第23話 戦場
戦端が開かれていた。早朝、食事を終えた時刻には、示し合わせたように戦いが始まっていたことを告げる音が聞こえてくる。空気はヒンヤリとしていて涼しげで、まだ朝焼けが残っていて薄暗い。距離がある戦場の状況までは目視で把握できない。
どうせ戦いを行うのであれば、もう少し後の時刻の方が良かった。オキは身勝手なことを考えながら呟くように発言をする。
「なんだ。ちっともゆっくり出来ぬではないか」
「はっ、申し訳ございません」
部下が頭を下げるのを見て、オキは目を細くする。怒っているわけではない。他の部下たちに見せつけるためだけだ。自分が、一番偉い存在であると。
「戦の準備をせい」
「かしこまりました」
オキは部下たちに命令を下すと、自分は馬を降りて天幕の中に戻る。小姓たちに手伝わせ、戦いの準備を整える。
再びオキが天幕から出た頃には、戦場の周囲の空気は一変していた。それまでののんびりとした空気は全くなく。緊張感がある。それでも、最前列とは距離が離れているから、兵士たちの表情にはまだ余裕がある。
オキは部下に命令を下し、戦闘に加わる姿勢を見せる。
「伝令! 陛下より閣下におかれましては、そのまま後方からの敵に備えられてください。とのことです」
「陛下は我らに戦うなとおっしゃられるのか」
「いえ、閣下のお手を煩わせるほどではありません。とのことです。ですが、どうしてもとおっしゃられるのでしたら、閣下の御身体のためにも全軍でご参戦くださいとのことです」
伝令に言われた意図を確認するように部下に視線を向けると、伝令は「また来ます」と言葉を残し立ち去ってしまう。
「このままここで勝利を待ちましょう。それが王者の戦いであるかと」
「それでは功績が全て皇帝のものになるではないか」
「そのようなことはございません。この戦、陛下が親征されているといえど、総大将は閣下でございます。さすれば、最終的な功績は閣下のものであると言えましょうぞ」
「そうであろうか」
オキは、疑義の視線を部下に向けるが、部下は頭を下げて表情を見せない。そんな慎重な部下に対して、周囲の兵士たちは気力十分に見える。血気盛んに今すぐにでも敵に向かって突進を開始しそうな勢いだ。
「閣下に功績など不要でございますゆえ、ご慎重なご判断をされるのがよろしいかと」
そうまで言われて、勝手に自分の意見を押し通すのも良くないかと考えたオキは、了解した。とばかりに頷いてから、兵士たちに命令を下す。
「ゆっくりと全軍で前進せよ」
「閣下!」
「何を勘違いしておる。陛下からの伝令もあっただろ。全軍を押し上げろ。と」
オキの言葉に部下は頭を下げる。まだ、何か言い足りないのだろうかと考えながら、オキは補給部隊を除き、兵をゆっくりと戦場へと向ける。
皇帝の部隊にだけ美味しい思いをさせるわけにはいかない。もし、敵の街を攻め落としたのであれば、自分らも勝利者としての権利を行使しなければならない。そうでなければ
貴族は兎も角、徴用されている兵士には恨まれること間違いない。兵士を満たしてやることが将としての役目なのだと、オキは考えながら街に向かって進む。
馬を駆けさせて突進すれば幾許もかからず敵に襲い掛かれる位置にまで近づいたところで、再び皇帝からの伝令が駆け寄ってくる。
「これ以上の進軍は危険でございます。速やかに兵を安全な距離まで下げられるよう具申します。陛下よりのお言葉です」
「何を……」
オキは伝令に対して言い返そうとするが、伝令はすぐに踵を返して戦場に戻っていく。逃げ出すのならまだしも、戦場に向かっていく兵士を追いかけて捕まえることなどできはしない。それに、伝令に真意など尋ねても無意味だ。
ただ、どう見ても押しているこの状況下で、兵を下げろと言われても理解できない。自分より兵士らが納得できないだろう。我が将は自分の部下に美味しい思いをさせたくないのかと。
