9勝手目 過去戻りの禁忌(2)
◇
――目を、開ける事が出来た。
僕は死んだんだろうか。あれだけの怪我を負っておいて、生きてる方がすごいんだ。
事故に遭った場所は時が止まったように固まっている。電線も、人も、信号も動かない。
僕ら死んだ。きっとそう。過去に戻って死ぬなんて、僕はどうなってしまうんだろうか。
「生きたいか?」
「……
聞き覚えのある声が誰なのか、僕はすぐにわかった。顔を見てしまったが、すぐに目を硬く瞑った。
しかし、瞼も自分の意思とは裏腹に勝手に開けられていく。
「我の顔を見るのを赦そう。貴様に交渉にしに来た」
体は傷がなくなって、自由が効くようになってる。致命傷を負ったはずなのに、手も足もちゃんと動いている。
首だって僕の意思ではない。リモコンで操作されているみたいに神のいる方へと向けられた。
目の前には長い髪にニット帽、見るからに不健康な青白い顔、黒づくめのストリート系ファッションを纏った男性がいる。
「洋を呪ったら、まあお前らは禁忌を犯したがる。過去戻りなんて神のみぞ知る領域。犯したバカは死ぬのが妥当だろう」
「やっぱり、僕も死んじゃうんですか……?」
守は自分が犯した禁忌だと言っていたけど、実際鏡に入ったのは僕と洋ちゃん。
神からすれば、禁忌犯しの犯人は僕らだ。
死ぬ覚悟なんてないけれど、諦めはついているというか、死んだ方が楽な痛みに襲われて苦しみ続ける方が嫌だなとは思う。
だからって、死にたいわけじゃないけど。
「神はやたらめったら見捨てやせん。しかしまあ、なんだ。貴様らは我を誤解している。不敬だな」
長い髪を人差し指で絡めながら話している姿はギャルっぽい。でも言っている事は神様っぽい。
「厄災と災害を起こす神との認識は強かろう。しかし、
「それはわかってますよ。でも洋ちゃんに呪いをかけている以上、その側面は信用出来ないんです! 厄寄せの神じゃないですか!」
どうせ死んじゃうんだし、言いたいこと言っちゃえ。
悪いことを良いことに導いてくれるなんて嘘だもの。だって、死にたくても死ねなくて、感情も奪われて、忌み名まで付けられている幼馴染が苦しんでるんだ。
「せめて、感情くらい、返してくださいよ!」
魂から叫んだ。神様に向かって力を込めて作った拳を振う。
――洋ちゃんはワガママだけどよく笑う子だった。
転校して来てすぐ、方言しか話せない僕と一緒に居てくれて、故郷の言葉を1番最初に褒めてくれた。方言を笑ったクラスメイトに「皆と違うって、そんなに面白い事か?」と、素で聞き返してたっけ。
守もそう。勉強とか、仙台のことを教えてくれて、僕と居ると楽しそうにしてくれてたんだ。
嬉しかったけど、2人共本当は気を遣ってたのかなぁって11年間考えてたよ。
でもね、再会した日に着ていたTシャツで、洋ちゃんの言葉は嘘じゃないって確信したんだ。
それだけで報われた。2人には1年だけの友達だったかもしれない。
僕はあの2人と過ごした1年間が人生の中で1番楽しい思い出なんだ。洋ちゃんは呪われちゃったけど、青春の続きが出来ると思ってた。
けどさ、洋ちゃんが笑わないなら意味ないじゃない。
全部、全部、八十禍津日神と先祖のせいなのに。
僕の振るった拳は、八十禍津日神の大きな掌に掴まれ、包みこむように握りしめられた。
「感情の欠落? 誤解だらけで気に食わん。我がかけた呪いは他者へ同情出来ぬ呪い。救いに必要な感情のみだ」
「ならどうして笑わなくなったんだ……」
「先祖の呪いだろうな。幸災楽禍家の人間らしい呪いだな。奴らは泣きながら災害を起こすのは得意分野さ」
「どういうことですか」
僕は八十禍津日神の言っている意味がわからず、被せ気味に聞き返してしまった。神の話は最後まで聞かないと不味かったかも。
目を逸らしたいけど、目玉の自由が効かない。
八十禍津日神は目を細めながら、ニット帽の位置を直す。
「それは我が教えることではない。しかし、お前が望むなら洋の感情の呪いを軽くしてやらないこともない。だって神だからな、多少は出来る」
衝撃だ。まさか八十禍津日神がすんなり呪いを解くまではいかなくとも、軽くしてくれるなんて!
