第43話 決意の山:大海人皇子と鸕野讃良の戦い

 吉野の山々に静けさが広がる中、大海人皇子は緊張した面持ちで立っていた。草壁皇子を抱きかかえるようにしながら、彼の視線は遠くを見つめている。鸕野讃良皇女は彼の隣に立ち、心配そうに皇子を見上げた。


「大海人、これからのことを真剣に考えなければなりません」鸕野は静かに言った。「政争を避けるためとはいえ、ここに隠れているだけでは何も変わりません」


「分かっている、讃良」大海人皇子は険しい表情で返した。「だが、私の決意を知る者は少なく、今はじっと耐える時期だ」



 草壁皇子が大海人の足元で眠っている。その顔には無邪気さが残っているが、鸕野は彼の未来を思うと胸が締め付けられた。


「父上が再び立ち上がる時、草壁と忍壁はどうなるのか」鸕野は小さな声で呟いた。「私たちも運命を共にしなければならないのでは?」


「私もそう思う」大海人皇子は彼女の言葉に耳を傾けた。「私が動けば、妻も子も巻き込まれる。しかし、これが私の選んだ道だ。共に戦ってくれるか?」


 鸕野は大海人の手を強く握り返した。「もちろんです。あなたと子供たちのために、私は全力を尽くします」

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 翌年、大海人皇子はついに決起する決意を固めた。彼は鸕野に草壁皇子と忍壁皇子を連れて、美濃国に向けて脱出するよう指示した。


「吉野を離れるのは辛いが、我が家族を守るためにはこれしかない」大海人は力強く言った。「早く行こう、讃良」


 鸕野は二人の皇子を抱きかかえ、強行軍を開始した。疲労と不安が彼女を襲ったが、持つべきは信頼と希望だと心に誓った。



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 脱出の途中で、彼らは伊勢国桑名に立ち寄ることにした。そこでは土地の豪族・尾張大隅が彼らを迎え入れてくれた。


「私の私宅はあなた方のために開かれています」尾張大隅は深く頭を下げて言った。「私の持つ力を使い、あなた方の安全を守ります」


 鸕野は感謝の意を表しつつも、心に不安を抱えていた。「この場所で待つことが、果たして正しい選択なのか…」



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 大海人皇子は、盟友たちと共に再び集まり、乱の計画を練っていた。「私たちは、権力を取り戻さねばならない。天智の家系がこの国を支配することは許されない」


 鸕野はその場に参加することを決意した。「私も、計画に関与させてください。私たちの未来を守るため、全力で戦います」


 彼女の言葉に、大海人は目を輝かせた。「ありがとう、讃良。君の力が必要だ」


 脱出を続ける中、鸕野は大海人の肩に手を置いた。「私たちが一緒に立ち上がる時、草壁と忍壁も我々の後を追う。歴史が変わる瞬間を共に迎えよう」


 大海人は鸕野の言葉に頷き、彼女の手を強く握り返した。「共に戦い、共に未来を切り開こう。我が家族のため、そしてこの国のために」


 その瞬間、彼らの絆はさらに強くなり、運命に立ち向かう覚悟が生まれた。


 

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 壬申の乱が始まると、大海人皇子は各地の豪族に檄を飛ばし、味方を集めた。彼の呼びかけに応え、忠誠心あふれる兵士たちが次々と彼のもとに集結していった。その数は日に日に増し、ついには天智天皇の軍勢と互角に渡り合うほどの勢力を築き上げることができた。


 その間、鸕野讃良皇女は民や兵士たちを支え、厳しい戦況下でも笑顔を絶やさず、彼らに希望を与え続けた。彼女の存在は人々にとって励みであり、その優しさと強さが兵士たちの士気を一層高めていた。


「皇子様に忠誠を誓い、この戦いを最後まで戦い抜こう!」


 鸕野の言葉に触発され、兵士たちは士気を奮い立たせた。



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 やがて、戦いは最大の決戦の日を迎えることとなった。大海人皇子は山々の影に身を潜めながら、戦略を練っていた。そして、いよいよ決戦の火蓋が切られると、彼は自ら先頭に立って天智の軍に突撃した。


 戦場は混乱の極みとなり、至る所で剣戟と叫び声が響いた。しかし、大海人皇子の果敢な戦いぶりと、鸕野の勇気に支えられた軍勢は一歩も引かず、次第に優位に立っていった。



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 戦の最中、鸕野は危険を顧みずに負傷した兵士たちの元を訪れ、励ましの言葉をかけ、手当てを続けた。その姿は、まるで戦場の天使のようであった。兵士たちは鸕野の姿に心を打たれ、さらに奮起して戦いに挑んだ。


「私たちは讃良様のためにも、この戦いに勝たなければならない!」


 兵士たちは鸕野の存在が力となり、より一層の勇気を奮い起こした。



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 ついに、大海人皇子の軍勢は天智の軍を打ち破り、彼らの支配から解放された。戦場は歓声と涙に包まれ、人々は勝利を喜び合った。しかし、大海人皇子と鸕野はただ静かに戦場を見渡し、勝利の重みを胸に刻んでいた。


「この戦いで多くの犠牲が出ましたが、私たちが望んだ未来への一歩がようやく開かれました」鸕野は、大海人皇子に語りかけた。


「その通りだ、讃良。私たちの勝利は、民のためのものでなければならない。これからも民を思い、共に歩んでいこう」



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 戦いの後、大海人皇子は即位し、天武天皇となった。彼は鸕野と共に新しい時代を築き上げ、民の幸福を第一に考えた政治を行っていった。鸕野もまた、持ち前の知恵と慈愛で天皇を支え、国の発展に尽力した。


 二人の決意と信念、そして愛が、これからの日本の礎となり、人々の心に永遠に刻まれることとなる。



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 こうして、彼らは新たな時代の礎を築き、多くの人々にとっての希望と勇気の象徴となった。




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