第24話 混戦

 既に陽は高くなり日差しが強くなっている。まだ冷たさがある空気ではあるが、徐々に気温は上がっていく。左手で陽光から目を守るアオイは邸宅のテラスから戦況を眺めていた。


「門が突破されます!」


 邸宅の下から声が聞こえてくる。そんなものは見えているが、アオイは何も答えない。代わりに指示を出す。


「各部隊に告げてください。作戦通りですと」

「はっ、伝令を出します」


 平静を装っているアオイだが、予想以上に早い敵の進軍速度に少しだけ躊躇っていた。


「いかがでしょうか?」


 リュウに声をかけられてアオイは心の中で気合を入れなおす。もし、自分の動揺が表情に出ていたならば、まだまだだな。と考えながら返答をする。


「流石、帝国軍主力と言ったところでありましょうか」

「帝国主軸が敵と考えるのでしたら、我々は健闘していると言えましょうか」


 アオイは心の中で自分自身を落ち着かせながらリュウに返答をする。帝国軍は市街地に入ったにもかかわらず、後退を続ける王国軍前線に食らいついている。勝利を確信して、略奪でも始めるだろうと予想していたのに、あまりの秩序だった攻撃に内心、感心をする。


「そうですね。まだ、ここに辿り着くまでには猶予がありそうです」

「そうはおっしゃられましても時間の問題でしょうか」


 アオイはリュウの言葉に答えない。この状況は想定していた通りではある。だが、このままでは一番最悪の想定である正面突破されて邸宅に殺到される可能性も残っている。兵力が少なく防衛するだけのアオイたちにできることは限られている。全ての策を見抜かれてしまえば最終的に自分たちは敗北する未来しか残されていない。


「後方はどうなっていますか? 街の背後から挟撃されれば、逃げることもできませんから」

「それは、問題ないとのことです。壁に潜ませている味方からの合図でですが」


 アオイは、帝国の先鋒が邸宅に近づいてきたことを察知して、リュウを引き連れて部屋から出る。声が届かない場所では指揮を執ることはできない。

 建物から出たところで、部隊長が集結していた。


「部隊長の皆さんは現状をどう見られています?」


 アオイが問うと、一人の部隊長がアオイに向かって頭を下げてから話を始める。


「敵はかなり慎重に行動しています。もしかすると、こちらの攻撃を警戒しているのかもしれません。もう少し各場所で抵抗をした方が良いかと」

「矢が足りていないのです。それに、こちらの策を気づかれたとしてもそれで構いません。それで、敵の追撃速度が遅れるのであればそれで充分ですし」

「ですが、策があると警戒しているのにもかかわらず、そのまま街に侵入してくるのは何故でしょうか」

「きっと自信があるのでしょう。どんな罠があろうと蹴散らすことができるという。多少の不利ごとき気にしないという」

「では、やはり勝ち目は無いのでありましょうか……」

「硬い石を壁に投げつけたらどうなるでしょうか?」


 アオイの問いに部隊長は怪訝そうな表情を浮かべる。


「壁は傷つくでしょうね」

「それはその通りでございます」

「では、川で水面に向かって投げつけたらどうなります?」

「そのまま、沈んでいくことでしょう」


 部隊長らが理解できた。とばかりに頭を下げたのを見て、アオイは耳を澄ます。剣戟の音が徐々に近づいてくるのを感じて、アオイはリュウに命令を託す。この場所で帝国軍の主力部隊と真っ当に戦えるのはリュウしかいない。それより、自分にはやらなければならないことがある。


 邸宅の前に陣取った王国軍を見ながら、アオイは精鋭百人を連れてその場所を離れる。裏道を通り、帝国軍の側面に回り込もうという算段だ。


 アオイは街に入ってから、まず、建物と道の改造を行っていた。邸宅を本拠地に見立て、そこに至るまでの道を単純にした。分岐する道は封鎖して一方通行にしたのだ。


 勿論、元々の街の構造も敵の攻撃を想定して作られている。直線の道ではなく緩やかに曲がっていたり直角に折れ曲がっている場所もある。防御側に有利なように作られた街並みではあるが、それを改造により敵をあまり分散しないようにしている。


