみせればすぐに信用しちゃってさ、拳太お兄ちゃんってばお人好しすぎ」


 拳太はふるえる声でたずねた。


「最初から最後まで演技だったの?」

「当然だろ」

「涙も全部嘘?」

「まーな。俺様にかかればそのくらいの演技は簡単さ」

「だったらなんで、いちごちゃんをかばうようなことを言ったんだよ!?」

「まだ分かんねーのか?」

「?」

「まさしく、オメーが言ったようなくだらねー推理をしてもらうためさ」

「まさか、自分が疑われないようにするため!?」

「そういうことだ。他のプレイヤーの話に乗ってやれば、結果として俺様への疑いもそらせる。ホント、ガバガバ推理を披露してくれてありがとうな、拳太お兄ちゃん」


 ヤマトはそう言って、もう一度高笑いした。


「推理してくれるのは夏風お姉ちゃんかと思ったけど、拳太お兄ちゃんだったな。むしろ、夏風お姉ちゃんは途中から俺様を疑っていたみたいだった」


 言われて思い出す。

 2度目の投票で、夏風はヤマトに投票した。

 そして最後にこう言い残した。


『よく考えなさい。私がいくら言っても、あなたは納得しないでしょうから』


 夏風はすでにヤマトのことを疑っていた。

 だが、2度目の話し合いタイムで拳太といちごの説得を諦めた。

 拳太は夏風がいじめっ子だと決めつけていたし、いちごも自分をかばったヤマトを疑いにくい状況だったから。


 ヤマトがいじめっ子だと、夏風がいくら拳太といちごに言っても2人は納得しない。

 それが分かっていたからこそ、夏風は自分が脱落することを受け入れた。

 その上でヤマトに投票したのだ。拳太といちごに、ヤマトがいじめっ子の可能性を考えさせるために。


(それなのに、ぼくはっ!)


 結局、3度目の話し合いタイムでも、投票でも、ヤマトを全く疑わなかった。

 それどころか、ユグゥラが嘘をついているのではないかとつめより、貴重な時間を浪費する馬鹿な行動に出てしまった。


(くそっ)


 結局、拳太は最初の投票からずっと間違い続けたのだ。

 ゲームが始まった、最初の最初から拳太はヤマトを疑うことができなかった。

 ヤマトの嘘泣き演技を信じ込んでしまった。

 いちごをかばったから嘘をついていないという推理も、今思えば後付けに過ぎない。


「ホント、バカばっかりだよなぁ。無効票を投じて決断から逃避したオッサンも、自分をかばったからなんて理由で俺様を信じた自称有名動画配信者のピンク髪もな」


 ヤマトは「クックック」と笑って続けた。


「俺様と少しはヤレたのは夏風お姉ちゃんだけだったな。それでも自分から信用を失って脱落するザコだったけどな。その中でも1番のバカがてめーだよ。親が死んで妹が病気の不幸少年? 従兄弟のせいで学校でもいじめられた?」

「それがどうしたっていうんだよ? ぼくは嘘なんてついていないぞ」

「従兄弟はテメェら兄妹の食い扶持や入院費をまかなうために、中学受験を諦めたそうだぜ。かわいそうになぁ。せっかく低学年の頃から毎日遅くまで塾に通ってがんばっていたのになぁ」

「え?」

「それなのに従兄弟に礼も言わずに妹の心配ばかりしていたんだろ? そんな礼儀知らず、なにされても文句言えねぇよ」


 ヤマトはそう言って、再び馬鹿にするように笑った。


「だって、ぼくはそんなこと知らなくて……」


 拳太だって、叔父にはちゃんと世話になるお礼を言った。従兄弟にも「よろしく」と挨拶はした。だが、従兄弟のそんな事情までは知らなかったのだ。


「知らなかったんじゃなくて、知ろうとしなかったんだろ?」

「どうして、ヤマトくんがそんなことを……ぼくすら知らない従兄弟のことまで知っているんだよ?」

「それも教えないと分からないのか?」


 ヤマトは頭上をふわふわと浮いているユグゥラをチラリと見た。


「そうか、ユグゥラか」


 この自称神様なら、拳太たちの事情を知ることなど簡単かもしれない。


(だとしたら、いじめられたのもぼくが悪かったってことなの?)


 拳太は、ポケットの中のお守りを、今までで1番強く握りしめた。

 そうしていないと、その場で泣き出してしまいそうだったから。


「はっははっ! 泣いちゃうの? 5年生にもなってガチの泣き虫か?」


 ヤマトのあざけり言葉は続く。


「あとさぁ、さっきからポケットの中で何度も握りしめているのって、妹からもらったお守りだろ? 妹大好きなお兄ちゃんってか? そういうのシスコンっていうんじゃないの? 気持ちわりーなぁ」


 落ち込む拳太を尻目に、ヤマトはユグゥラを見上げた。


「俺様の言ったとおり、面白いゲームが見られただろ?」


 ユグゥラは笑った。


「たしかに、そこそこ楽しかったぞ」

「そりゃあよかった。さすがは俺様がデザインしたゲームだ」


 それで、拳太は思い出した。

 ユグゥラは最初に言っていた。

 ヤマトは小学3年生にしてゲームクリエイターとして活躍しているとかなんとか。


「まさか、このゲームを考えたのはヤマトくん!?」

「そうさ、俺様がルールを作ってそこの自称神様に実現してもらったんだ」


 ユグゥラはヤマトに言った。


「じゃが、足利川ヤマトよ。まだ最終投票が残っておることをわすれるな。ゲームに負ければお主も命はない」

「もちろん分かっているさ」


 あっさりそう答えたヤマトに、拳太は寒気を抑えられなかった。


「命を失うかもしれないゲームを作って、自ら参加したっていうの?」

「ああ、そうさ。前々から考えていたんだよ。ゲームでキャラが死んでも、それはしょせん架空世界バーチヤルだ。もっともっとスリリングで命がけのゲームを作りたい。そう願っていたある日、この自称神様が俺様の元に現れた」


 ユグゥラが補足する。


「最初は気まぐれじゃったよ。小学3年生ながらゲームを制作して、年間販売ランキング1位を獲得した天才児とやらに興味があっただけじゃ」

「コイツが神様かどうかはどうでもいい。だが、コイツの力を借りれば俺様が望んでいた命がけのゲームを作れると思った」

「ワシとしても、暇つぶしにはちょうどよいと考えたのじゃ」

「本当はもっと複雑なルールも考えたんだけどな。テメーみたいな凡人でも理解できるバランスに落とし込むのもゲームクリエイターの力量だからしょうがねぇ」


 ヤマトは心の底から楽しそうだった。

 もはや、拳太には理解できない世界だった。


「ヤマトくん、キミはなにを考えているんだ! 命をなんだと思っているんだよ!?」

「はははっ、なに? 『命はかけがえのない大切なものだ』とかありがちなお説教でもするつもり?」

「そうだと言ったら?」

「アホらしいって笑うだけだね」


 拳太は体中から嫌な汗が噴き出すのを感じた。

 話が通じない相手。まさしくヤマトはそういう少年だった。

 ユグゥラが言った。


「いずれにせよ、いまさらそんな話に意味はない。仮に今から足利川ヤマトがゲームを中止しようと言ってもワシはやめん。ゲームから降りるならば命はない。むろん、それは秋海拳太、お主や脱落した3人も同じことじゃ」


 ユグゥラはそう言ってから、右手の指を鳴らした。

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