底辺過ぎて心中オフ会を開いたvTuberが神の現世を打ち砕き、熱烈な口づけによって転生などさせない

天野水樹

底辺過ぎて心中オフ会を開いたvTuberが神の現世を打ち砕き、熱烈な口づけによって転生などさせない

「ここから、こう突っ走って、堤防からドブン。

窓を少し開けておくので、すぐに水没する予定。

窒息より先に、今の水温なら心臓麻痺くらいになるかも」


 重たい緑色をした冬の日本海。打ち寄せる波は白く濁り、誰も取り除かないゴミや海藻が巻き込まれているから、思ったよりもキレイさはない。言ってみれば掃除する前の学校プールが広大な面積で荒れ狂ってるだけ。

 ただ、存外、目の前にいる彼女はその景色が気に入った様だ。


「キミを誘って正解だった。

こんな陰鬱な場所にボクを連れてきてくれて、本当にありがとう」


 それは褒め言葉か? とは思ったけれど口にはしない。これから仲良く一緒にあの世へ旅立つ相手。今朝方「心中オフ掲示板」というマンマな名前の公開掲示板で知り合った仲だ。

 むしろ、そんな所で意気投合して連絡先を交換し合い、相手は新幹線を使ってまで私に合いに来た。それだけで十分過ぎるほどだろう。


「死にたいって言う割には、晴れやかな顔してるよね。

今ドボンすると通報が早そうだから、決行する夜までまだ時間はあるよ。

折角だから話でもしない?」


「話をしても気は変わらないし、絶対にボクに付き合って貰うよ?」


「付き合うのは付き合うけど、今は寒いの」


 冬の日本海に雪が降る。

 それすなわち凍えそうな気温と、冷たく大きな結晶になったぼた雪が折り重なって、払っても払ってもコートにまとわりついてくることを意味する。

 多量の水分を含み、べたつき、くっついた雪は重くなりすぎるから、傘だって役には立たない。


「そうか、そうだな。

別に死ぬまでの間、ずっと苦しむ必要もない。

苦しむのはもう沢山だ」


「でしょ、せめて夜がくるまでは暖かい所に移動しよう」


 背後には、ここまで移動してきた私の車が暖機運転のまま待機している。そこに入るだけでも暖かいし、なんなら食べ物がある場所とかに移動するのも良い。

 彼女は踵を返し、私は砂浜から立ち上がった。

 私が運転席に、彼女が助手席に座る。


「さて、どこに連れてってくれる?」


「別に召使いじゃないんだけど。

まぁ、私の地元だし……って、誰かに見られるのは良くないか」


「なぜだい?」


 彼女は不思議そうな目でわたしを見る。

 端整な顔立ちと特徴的で何故か耳に残る声。生まれてから一度も女性に対して恋愛感情を持ったことはないが、それでも惹きつけられる何かを感じる。

 それはきっと天性のモノで、わたしには与えられていない。きっと転生するときにボーナスを貰い損ねたんだ。


「あなたが思っている以上に田舎って情報網があってね。

見知らぬ人と一緒にいたら、それだけで三十分もしないで噂になる。

目撃情報が次々に回って行って、最悪目的を果たせなくなるかも」


「それは嫌だな」


 露骨に顔をしかめる彼女。そんな表情もどこか可愛い。

 さすがに東京からやってきたからか、髪型や服装のレベルが二段階くらい上に感じる。

 私がそう思うということは、他の人だって同じ様に思うはず。『よそ者』だって。

 そういう人を連れて、暖かくいられる場所。あまり気は進まないが、そこへ行くしかないだろう。


「ここから国道に出て、雨宿り出来る場所に行くよ」


「構わないよ、任せる」


「後で文句を言わないように」


