硝子の檻
倉木まるり
プロローグ
遂に伝えた!上司はあっさり承諾してくれた。とりあえず来年度は休職。
変わりたいのだ。私は。こんな生活から、逃れたいのだ。SNSに上がっている人たちのように、運動と食事で美ボディをキープしたいのだ。
できるかもしれない───。高揚した。こちとら摂食障害歴22年の大ベテランだ。最近は手を出したら最後のチューブ吐きまで習得し、吐くための食糧で金をドブに捨てる行為に拍車がかかっている。本当はコスメや洋服に金を使いたい。それを買うのは躊躇するくせに、菓子パンは瞬く間に買い物かごを埋め尽くしていくのだ。馬鹿ってなんで「うましか」なんだろう。過食嘔吐の人によくある「罪悪感」というのも感じない。腹が減るから食べるのだ。食べたら太るから吐くのだ。満腹に満足して、よっしゃ吐くか、って吐くのだ。
いつの間にかこうなっていた。まともに食べることができていたのはいつまでだろう。中学2年生の頃はできていた……と思う。中学3年生の受験期から狂い始めた。あの頃は自分が摂食障害とは思っていなかったし、そんな言葉も知らなかった。母親も吐いていたから、真似をしてみたのだ。太ってしまったことは「あーあ。」ぐらいに思っていたが、連日浴びせられる母親からの「太っている」攻撃で、早く見た目を変える必要があった。晩御飯だけ吐く生活を続けたら、1ヶ月程度で10kg近く体重を減らすことに成功した。嬉しすぎる。周りからの「痩せたよね。」コールも気持ちがいい。母親から、「吐いたでしょ。」と言われた。自分も吐いているから、娘の痩せスピードの異常さにすぐに気づけるのだろう。私はバレていることをまずいと感じるよりも、「そうだよ、吐いているよ」の気持ちを込めて、「吐いてないよ。」と言った。
摂食障害になる人の背景に、母娘の関係がよくない、というのがあるらしい。はい、ごもっともだ。なるほど、なるべくしてなったのかもしれない、と思うぐらい納得する。私は37歳になった今もなお、母親の呪縛に囚われている。
檻の中にいるのだ。その檻は硝子でできている。一見、友人や職場の仲間と同等の場所にいるようだ。でも違う。その硝子は分厚いのだ。強化ガラスなのだ。私は私に届かない。この硝子の檻を、削って削って、薄くして、パリンと割る日は来るのだろうか。幼い、小さな少女だった私よ、あんたは、本当はお母さんに抱きしめられたいんだろう。可哀想に。ああ、こっちを向いてくれない。私は私を、救いたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます