マザコン引きこもり魔王に婚姻破棄されたので、私が皇帝になるルートを探しますね。

夏空蝉丸

第1話 宮廷

 セイザス帝国の宮廷、朝議の間。大陸随一の帝国ながら華美な装飾はない室内。それでいて赤を基調とした皇帝の威厳を感じさせる作りの建屋の一番奥の壇上。王妃であるアオイは空席の玉座の斜め前に立っていた。


 その部屋に調和した紅色の絹の装いのアオイは、大商人らの衣装に比べれば質素にも見える。とは言え、見すぼらしいわけではない。綺羅きらびやかな物を身につけていなくても彼女には品位がある。部屋を通り抜ける微風そよかぜが通り抜けると、黒髪がさらりと揺れた。


 凛としたたたずまいのアオイは、左脇に棍棒こんぼうを握りしめながらひざまずく侍女のサリナを置き、威厳より柔和が似合う微笑みを浮かべている。


 その場を和ますかの穏やかな雰囲気を漂わす壇上のアオイは、列をなして並んでいる帝国の家臣を見下ろす。アオイから見て右側の列には宰相以下の文官、左側の列には大将以下の武官、それぞれの列が朝議の間の入口まで連なっている。


 夏も終わりが近づこうという季節、まだ朝といえども空気が湿気をまとっている。直射日光を遮る建屋内ながらも肌にジトリと汗がにじみ出てくるのをアオイは感じた。


「申し上げる」


 武官の列から一歩前に出てアオイに向き直り大声を出したのは、帝国大将であるオキだ。髪の毛が薄くなっている代わりのように偉そうな角が二本生えている彼は、魔人である。帝国の中心部族である魔人の中でも、皇家に連なる血を引いている彼は、普段から人族としての血が濃いアオイに対して露骨な悪意を見せている。


「遠征に出ておりますバイチー将軍より、先日いただける約束をしていた美田では報酬としては物足らない。さらに帝都に三軒分の邸宅を用意してほしいとの要求が来ておる。まだ、ティーワ国に侵入したばかりと言うのに、もう勝利したかのこの要求をするとは」


 アオイの発言許可を貰う前に話し始めたオキは、自分がこの場を仕切るとばかりに両手を広げて他の家臣に身振りで意見を訴えかける。と、武官を中心に大将に追従した臣下から失笑の声が起こり始める。「強欲者が」とあからさまに罵る声も聞こえてくる。


「王妃殿下、如何なさる? 帝都の片隅であれば容易に土地も邸宅も用意できようが」


 オキはあからさまにアオイを試している。帝国現有戦力の七割の戦力を持ち、侵略戦争を行っている将軍の扱いをどうするのか? どうせ何もできずに要求をむくらいしかできないだろう。とでも言わんばかりだ。


 毅然な態度を取れるのは自分だけだ。今すぐにでも壇上に上がり玉座に占有する権利があると主張するかのオキの態度をアオイは気にしない。臣下らの視線――いくつかは挑戦的な――を受けながらもアオイの表情は変わらない。ゆっくりと淡い桜色の唇を動かして返答をする。


「卿はどこからのその情報を入手されたのか?」

「将軍から送られてきた書状に書かれておる」


 オキは懐から折りたたまれた書状を取り出すと、それを持った手を上に上げて重力に任せて広げる。バラバラと広がる書状に書かれている内容までは、アオイの位置からは読み取ることができない。確認したければ、壇上から降りてこい。と言わんばかりのオキの態度に、ビクリと体を震わせたのはアオイではない。横に傅いているサリナだった。


「内容を確かめられるか?」


 ニヤリと下卑た笑みを浮かべたオキに向かってアオイは目を細めた。


「その書状は卿に送られたものであるか?」

「バイチーがどうして我にそんなものを送る必要があるものか。陛下に奏上された書状に決まっておろう」


 何をわかりきったことを。これだから、半人は愚かだ。オキの表情は口にしない言葉を語っているが、文官の幾人かは視線を左右に動かして表情を強張らせる。


「もう一つ聞かせてはいただけませぬか。卿は陛下に奏上された書状をどのような理由で開いたのかを」

「はあっ?」


 オキは何を言われたのか理解できずに、素っ頓狂な声を出す。尊大な彼は、未だに自分が重大な問題を起こしていることに気づいていなかった。

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