「あぁ」


 暖機しておいたから、車内はかなり暖かい。

 一度かじかんでしまった手を送風口から出てくる温風で暖めてから、私はハンドルを握った。

 ここらで家の手伝いもするならマニュアル免許は必須だ。

 ギアを一速に入れるまでの手順を無意識に進めて、限りなくスムースに車を走らせた。

 そうしないと滑って危ないのだ。


    ◇


「まさか、こういう場所に連れ込まれるとはな」


「誰がいても詮索しない。

この中で事件を起こさない限り情報が漏れにくい。

暖かくて、カラオケや大画面テレビがあって、風呂もベッドもある」


「そういう設備面の話ではなく」


「たかがラブホテル、ドライブ返りに疲れてたら、こっちじゃ皆仮眠に使うよ」


 国道と交差した川沿いの道。そこに左折して、しばらく走るとラブホテルがある。

 この近所は、川ごとにラブホテルがあると言っても過言ではない。

 その中でもここは免許を取ってすぐ、当時の彼氏が私を連れ込んだ場所。

 改装して名前も変わっているけれど、部屋の間取りはあの頃のまま。

 死ぬ日に処女を捧げた場所にくるのは、何かエモいんじゃないかと思ったけど、それほどじゃないな。


「あなたは、こういう所初めて……みたいだね」


 不満そうな声をしていたわりに、興味津々で設備をチェックしている。枕元のコンドームまでチェックする念の入れよう。見たことなかったりするのだろうか。

 私は大画面テレビのスイッチを入れ、フロントから借りたケーブルで携帯ゲーム機を繋ぐ。

 あの頃はフリーの無線LANなんて無かったな。


「おや、何をしてる?」


「あー、ヒマだから配信でも見ようと思って。

……あぁ、自分の配信のお休みポストしてなかった」


 私はポケットからスマホを取り出して呟き系ツールを二つ三つ横断して、今日の配信の中止のお知らせを書く。


『昼すぎから頭痛がしてます

せっかく皆と会うのは体調良い時にしたいので

今日おやすみいただきます

ごめんなさい』


 私のアバターを使った『ごめんね』画像を添付して、同じメッセージを送った。

 まぁ、全部のツールを合わせても三十人ほどしか固定リスナーはいないし、なんなら各ツールでユーザが被ってるまである。ほんとの固定ユーザー数なんて微々たるものだ。


「キミは、vTuberだったのか……」


 彼女が私の手元を見ながらそう言った。こういうのに興味がありそうな人には見えないけれど、まぁ最近は地上波のニュースでも取り上げられていることだし、知ってはいるのだろう。


「もうずっと瀕死のvTuberだし、なんならこれから実際に死ぬし。

収益化もしてないのに自56ほのめかし配信で視聴者集めとかしてられないでしょ」


「まぁ、そうだな。

もうそういう活動をして長いのかい?」


 やけに突っ込んでくるな、とは思ったが、他に話題もない。

 時間つぶしに自分語りも悪くない。


「いや、ここ一年くらい。

ようやく家の近所まで光回線が来たからね。

地方でも活動出来るのがvTuberの売りだと思ったけど、地方だから良いって訳でもなかった。

個人勢っていうのもダメだったのかな。

せっかくアバターも可愛いの作って貰ったのに……」


 画面に映る私のもう一つの姿。

 古い友人の一人で、今は大人気のイラストレータとなった人物が原画を描いてくれた。

 ただ、動作用のモデルを作ってくれた人の腕がイマイチで、サムネ詐欺とか良く言われたっけ。


「それ、とだれいす先生のイラストかな?

