新撰組は呪われたがる。-禁忌を冒してまで貫きたい忠義がある-

陸前 フサグ

1我儘目 日常の終わり、非日常の始まり

1勝手目 沖田洋という厄災(1)

 俺は沖田洋おきたようという女に振り回されて生きてきた。


 男女の幼馴染というだけで、付き合っているだの、将来結婚するんだなんだと勝手に騒がれて、気がつけば大学4年生。


 根拠のない噂と偏見のおかげで、生まれてこの方彼女もいたことがない。ましてや好きになった女性すらいない。

 別に恋愛をしたい訳ではないが、沖田まみれの人生に「もしも」をがあったのかもしれないと考えてしまう。


 「土方守ひじかたまもる」という名前を持って生まれたが為の宿命。

 沖田家と土方家がたまたま隣同士で、たまたまかの有名な新撰組のあの2人と苗字が同じというだけでこの有様。

 ちなみに俺たちは新撰組の2人の子孫でもなんでもない。


 きっと他人に話せば、それは偶然なだけ沖田は関係ないのではと言われてしまうだろうか。

 いや、そんなことはない。沖田が原因だ。何度も言うが、あいつには人生を振り回されっぱなしなのだ。


 何をするにも「沖田」

 どこに行くにも「沖田」

 人生の節目にも「沖田」

 沖田、沖田、沖田!


 毎度のセット扱いなのは慣れたもの、小中高と同じ学校、同じクラスだったので今日と言う日まで顔を合わせない日がなかった。


 挙げ句の果てに、幼少期に沖田の母親にも「この子を宜しくね」なんて言われたもんだから、俺の両親も変に張り切って何時でも一緒に居るよう仕向けてきた。

 少しでも一緒にいなけりゃ、喧嘩をしたのかと問われて冷やかされる始末だ。


「あれ、副長。今日は沖田ちゃん”まだ”いないの?」


 ほらみろ。早速、ほしという男子学生がお決まりのご挨拶で声をかけてきた。

 俺の引きつった顔を見て、マズったと愛想笑いする。

 こうやって優雅に学食のホットサンドとホットコーヒーで一息ついていようものなら……いや、何をしてても必ず沖田の話をされる。

 窓際の日当たりの良い席に座ったのに、息抜きにもならない。


「いるほうがおかしいんだぞ」と、ぶっきらぼうに返す。


「まあまあ副長、怒んないでよ。昼時だから来てるかなってと思っただけだよ」

「毎日あれだけ来るな言ってあるんだ。沖田は部外者なんだから、本来大学に入れる筈が無――」

「ひ、じ、か、たァ!」


 会話を強制終了させる、俺を呼ぶ声。

 何故なのか、昼時になれば必ず沖田の声がする。ここは国立大学。


 "万年ニート"の沖田は、この大学という選ばれし者しか入れぬ聖域に、足を踏み入れる権利すらないのに。


 学祭やオープンキャンパスなどの一般公開が公になっている際に出向くのが一般的な常識と考えを持ち合わせた常人であるが、あいつはそうでないから毎日襲来する。


 沖田には自分に都合の良いルールしか存在しない。横暴でガサツ、自己中心的で口も悪けりゃ、態度もデカい。


「ひぃじぃかぁたぁ!」


 声の聞こえる方を見ると、学食のレジ付近で俺に向けて大きく手を振っている沖田がいる。


 茶髪を1本に結って上に向けた髪。京都で勝った浅葱色のフード付きパーカーを着用し、態度同様に大きい胸を上下に揺らす。

 下着の見えそうなデニムのショートパンツから生足にショートブーツを履いたニート。


 自ら見せ物になりますと言わんばかりの沖田は、獲物を捕えるように見つめる男子学生が複数いるとも知らない。


 あれほどそういう服装はするなと言っても聞かない。体が冷えたら体調が悪くなるのは勿論、最近は痴漢や売春目的の輩も蔓延っているのだから用心しろとあれほど言ったのに。

 人の心配をよそに、不用心な服装と非常識な仕草に腹が立つもので、自然と拳を握る。


「あや、また副長怒っちゃったじゃん」


 隣に座っていた星の一言でさらに苛立ちが増す。両手を握りしめて速足で沖田に向かって行くと、奴の手の届く距離に入った瞬間、額に一発デコピンを食らわせてきた。ツンとした痛みに片手で額を抑えると同時に沖田の顔が目の前に来る。