僕は全てに日が差したように期待した。
「だが――代償に貴様の力を奪う」
「あ……え……ち、力って、イタコの力のことですか……?」
嘘。日は陰った。心に重苦しい暗雲が立ち込める。
「そうだ。何、完全に奪うわけでない。お前の天才と言われる所以を奪ってやろう」
八十禍津日神は何もない場所にまるで椅子があるかのように足を組みながら、僕の力を奪う理由を話し始めた。
僕は「今回を含め過去戻りの禁忌中は死なない事」と「洋ちゃんの感情の呪いを軽くする」望みを叶えて貰う。
しかし、イタコとしての能力はほぼなくなる。
僕は神霊庁に務めた5年間、数々の著名人や政治家、歴史上の偉人などの口寄せをこなして来た。
本来のイタコなら家族のみ口寄せが可能だけど、僕はその境界がなく、基本は誰でも自分に憑依させて口寄せを行うことが出来ていたんだ。
それは僕のおばあちゃんでも出来なくて、神霊庁では「口寄せの天才」として沢山仕事をもらっている。
口寄せが政治や国民に関わるような事もあった。今日本で起きている何かが、口寄せによって決められた事だってある。
僕の能力は本物だ。だけど信じられない人からすれば、僕の意見が反映されていると思われたって仕方ない。
自分で言うのもなんだけど、それくらい僕の能力は長けていて、イタコであること誇りを持っている。
洋ちゃんが勧めてくれたんだし、一生懸命修行もした。高校へも行かなかった。友達と呼べる人だって、洋ちゃんと守くらいしかいない。
神霊庁へ入庁してまる5年経ったら会いに行こうって決めていて、偶然にも仕事を通して再会する事が出来た。イタコじゃなかったら、会いに行く勇気もないし、そもそも会えなかったと思う。
僕にはイタコしかない。
それが使えなくなるなんて、僕は考えた事がない。
何故、僕の能力を奪うのかと訊いたら、洋ちゃんに影響すると言うだけだ。
八十禍津日神は何を考えているのか解らない。きっと教えてもくれないんだ。
面白おかしく僕の誇りを奪って楽しみたいとしか思えないのは、僕の心が狭いからかな。
どうしよう。
僕はイタコを辞めたくない。けれど、洋ちゃんも自分も救いたい。
手が強張って涙が出てくるのはどちらにしたって、「近藤晴太」じゃなくなってしまうからだと思う。
嫌だって言っても、ここで能力を優先してしまったら僕が受けた致命傷は蘇る。
そして、死ぬ。
「さあ。ここで死ぬか。力を失い、2つの望みを叶えるか――選べ」
こんなの、選ばせるつもりがないじゃないか。
1択しかないようなもんじゃないか!
優しく問いかけているつもりなんだろうけど、不健康そうなコケた頬が微笑むと不気味で堪らない。
「生きて帰るに決まってるだろ!」
弓が矢を放つように、真っ直ぐと答えた。八十禍津日神は、笑いを堪えるように口をすぼめている。
「さて、能力を殆ど失って生きるお前に価値はあるか?」
「そんなのわかんないよ! でも僕は、僕は……僕は――能力を失う呪いにかけられてでも2人のところに帰りたい!」
八十禍津日神は良い判断だと魔女のように高笑いで不気味に笑い、足組みをやめて立ち上がった。
僕より高い体を少しかがめ、右手の甲を上面しながらピースをつくる。
それが間髪を入れずに人差し指と中指で僕の目玉をツンと突いてきた。
黒目に鋭い痛みが走ると、傷口が熱をもつように目が赤くなり奥から血が波打つ様にジンジンとする。
「お前にも呪った証をやろう。
僕にはなんだかわからなかった。目に触れた事で体へ影響のあることをされたことだけは察する事が出来た。
八十禍津日神は用事が済んだと言って、足元からもやになって消えていく。
「最後にいいですか!」
「なんだ? 場合によっては別な対価を――」
僕は泣いてしまったのが急に悔しくなって、そして少しでも気にしていない余裕を見せたかった。
神に屈しない人間は洋ちゃんや守だけじゃ無いぞって、他にもいるんだって、八十禍津日神に伝えたかったんだ。
「服装、神様っぽくなさすぎるので考えてもらってもいいですか!? 信仰する気なくなります!」
八十禍津日神は僕の目を見定めるように見て、すぐ鼻で笑えば、すっかり姿が消えてしまった。
「我だって人間の文明には興味がある」
イヤホンから聞こえるような距離の近い返事だった。
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