11勝手目 秋田の山南(3)


「起きなさい! ご飯よ、ご、は、ん!」

「いつもはまだ寝てるんだよ! お母さんにだってこんな朝早く起こされた事ないのに!」


 翌朝6時。私、山南祈は幸災楽禍洋の家に泊まり込みで世話をする事になった……のだけど。

 ベットで鴨みたいないびきをかいて寝ているのを叩き起こすのから始まるみたい。

 布団を引き剥がしても体を丸めて起きようとしない。味噌汁冷めるっての。

 

 この猛獣ったら、本当にあり得ない事だらけ。


 洗濯物は溜めっぱなしで、お母さんがいないから

 週に一回しか洗わないって言うし。

 ワイシャツはアイロンをしたことがないとか言って、皺くちゃのまま着るし。

 ご飯を食べ終わっても食器はそのまま、お礼のひとつもないし。

 入浴時間は長いくせに、髪の毛を乾かさないで寝ようとするのを指摘したら、だって土方居ないんだもんとか理解できない逆ギレしてくるし。

 怪我の手当をしてあげようと思えばブツクサ文句を言うし。


 ――昨日から頭に血が昇りっぱなし。21歳の女が事あるごとにお母さんだとか、土方だとかあり得ない。

 今だってそうよ。8時に土方守と近藤晴太が様子を見にくるって言うから、朝食、身支度の時間を逆算して起こしてあげてるんじゃない。


 メイクやヘアセットだって時間がかかるはず。それなのにやっと起きたと思ったら、のそのそのそのそ亀よりノロマにご飯を口に運んでる。

 準備した半熟の目玉焼きも、「固いのがいい。生っぽくて腹痛くなりそう」って文句。

 ああ、ムカつく! 


「食べたらご馳走さまでしょ!」

「食物連鎖ぁ」


 ほらみなさい。礼儀の一つもなってない。全く、どんな教育したらこんな猛獣が出来上がるのよ。

 食べ終えたと思えば、今度は大欠伸をしてソファにごろんと転がった。時刻は7時過ぎ。約束の時間まで1時間しかないのに余裕だこと。

 食器を片付けながらメイクの準備をするように声をかけても無反応。

 せっかく立てた泡を流すのは勿体無いけど、皿洗いなんかしてる場合じゃないわ。


 ソファで寝ている猛獣の頭頂目掛けて拳骨してやるの!


「痛ッ! おい怪我人だぞ! それでも看護資格持ちか!」

「食べてすぐに寝ると牛になるわよ!」

「まだ30分以上あるだろ!」

「メイクやヘアセットは!?」

「んなもんしないっつうの……眠いんだから寝かしてよ……体痛いの治ってきて寝れそうなんだからさぁ」

 

 同情を求めてウトウトと眠りに付こうとしても無駄。絶対に寝かせないわ。

 冷水で濡らしたタオルを首につけて叩き起こしてやるの。そうすると、悲鳴みたいな声を出して嫌でも起きてしまう。

 もう声を出すのも疲れる。洗面所に引っ張って顔を洗ってやる。犬のジャンプーしてる気分だわ。


 メイク道具も持っていないというから、私の持っている一式をテーブルの上に商人みたいに並べて、必要最低限施してやるの。


 顔についた擦り傷は傷隠しテープやタトゥー隠しを駆使して、その上からコンシーラーやファンデーションを塗る。

 手入れのなっていない眉毛を整え、乾燥した唇にはリップやグロス、血色を良く見せるためにチークを添えて。

 それから――


「あなた……」

「なんだ! おかめみたいにしたのか!?」


 暴れたり不貞腐れた顔ばかり見ていたから気づかなかったけど、洋は顔のパーツが全部整ってる。

 目はくっきり二重だし、肌も白くてきめ細かい。鼻も高い、傷だけで余計な吹き出物もない、メイクしなくたって充分なパーツ達。

 肌を指の腹でなぞれば、つるんとゆで卵のような滑らかさ。


 私を含め、世の女性がお金を積んででも欲してやまないものを持ってる。

 よく化粧水何使ってるの? の質問に対して、何も使ってないよと嘘見え見えの返答をする女がいるけど、この子は違う。

 本気で何もしてないでこの肌。腹立たしい。せめて激安の化粧水を使っているとか言ってくれればいいのに。

 