「遅い!  アタシが呼んでんだからさっさと来いっつぅの!  ほら、唐揚げ定食のお金!  払って!」


 唐揚げ食うのにカツアゲかよ。揚げだけにってか。やかましいわ。


「何が払って、だ!  大学は関係者以外立ち入り禁止だって何度も言ってるだろ!」

「こっちも何度も言うけどね、学食は誰でも入れんの!  このくらい常識だろ常識。どうせ図書館も入れるの知らないんだろ?  相変わらず頭カチンコチンなんだなぁ……勉強ばっかりじゃダメなんだぞ!  ふ、く、ちょ!」


 煽り放題な沖田は茶色の瞳を輝かせて悪戯に笑う。


「ったく、お前って奴は!」


 幼馴染という呪縛は本当に厄介だ。だからこそ、別な苗字ならこんな人生にはならなかったと本気で考える。


 毎日下僕のように飯代を払わされる光景は学食じゃ珍しくない。沖田をキツく叱っても、奴は昼時になるとさも当たり前かのように学食に来て、そのまま午後の講義が終わるまで待っている。

 そして「待たせた料」として菓子や飲み物の要求も欠かさずしてくるのだ。


「結構可愛いよな」

「毎日居るから連絡先聞いてみれば?」

「彼氏いるんじゃないのか。ほらいつもいるアイツ」

「付き合ってないんだってよ」

「マジ!? 唐揚げ奢ればワンチャン……」


 ほら見ろ。今日も近くから下心丸出しの声がする。

 奢られて当たり前な沖田様と付き合いたいか?  幼馴染だからこんな扱いを受けているだけと思うのか?  

 沖田の姿や格好だけで判断し、いやらしい目で追う男子学生は騙されている。付き合ったらどうなるのか俺には大体の予想がつく。殆どの男は沖田の傲慢さに尻尾を巻いて逃げるに決まっている。


 唐揚げ定食奢れば女の沖田が見られるかもなんて馬鹿げた妄想にふけている。

 その容姿に騙されたアホ共は、沖田が如何にヤバい奴か知らないから呑気なことが言えるのだ。舐め腐っている。沖田は唐揚げを奢られたからと言って誰にでも靡くような女じゃない。

 

「やめとけ。沖田は俺にしか扱えない。無闇に近づくな。破産するぞ。」


 無駄な犠牲は出したくないという俺の優しさ。定食1回分すら払わず、無駄な時間も過ごさず済んだことに感謝して欲しいくらいだ。

 学生たちはすぐにボソボソと耳打ちし始めた。何とでも言え。傲慢沖田と付き合うなど凡人には不可能だ。


「ねぇ土方!  レモン持って来てよ! 緑のキャップの奴!」


 おとなしく食べ始めていたと思えばすかさず命令。テーブルを小刻みに揺らすので、皿に丁寧に盛られていたキャベツの千切りが脱走している。

 テーブルの縁を押さえ、沖田を睨んだ。


「どうせ加減がアホだからびしゃびしゃにするだろ!  衣が濡れて気持ち悪いとか言って残して俺に食わせてくるんだ、俺はレモンはかけないんだよ! どうせならソースかけろ、ソース!」

「 今日はレモンかけたのが食べれる気がするんだよ! そういう気分なの!」


 学食という公共の場でギャンギャン騒ぐ沖田を扱えるのは、きっと世界のどこを探しても俺だけだ。


 星に何度も静かにと注意を受けながら騒がしい昼食を済ませた。

 沖田が残したレモン汁で濡れた唐揚げも勿論俺が責任を持って完食した。

 ホットサンドの味は忘れたが、これも慣れたもんだ。

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