見たコトないんだけど……」


「あ、うん、有名だよね、戸田くん」


「とだ……くん?」


「あぁ、元クラスメイト。

私のアバターの原画を描いてくれた人。

ほら、これが私」


 テレビに繋いだゲーム機を操作して、動画サイトから私のメインチャンネルを表示させる。

 ベッドに座って画面を見ながら、ライブ予定地を消すかどうか悩んでしまう。

 その決断は保留にし、ライブ予約をしたサムネイルの中でにこやかに笑ってる私を指さした。

 即座に彼女が反応する。


「これ、全然原画と違う」


「しかたないでしょ、原画は友人価格だったけど、アバターは正規の料金だったの。

あまり技術ある人に頼めなかったから、これくらいが精一杯。

会話とかでユーザー掴んで、収益化して、二代目のアバター作って……。

そう思ってたの、全部もう終わり」


「そう、なんだ」


「あ、でも、戸田くんは凄いんだよ。

もっと人気のあるvTuberの原画もやってて、企業勢でユーザー数二百万人間近。

神の一角。

多分、今日辺り見守り配信のはずなんだけど……」


 画面を切り替えて、その神なるvTuberの二百万人耐久ライブ会場を開いた。

 もう定刻は過ぎているのに、ライブははじまっていない。

 機材の故障とかではないことが、チャット欄の様子から分かる。


「ようねてる」


「ゆっくりねろ」


「ねれてえらい」


 そんなコメントがずらっと並んでいる。何らかの事情で配信が開始できないか、もしくは寝坊だ。

 SNSを巡回してみると、やっぱり同じ様なタグでコメントが寄せられている。

 ちなみにすでに登録者数は二百万人を突破しているようだ。

 しかも、同じ事務所に所属しているvTuberが『寝坊見守り配信』と称して、ちゃっかりPV稼ぎをしている真っ最中。


「あ、なんか凄い状況。

まぁでも、こういうことは多々あるし」


 それでも二百万ユーザ達成配信でこれ、って凄いな。


「それよりもほら、このvTuberの原画は私のと一緒で、とだれいす氏のもの。

戸田くんの知り合いとしては鼻が高いけど、私はダメだったなぁ、って」


 心にチクりとトゲが刺さるけれど、少しだけおどけてそんな風に茶化しておく。

 ただ彼女の反応は、みすぼらしいものだった。

 さっきまでの俺様っぽい雰囲気はなく、肩を落とし、ズボンを握りしめ、多分目から大粒の涙がこぼれてる。顔は見せてくれない。


「比べられたりしなかった?」


「したけど、気にしてもしょうがないし」


「同じ絵師だからって、頼ろうとしなかった?」


「したって、実力がなければ惨めなだけだし」


「百合営業とか、ドル売りとか、そういうのは?」


「柄じゃないな。

そもそもコラボのお誘いがなかったから、ソロでするしかなかったし」


「……じゃぁユニコーンとか、処女厨とかはいなかったんだ」


「むしろ、困る手前くらいまでのユーザー数が欲しかった。

本当に、見てくれる人、少なかったから」


 そこまでのやり取りを終えたら、彼女は黙ってしまった。

 色々と察することが出来る発言。

 はじまらない配信。耳に残る声。

 答え合わせすらばかばかしくて。でも多分取り返しはつく。


「今から東京に戻って配信、する?」


 さすがに私の家の機材を使っても、すぐに環境を整えられる訳じゃない。配信自体は誰かにバトンタッチして、音声チャットで謝罪だけ伝えて、後日配信で説明会……。

 そんなことを考えていたら、急に彼女がわたしのことをベッドに押し倒した。

 暴れて逃れようとしても、ダンスレッスンで鍛えたって配信で言っていた力強い腕に抑え込まれる。

 オマケにくちびるまで奪われて、訳が分からなくなる。


「んぅ、んん、くはぁ……いきなりなに!?」


「営業だからってフリをするの、耐えられない」


「それは、無理矢理は嫌でしょ」


「……ちがう」


「?」


「ほんとにそうだから、演技でするのは嫌」


「……なる、ほど?」


「相手は営業だからってベタベタしてくるけど、こっちは本気になっちゃダメなんだ。

それはどんな拷問だと思う?

