第33話 帰還

 お父様とお母様が王都へ向かってから半月が経った。その間はなにかがあったという報告もなく平穏に過ぎている。護衛としてついて行った騎士たちはまだ戻ってきていない。行ってすぐに引き返して来たとしてもあと五日はかかるだろう。実際は王都で数日休暇があるようなので、早くても十日はかかると思う。そういうわけで、一番スカーレッド領が無防備になる時期だと言える。


 今のところ隣国は落ち着いていると報告を受けている。スカーレッドの領内も不審な人物や盗賊の類が現れたという話も聞かないので平和なものだ。


 今はなんとかゴン爺に頼み込んでドライヤーを作って貰っている。作ってもらっているはずだったのに、いつの間にか私もドライヤー作りをしていた。前世では魔導具作りに手を出していなかったので興味はあったのだけど、流石に自分で作ることになるとは思っていなかった。


 やってみると意外と楽しいのだけど、未だに一つも完成させられずにいる。理由は魔力回路をうまく刻めないからだ。この四歳児の体だとどうも魔力制御がうまくいかないのだ。体の大きさに対して内包している魔力が多すぎて排出がうまくできない。


「お嬢には難しいようだな」

「そのようですわ」

「気にするな、誰にでも得意不得意というものはある。魔力回路は無理だとしても加工と組立は出来ているからな」


 ゴン爺がゴツゴツした手で頭をグリグリ撫でてくる。最初の頃は首がもげるのではないかとドキドキしていたけど、力加減が絶妙で気持ちよかったりするのが不思議だ。もしかすると手先が器用なのが関係しているのかもしれない。


「騎士の姉ちゃんは問題外として、メイドの姉ちゃんは器用だな」


 ゴン爺が言うように、リリンは私と違って魔力回路を刻むのがすごくうまい。ルーセリアは、早々に見張りのために作業場の外に出ている。あそこまでルーセリアが不器用だとは思わなかった。魔力回路を刻む魔導板を爆発させるなんて、どうやったらああなるのか全くわからない。


 普通に魔力を流すだけなら爆発はしない。私が魔力を流しすぎたとしても爆発はしない。そのはずなのに、ルーセリアが魔力回路を刻む為に、魔力版に魔力を流すと爆発する。じっくりとその様子を見ていても理由が全くわからなかった。


 そういう理由でルーセリアには今後魔力版には触れさせない事になった。ルーセリア本人も、魔導具作りに関しては特に未練はないようだった。


 そのように穏やかな日々を過ごしていた。そして二ヶ月の時が経ち、お父様とお母様が帰ってきた。屋敷の外まで出迎えに行こうとしたのだけど、他の使用人に止められた。先に旅の汚れを落としてから改めて呼ぶのでそれまで部屋で待っているようにとのことだった。しばらくすると食堂に来るようにと連楽を受けたので移動する。


「お父様お母様お帰りなさいませ」

「おう戻ったぞロザリア。病気などセずに元気に過ごしていたか?」


 お父様はそう言って私を抱き上げ肩に乗せる。お風呂を済ませたようでお父様からは石鹸のいい香りがする。


「ええ、私を含め皆元気ですわ」


 お父様の肩の上でなんとかバランスを取ってそう答える。


「そうかそうか」


 お父様はそう言って上機嫌に笑っている。


「グレイス、私にもローザを抱かせて下さいませ」

「おう」


 お母様がお父様の肩に座っている私に向かって手を伸ばしてくる。このままお父様の肩から飛び降りてお母様に向かって良いのか迷っていると、お父様が私を肩からお母様の目の前に下ろしてくれた。


「お母様お帰りなさいませ」


 そう言ってお母様に抱きつくと、お母様も抱き返してくれた。お母様の匂いと体温を感じるとなんだか落ち着く。お母様もお父様同様に石鹸の匂いがするが、それ以外にもいい匂いがするのは香油か何かをつけているのだろう。


「うふふ、ローザも元気そうで良かったわ。私達がいなくて寂しくなかったかしら?」

「リリンもルーセリアもいましたから大丈夫ですわ」


 お母様から離れて椅子に座る。


「お父様お母様、王都はどうでしたか?」

「俺の方は特にこれといった変化はなかったな。あえて違った所を揚げるなら、シーリアのお陰で煩わしいパーティの類に参加しなくてよかったくらいだな」

「お母様のおかげですの?」

「そうよー、私がまだ病み上がりと言ってねグレイスはパーティの殆どを断ったのよ。私が病み上がりというのは真実ですからね」

「どうも俺は昔から貴族同士の付き合いというのは苦手でな」


 お父様はそう言って笑っている。前世では私がバカ王子と婚約することで、中立派だったお父様は国王派に鞍替えすることになった。派閥の移動というのは色々と問題があるのだけど、前世では私のせいで色々と苦労したはずだ。それに国王派になったとはいえ信用はされていなかった。


 それにお父様が死んだのも国王派に騙されたからだと後々知ることとなった。だから今世では絶対にバカ王子とは関わらないようにしなければいけない。どちらにしても一年後にはお披露目会があり、それには参加しないといけない。


 バカ王子もそうだけど三侯爵の子息とは挨拶を交わさないといけない。対策は未だに思い浮かばない。もしもの時は……。

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