 だから、帝国が近づいてきたところで、防御側は矢の雨を降らせば良いのだが、帝国軍はそれを知ってか、王国軍に食らいついている。もし、帝国軍を攻撃するのならば味方ごと攻撃しなければならない状況を作り出している。


 王国軍は、ここが最終的に戦う場所ではない。とばかりに後退していく。アオイの指示の通り、最終的な決戦場所は邸宅前であると、味方の犠牲をなるべく出さないように、防御中心に少しずつ撤退していく。


 予想外だったのは、この状況になっても帝国軍が乱れないことだ。周囲の建物に警戒は見せているものの、略奪などの無法行為を始めるものはいない。住人らに危害を加えようとする兵士たちがいない。


 もっとも、街の住人は、既に街の中心部に避難してもらっている。とは言え、単純に非難しているのは邸宅か教会に籠っている子供だけで、若年の男性のうち希望者は兵士として、戦闘に協力できない住人らは食事や輸送の補助などで働いてもらっている。この街が帝国軍に攻め落とされれば、酷い目にあわされることは重々承知しているので、とても協力的だ。


 アオイは協力的な住人に感謝をしながら、裏道を移動していき、街の入り口に近づく。封鎖している道を突破してきた敵を迎え撃つために準備していた伏兵らを加えながら門の近くの建物に隠し扉から入る。


 ここも、準備していた場所で道に面した建物は調度品や金目のものは移動させて空き家同然の状態になっている。単なる壁のように見えたはずの建物で、帝国軍後衛たちも素通りしている。


「オキ将軍はいましたか?」

「はっ、先程、通りました。最後方にいます」

「残念ですが、不意打ちは難しそうですね」


 アリサは頷くと兵士に指示を出す。命令を受けた兵士が太鼓を叩き合図を送ると、別の兵士らは建物から飛び出して門の近辺で油断をしていた帝国兵を切り倒す。黙ってやられるだけではない帝国の兵士らも、建屋から弓矢の援護を受けられては本来の力を出し切れない。


 アオイは門を封鎖させると城壁の上から、外の兵を近づけさせないように攻撃をさせる。元々、街の外にいた兵士らは、補給兵や従者らだ。真剣な抵抗もせずに立ち去っていく。


「アオイ様、敵が戻ってきます。オキもいます」


 アリサの声にアオイが前方を見ると、馬上の騎士の集団が駆け寄ってくる。このまま突進してくるかと思いきや、オキは全員を停止させる。


「お久しぶりでございます。閣下。お元気そうで何より」

「こんなところにいたか半人。地べたに頭をつけて許しを請うならば、楽に死なせてくれよう」


 オキの言葉にアオイが笑うと、オキは余裕そうな表情をすぐに崩して睨みつけてくる。


「何がおかしい」

「閣下、閣下の兵は分断されてございます。今頃は、陛下の兵も取り囲まれていることでしょう」

「馬鹿か貴様は。元々、我らの方が兵士も多い。分断されたとてそれは変わらん。それに、少数だとて半人ごときに負けるはずもない。聞け、我が帝国の英雄たちよ。この半人どもを打ち破ろうぞ!」


 オキが声をあげると、周囲の帝国騎士らも声をあげる。その狂ったような雄たけびを聞きながらも、アオイは表情を変化させることはない。


「閣下、降伏はされないのですか? 地べたに頭をつけて」

「ぬかせ。我ら魔族の力を思い知るが良い」


 オキは攻撃の命令を下す。頑強な貴族らで構成された帝国屈指の兵士らは、明確な殺意を見せながらアオイたちを蹴散らそうと行動を開始した。

 


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