「なんでもないわ」


 出会って1日で溜まったストレスと、嫉妬を平手に込めてお見舞いしてやるべきだったかしら。

 大人な私は仕上げのフェイスパウダーを強めに叩き込んでやるの。

 パフから吹き出るパウダーは粉雪のように舞う。その中から出て来たのは不貞腐れた美人。

 グロスを塗った唇を尖らせて、眠いのにと文句を言ってる。


 猛獣だけれど、見た目を整えればさらに映える素材。

 次はヘアアレンジ。髪をすき、ヘアアイロンで寝癖を整えて、パサついた髪の毛に合うヘアオイルを選んで毛先につける。

 昨日していたヘアスタイルにしてあげようと思ったら、赤と青と黄色の糸が編み込まれたヘアゴムが目に入った。おそらく手作り。

 

「何、このダサいヘアゴム」

「晴太くんが編んだんだってさ。青が土方、赤が晴太くん、黄色がアタシって意味」

「ふぅん。あの男、意外と器用なのね」

「さあ、知らないけど。貰ったからつけてるだけ。このピアスもな」


 洋が首を動かして左耳についた黄色のピアスを見せてくる。これも作ったのと聞いたら、少し間を置いて豪快な声で笑い出すの。


「土方がこんなん作れるわけないじゃん! あいつさぁ、禁忌冒した後に急にピアス開けようとか言ってきてさぁ、理由聞いたら大学生だからとか訳わかんねぇこと言ってんの!」

「大学デビューってやつね。1人じゃ開けるのが怖いから道連れにされたってこと?」

「多分な。普段クールぶってるくせにビビりなんだよなぁ」


 洋はゲラゲラ笑うけど、大学4年生にもなってピアス開けるの怖いとか失笑ものよ。ヘアゴムといいピアスといい、あの男らってセンスのかけらもないのね。


 ヘアセットをしながら話を聞いていれば、土方土方ってまあ楽しそうに話す。眠たそうな顔をしていたのは何処へやら。

 目が覚めたなら良いかと、包帯やガーゼの交換も済ませてあげればあっという間に8時。

 約束通りに家のインターホンが鳴る。玄関の扉を開ければ、あの2人が顔を見せた。


「おはよう! 今日は洋の調子どう?」

「おはよ。朝から暴れ回って大変よ。よくあんなん相手にできてたわね」


 晴太は猛獣も正反対に爽やかな笑顔を見せて、守はパンツのポケットに手を入れながら小さく挨拶を返した。

 私の事は見てなくて、家の奥を見つめてる。少し顔をずらしてみると、洋と同じ型の青色のピアスがキラリと光っていた。


「起こし方が雑なんだろ!」


 遅れて玄関口に出て来ると、すぐさま私に文句を垂れる。全く、本当に礼儀のない!


「まず2人におはようでしょ!」


 後頭部を鷲掴み、無理やり頭を下げさせてやる。怪我人! と騒ぐけど、こうされたくなければやることをやればいいのよ。

 私はこういうことを頼まれた職員なんだから。


「はいはい! おはようございます! すいませんでした!」

 

 もう降参と見えない白旗を振っている。わかればいいのよ、わかれば。

 後頭部に手を当てて大げさに痛がる。それをジッと凝視する守は無表情のまま話し出した。


「沖田、今日は絶対大学に来るなよ」

「なんでだよ。フラグか?」


 悪戯顔と本気顔。そもそも洋は大学生じゃないんだから大学に行く必要は無いと思うんだけど。この子のことだから前科があるのね。

 挑発するような言い方で、守の言うことに逆らおうとするところでお察し。

 方言のTシャツにド派手な黄色の長ジャージを履いていると滑稽だわ。


「バカ! 本気で来るなよ。晴太と祈、沖田が大学にこないように見張っておいてくれ。頼んだぞ」


 守は焦り出して走り去って行く。バスの時間でも迫っているのかしらとも思ったけど、今日はいつもより遅いから8時に来るって言ってなかった?

 洋は注意されたのが気に食わないのか、土方の感じが悪いと不貞腐れて家の中へ入って行く。

 だからって、玄関にサンダルを脱ぎ散らかしていく理由にはならないんだけどね。


「洋の化粧した顔を見て、他の人見られたくなかったのかな?」


 晴太が今日は怪我も隠れてるから、洋も少し元気だよねと付け加える。

 あぁ、何! そういうことなのね? だからあんなに焦って!

 心のおばちゃんが恋の香りに反応すると、私もそこを突きたくなった。


「なぁるほどね! あの子、容姿は整ってるわよね。そんなにガサツな女の子でも、彼氏としてはメイクして可愛くなった姿の彼女がほかの男に惚れられたら困るってこ――」

「守は洋の彼氏じゃないからね!? 僕の方が洋のこと好きなんだからね!? 守は洋のこと幼馴染としか見てないって言ってたからね!?」


 晴太の悲鳴のような怒号が近所に響いた。

 私は訳ありな幼馴染達の関係に怠さを感じながらも、ここに来た理由を心で唱えて息を整えた。


 なんなの、こいつら。

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