第21話 シーリアの治療


 俺は先の世界から来たと言っていたローザが、唐突に消えた事に驚きながらも部屋の中に人の気配がないか探る。


「誰もいないようだな……」


 部屋の中には人の気配がない。先程までいた成長した姿のローザは先の世界へ帰っていったのだろうか? とりあえず、幼いローザの姿を確認をするためにローザの部屋へ向かう。部屋の前にたどり着きノックをすると、ローザの専属メイドであるリリンが出てきた。


「グレイス様。ロザリア様は既にお休みになられておりますがどうされましたか?」

「なに、たまには娘の寝ている姿を見たいと思ってな」

「差し出がましいかと存じますが、寝ている女性の寝姿を見るというのは、ご自身の娘であったとしてもよろしく無いと思いますが」


 言われてみれば、流石にまずい気がしてくる。だがここまで来たのだからひと目だけでも顔を見たい。先の世界から来たローザは、どうも体の中にある光が希薄だった。それが気になっているということもある。


 リリンの脇を抜けてひと目だけ寝ているローザを確認する。俺の子とは思えないほどの可愛さだ。その身の内側から感じられる光は、先の世界から来たローザと比べるまでもなく輝いている。


「リリン、後は任せる」

「かしこまりました」


 ローザに変わりはなかった。先の世から来たというローザと、今のローザが一瞬同じと感じたが違ったようだ。


 ローザが生まれる前の話になる。当時シーリアの出産に関わった序産師が、子が無事に生まれるかわからないと言った。序産師が言うには、シーリアの宿している子に魂が無いと、そのために生まれたとしても長くは生きられないと言っていた。


 序産師が言うには、母体であるシーリアにとっても危険だからどうするかは早く決断をと言われた。元々体の弱かったシーリアだが、その話をしてでも生みたいと願った。俺はそのシーリアの思いを受け入れた。


 そして出産当日、俺は光を見た。ずっとあれは精霊だと思っていたのだが、今は先の世界から来たローザに似ている気がする。もしかするとあの時も先の世界のローザが何かしてくれたのかも知れない。


 結果としては序産師の見立てとは違い、ローザは無事に生まれこの歳まで健やかに育ってくれた。多少お転婆なところや、俺の子とは思えないほどの聡明さを持っている。その事をずっとローザを精霊が守護しているからかと思っていた。


 だが実際は先の世界のローザが助けてくれたのかも知れないと今では思っている。そして今回もシーリアを救うために治療薬を持ってきてくれた。だがあのローザは、見た目は俺やシーリアと変わらない年齢に見えたが、肉体やその内にある光が弱かった。彼女に何があったのかはわからない。それを語る前に消えてしまった。


 再び会うことが出来るのかはわからない。だが先の世界のローザのためにも、俺は今を生きる幼いローザを守って見せると決意を新たにする。


「ふぅ、よし行くか」


 懐に入れている治療薬を手に持ちシーリアの部屋へ向かう。部屋の扉をノックすると中から寝ずの番をしているメイドが扉を開ける。


「グレイス様、このような時間にどうされましたか?」

「シーリアはもう寝ているだろうか?」

「いえ、今は起きてられますが……」

「そうか、すまないが少しの間だけ二人にしてもらえないだろうか?」

「明日では駄目でしょうか?」


 メイドは少し申し訳無さそうにしている。リーリアに何かあったのだろうか?