それでいて、ユーザもそれを求めて、ちょっと雰囲気を作ったら『カップル成立』とはやし立てる。

今回の二百万ユーザだって……」


 そう、それは彼女の相方が先に二百万ユーザに達したから、パートナーである彼女も二百万ユーザにしようというただのお祭り。

 彼女自身の魅力かどうか、多分彼女自身が判断出来ないんだろう。


「これが本当に好きな相手なら百合営業も許容するけど、ただ営業と割り切ってる相手と組み合わされるのは辛いだけ。

恋愛禁止より残酷で、辛いって、なんで分かって貰えないのか」


「……だからって、いきなりカミングアウトしないでよ。

キスされるのも……困らないから困る」


 覆い被さってわたしに涙の雨を降らせたままの彼女の頭を撫でた。

 死のうとするだけの思い。それは尊重しようと思う。だって自分もそうされたいから。

 だから誰かを道連れにして、その人が戸惑ったら、背中を蹴って、蹴った足でわたしも死のうと思ってた。

 でも彼女は、そういうのとは何か違うんだ。


「ごめんなさい、でも」


 迷子の様な表情の彼女。

 きっと心中相手じゃなくて、一緒に歩いてくれる人を探していたんだと思う。

 だからって、掲示板でやり取りしただけのわたしに、本当に価値があるのだろうか。

 わたしが出来るのは、ただ彼女を殺してあげることだけ。


「大丈夫、わたしがあなたを殺してあげる。

転生も生まれ変わりもなく、ちゃんと殺してあげる」


 今度はわたしから彼女にキスを。


「だから、キスした責任は、死んだあなたには追求しないから。

本当に、転生も生まれ変わりもなく、二百万ユーザにお別れしよう」


 わたしはテレビの電源をオフにした。

 もうここにいるのは、現実の彼女とわたしだけ。

 さぁ、息の根を止めてあげよう。

 転生などしないように。


    ◇


 心中オフから半年余り。

 わたしは心中に失敗し、彼女を殺すことには成功した。

 そして今、わたしの横に、緑がまぶしい迷彩柄の巨大なオオサンショウウオがいる。


「とまぁ、そういう訳で今日の配信はこれまで~。

みんなまったね~」


「まただウオ~」


 配信事故が起こらないように注意しながら、わたしたちは一旦PCをオフにするまでは無言を貫いた。

 そこまでしないと、なにが起こるか分からないのが配信の世界。

 死んだ人間を特定するくらい、朝飯前の人達の巣窟に向かって会話をするのは気を使う。


「はぁ、今日もお疲れ様。

だいぶ調子戻してきたじゃない、それ」


「ちゃんと殺されきったみたいだから」


 わたしは隣にいる現実の彼女に声をかける。

 世の中はいなくなったvTuberについて騒いでいて、転生先を探ろうと躍起になっている。

 実際に凸している連中もいるみたいだけど、不発も良い所だ。

 中の人はここにいる。


「生まれ変わりなんてないんだよ」


 わたしはSNSの画面に向かって呟いた。


「それにしても、良くボクのこのアバターを知ってたね」


「そこはほら、とだれいす先生の情報網ですよ。

ユーザ数十人だったオオサンショウウオが、今や百万人超えの神なるvTuberだ、俺のイラストは凄いだろう、って」


「守秘義務はどうなってるんだ……」


 彼女がしたのは『転生』じゃない。ただの『前世返り』だ。

 有名なイラストレーター様になったのが、わたしの元彼のとだれいす先生。その彼に、あの日彼女と泊まった部屋で初体験を捧げ合った歴史があるというだけ。

 寝物語に聞いたvTuberのウラ話。

 それが今の彼女とわたしを繋いでいる。

 まぁ、ある意味で彼女は処女厨みたいなので、嫉妬させるようなことは口にはしないでおこう。


「さぁ、次の配信の準備をしたら、ご飯にする?

お風呂?

それとも、わ・た・し?」


「ボクが選んで良いのかい?」


「もちろん、どうぞ」


 この現世から神なるvTuberが一柱消えた。

 こんな結末を迎えたのが、わたしたちの心中オフだ。


    ─完─

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