第36話 出発前の最終確認

 お父様との交渉は成功した。最初は駄々をこねていたけどお母様についていてほしいと、そして生まれてくる弟を守ってほしいと瞳を潤ませてお願いしたところ納得してくれた。


 ラードリヒ様のこともお父様経由で了承を貰えた。クランとしてではなく、あくまでお父様の代理人としての参加になる。クランのメンバーは例年通り、税としての作物輸送で抜ける騎士の代わりに領内の治安維持を担ってくれることになっている。


 本来ならお父様の弟である叔父が私の後見をするのが自然なのだけど、お父様がお亡くなりになるまではずっと行方がわからず、このスカーレッド領内にいなかった。その叔父とも私が顔を合わせたのも、婚約破棄をされた後にこのスカーレッド領へ戻ってきた時だけだ。


 見た目はお父様を細身にした感じの男で、私に家から出ていけと言った時も無表情で何を考えているのかわからなかった。あの時は色々とむしゃくしゃしていて屋敷を燃やして逃亡したけど、後々に考えると私に逃げるようにそう仕向けたようにも思える。


 実際私がこの国を出て、遠くの国へ辿り着いた頃には、隣国から攻められてそれ以降は行方が分からなくなっている。それに叔父に関してはよくわからないのだけど、王都には叔父の息子が一人いる。


 叔父のことはわからないけど、彼のことなら信じられる。なぜかは知らないけど最後の最後まで私の味方をしてくれた。そんな彼も今回のお披露目会で会うことになる。前世では気にしていなかったのだけど、その彼はもしかすると叔父から私に関して何か命令されていたのかも知れない。あくまで想像なので、今のところ何が真実かわからない。


 それにしてもこう改めて考えてみると、前世の私は本当に何も知らない上に、考えなしだったと思い知らされる。なんとかして叔父のことも探ってみようと思う。ただ今は全く手がかりの一つもないので、お披露目会でなんとか人脈を広げるのが先だろう。


 目標としては貴族学校へ入る前に叔父の行方と目的が分かればいいと思っている。なにはともあれお披露目会の目的の一つに、叔父の息子である彼と友誼を通じるというものを加えた。



 王都へ向かうまであと少しという時期になった。今年のスカーレッド領は豊作で去年以上の収穫量になったようだった。


 お母様のお腹も着実に大きくなり、そのお腹を触らせてもらった時は元気に動いているのがわかった。ティアに確認してもらった限りでは特に異常なことはないようだ。特に前世の記憶だとかそういった物も今のところ感じられないということで安心している。


 結局は杞憂だったけど、私のような例やルーセリアみたいな物もいるのでホッとしている。別に前世の記憶があったとしても何かをするつもりはなかった。少し気になった程度なので、何もなくて良かった。


 序産師のミーナからも何も問題なく育っていて、出産予定日も大きく変化はしていないと教えてもらった。


 そういうことで屋敷では王都へ向かうための準備をしている。その間私は何もすることがないので、ルーセリアとリリンを連れてリーザの店へ来ている。一時期私の専属護衛をしていたセブルとハイツの二人は、今では私の元から離れ騎士として活動している。


 私ももう五歳になった事で、男性の護衛はふさわしくないということなのだろう。ちょうどいいことにルーセリアが私の筆頭護衛となったタイミングで元の職務に戻された。


 ただ全く会っていないかと言うとそうでもない。二人は非番の時にはリーザの店へ出入りしているし、私が直接リーザの店へ行けない時には紅茶の茶葉を受け取ってもらってきたりもしている。


 そんな二人だけど、私の弟が生まれれば護衛騎士になるのではないかと思っている。今でも騎士団有数の実力を身に着けているようなので、実力的には問題ないだろう。


「ロザリア様、街に到着しました」


 馬車から降りてエピルス商会へと向かう。今日はお披露目会前の最後の集会になる。今回の話し合いで情報の共有と対策の最終確認をするつもりだ。後は聖女についての情報がないことや、隣国の動向についても知っておきたい。


 エピルス商会の中に入ると相変わらず客はいないようだった。リリンが扉に下げられている看板をひっくり返して閉店に変えて扉の鍵を閉める。


「ローザ様いらっしゃい」

「久しぶりですわね。元気にしていたかしら?」

「まあぼちぼちですね」


 いつもの席に座ると、いつものようにリリンが紅茶を入れて持ってくる。


「今日はアッサムかしら?」

「良い茶葉が手に入ったからね。多めに買っておいたものだよ」

「全て購入させていただきますわ」

「それは助かるが王都でも買えるだろ?」

「どうかしら? そもそも王都のお店に伝はありませんので、持っていったほうが安心ですわね」


 リリンが用意したミルクを少し垂らしてから一口飲む。アッサムはそのまま飲むよりはミルクティーにしたほうが好みだ。お子様と言われるかも知れないけど、好みの問題なので大人になったとしても変わらないだろう。


「それでリーザは何か新しい情報は掴めたかしら?」

「残念ながら何も無いね。隣国は平和そのものだし、第三王子の行方も相変わらずわからないままだ。聖女に関しても全くない。国内の教会を全て探しては見たが痕跡すらないな。こうなってくると今の時点で教会にいないか、他国にいるのだろうね」

「仕方ありませんわね。聖女に関しては貴族学校に入る前までに見つけられればいいでしょうから引き続きお願いしますわ」

「わかりました。報酬は十分に貰っているからね。やれるだけのことはやっておく」


 教会を探しているのは、だいたいどの教会にも孤児院が併設されているからになる。私としても今の時期に聖女が孤児院にいるとは思っていない。だけど手を抜いて良い理由にはならないので継続して調べて貰っている。


「隣国と聖女に関しては引き続きお願いしますわ。続いてお披露目会に関してですわね」


 それでは今日の目的であるお披露目会対策の話を始めましょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る