「シーリアに何か?」

「いえ、そう言うわけでは、少しだけお待ち下さい、シーリア様に確認を取らさせていただきます」

「済まないが頼む」


 一度扉が閉じられ、しばらくするとメイドが扉を開けて外に出てきた。


「それでは私は隣の部屋で控えています。お戻りになるときにはお声を掛けてくださいませ」

「ああ、済まないな」


 頭を下げるメイドの横を通り、そっと扉を開けて中に入る。


「こんな時間にどうされましたか?」

「いや、少し話をしたくてな。それよりも寝ていなくても大丈夫なのか?」

「ふふ、訪ねてきたのはあなたでしょ、おかしな人ね」

「それはそうなのだが」

「今日は少し眠れなくてね。それでお話というのは何かしら?」


 シーリアの寝ているベッドの隣に椅子を移動させてそこに座る。


「先ほど不思議なことがあった」

「不思議なこと? なにかしら」

「先の世界、そこから来たという者が俺の所へ突然訪ねてきた」

「先の世界? よくわからないわ」

「俺も未だに夢か幻かと思っている。これがここになければだがな」


 俺はベッドの横にある、水差しなどが置かれている小さくて丸いテーブルにあの治療薬を置く。


「それは何かしら? もしかして先の世界から来たという方が置いていかれたの?」

「ああそうだ。その先の世界から来たものなんだがな。本人はローザだと名乗った」

「あら私たちのかわいいロザリアと同じ愛称なのね」

「そうではない、ロザリア本人だと名乗ったのだ。見た目は確かに今のローザが成長したらこうなるだろうと思えるほど美しい少女に見た」

「先の世界のローザ、是非会ってみたいわね。私はそこまで生きられないと思いますから」


 俺の話を信じているのかいないのかよくわからない。だがシーリア自身は、自分の命が尽きることよりも、成長したローザを見れないことに心残りを感じているのかも知れない。


「話を戻すが、そのローザが持ってきたこの治療薬。これはお前の病気を治せるものだということだ。どうやらお前の病気は先の世界では治すことの出来る病だということだった」

「これがそうなのですか?」


 シーリアは訝しげに治療薬を見ている。あのローザに会っていないシーリアにとっては、にわかに信じられることではないのだろう。


「信じられないか?」


 シーリアは俺の目を見てから首をふる。


「あなたが信じているのなら信じられますわ」

「俺は信じている。あのローザに俺は以前出会っていると思っている」

「そうなのですか?」

「ああ、それもローザが生まれる日にだ」

「もしかして以前言っていた、精霊様がそうだったということかしら?」

「そうだ。あの時見たのは成長した姿のローザだったと今では確信している」

「それなら信じられますわね。あの時の感覚は今でも思い出せるわ。きっとあなたの出会った成長したローザが、あの時、私たちを助けてくれたのね」


 シーリアはそう言うと、おもむろに治療薬のビンを手にとり、蓋を外すと一気に飲み干した。


「あら、意外と美味しいわね」

「お、おい、大丈夫なのか?」

「特に変わりはないように思えますわ」


 シーリアは自分の体の調子を確かめるように手足を動かしている。こんな事なら薬を飲んでどれくらいで効果が現れるのか聞いておくべきだった。


「ふぅ、あら、なんだか体が熱く……」

「おい、大丈夫か」

「ごめんなさい、なんだか眠たくなってきたわ」


 シーリアはゆっくりとベッドへと倒れ込む。


「誰か来てくれ!」


 大きな声を出して人を呼ぶと、先程のメイドが走って部屋に入ってきた。


「君か、すまないがセイバスを、いや医者を、すぐに呼んできてくれ」

「は、はい、かしこまりました」


 メイドは早足で部屋を出ていく。俺は眠り始めたシーリアの手を握り、精霊へ祈りを捧げる。しばらくすると、シーリアからは穏やかな寝息が聞こえてくる。


 そして騎士団の副団長であるセイバスと先程のメイドが医者を連れてきた。医者に場所を空けて診察が終わるのを待つ。


「御当主様、何をなされたのですか?」

「何を? そんなことよりもシーリアは無事なのか!」


 シーリアが飲んだ治療薬の事を教えるわけにはいかないので、話をはぐらかすようにシーリアのことを聞く。


「はい、ええ、驚いたことに全く異常は無いようです。もう少し詳しく見たほうがよろしいと思いますが、私の見た目ではご病気の痕跡すら無いように感じました」

「それは、今まで謎だった病が治っているということか?」

「治って、といいますか、元々正体のわからぬ病でしたが今の奥様は健康そのもののように見受けられます」

「そう、か」


 そうか、あのローザが持ってきてくれた治療薬。それが効いたということか。俺は再び精霊と、そして先の世界から来たローザに感謝の祈りを捧げた。

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