日が十分に昇り、周囲がよく見えるようになると、自軍の優勢は間違いなく感じられた。早朝に横に広がり線での攻撃を仕掛けていた敵は、もう防御するだけで手一杯のようで街の門を防衛する点と化している。
「では、このまま進軍せよ」
「閣下、陛下の伝令では……」
「黙らぬか! 戦況は一刻一刻と変化している。今の状況は、我が軍に圧倒的に優位である。ならば、どうしてこの好機を逃すことができようか」
「ですが、敵の作戦の可能性もございます。不用意に近づくなどは……」
「お前は、儂が不用意だと言うのかっ!」
馬上のオキが一喝すると、馬に乗っていない部下は頭を下げる。このままではその場に跪きそうな態度を見て、オキはわざとらしく寛大な様子を見せる。
「気にするな。陛下の命を違える気などないわ。ただ、戦場を押し上げていつでも増援に行けるようにしているだけのことだ」
オキはそう言いながら少しずつ全軍を戦場に近づけていく。嘘を言っているつもりは全くない。ただ、もし、兵士たちが街に侵入すれば、制御不能になるに違いないとも思っている。そして、兵士たちがその報酬である略奪をしたとしても、皇帝がそれを罰することなど到底不可能なことであろうとも考えている。
要するに、自分は皇帝の命令を守るが、兵士たちが暴走したことにすればよいのだ。オキはそう考えていた。だから、もっとのんびりと構えていようと考えていたのだが、戦いの速度は加速している。
「敵が崩れて街に逃げていくぞ!」
「我が軍の勝利だ!!」
前方の兵士が大声をあげる。
「閣下、我らもこの機を逃すべきではございません」
「今こそ、我らの力を見せましょうぞ」
騎士たちがオキに対して働きかけてくる。だから、オキはわかったとばかりに頷くと再び先ほどの部下が口を出してくる。
「お待ちください。これは罠の可能性がございます。敵は、あの女狐。何を考えているかわかりません」
「馬鹿か貴様は、この状況で罠も何もないだろ。どう見ても我が軍の勝利だ」
「貴様は、陛下の間諜なのか。わざと閣下の邪魔をしようというのか?」
貴族たちが部下を怒鳴りつける。文句があるならば、斬り捨てようという勢いだが、部下は立ち塞がろうとする。しかし、その部下を止めたのはオキだった。
「そなたの言うこともわからぬもない。
「その通りでございます閣下」
「だがな、この戦況で罠など仕掛けようもない。もし、そんなものがあったとしたら、我らの前に陛下が打倒されるだけのことだろう。我らは陛下の忠実なる臣民なればこそ、そのような万が一を起こさぬよう速やかに行動を起こさねばならぬ。戦場で、一番重要なのは追撃戦である。勝利をした後こそ、その勝利を確実なものにする大事な戦いである」
「確かに、おっしゃられる通りではございますが……」
「分かれば良い。この状況から我らが負けることなどあり得ぬのだ。何があろうとも、後方の我らに被害が出ようもない。そもそも、奴らより我らの方が強いのだ。半人どもが、魔族である我らに勝てるはずもなかろう。しかも、兵数もこちらの方が多いのだからな」
オキの言葉に部下は沈黙する。まだ何か言い足りそうな部下ではあったが、オキは気にしないことにした。それより、貴族や兵士らをこのまま待機させておく方が問題だ。誰しも勝利の美酒に酔いたいところをお預け状態にさせているのだ。下手をすれば、その不満が後々自分に向けられることさえ考えられるのだ。
既に皇帝の直属の部隊は勝利の叫びながら街の中に侵入している。このまま手をこまねいてみているわけにはいかない。
だから、オキは全軍に命令をくだした。
街への突入の命令を。
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