飛び入り 2

 賑やかな皆が忙しそうに帰ってしまうと、師匠と私だけが取り残されて、何だか急にひっそり寂しくなりました。家の玄関に着くと電話のベルがジャンジャンなっているのが聞こえ、出てみると佐川さんからでありました。広原さんのお店にいるからどうしても今すぐに来て欲しいというのですが・・。


 何だろうと思い急いで行ってみると、そこには忙しいと言っていた筈の榎木さん、浦辺さん、鬼頭さん達みんな揃って待っておりました。早々に帰って行った広原さんが店に入るやいなや今の金髪の青年の話をすると、お客の中で彼のことを知る人がいて聞いたのだそうですが・・

 

「彼、ミュージシャンなんですって」

 とまず鬼頭さんが切り出すと、


「弦巻さんの紹介でバイトしてて、いつもはバンド組んでやってんだって。彼ねジミー岡。リードギター」


「あの髪の毛もバリバリに逆立てて、ギターギンギンならして、ロックやってんだって」


「それがさぁ、ロックもすっごーくってさ、なんでもヘビメタだそうだってよ」


「どうりで何か感じ違ったよな。落語って雰囲気じゃぁなかったもんな」


「ちょっとあれじゃぁ俺達の会には合わねぇんじゃねぇの」


「やる気あんのかなぁ。本気なのかなぁ。弦巻さんはわかるけど」


「会費だってさ『持ち合わせないっスから』だってよ。普通さ、一回りもふた回り近くも年が上の人に言われたら『すみません、今持ってないんでこの次に』くらいのこと言うよなぁ」



 我ら夫婦がお店の戸を開けて、玄関から座敷の席に腰を据えるまでほんのわずかの間に、これだけの会話が立て続けに聞こえたのでありました。彼の話題もそうだけれど、忙しいからと帰った筈の人達が何故かここに集合していることが、私達にはよりおかしく思えることでありました。


「師匠、彼、噺うまいですかねぇ」

 と佐川さんが聞くと


「あんまり上手くないと思うよ。円生なんかの真似してるつもりなんじゃぁないのかな」

 と鬼頭さんが苦々しそうに言いました。


「ま、そつなくこなしているとは思うけど」と浦辺さん。


「おっさんよかは上手いかな」

 と榎木さんが言うと


「いやぁ、まだまだだよ。お前よりはましだと思うけど。しかしお前におっさんと言われたくはないねえ、おっさん」


「おっさんにおばさんって言ってるんじゃないからいいだろよ、おっさん」

と皆の会話は止まりません。



「彼ねぇ、俺たちの仲間に入りたい訳じゃぁないと思うよ」


 師匠がそう言うと、皆は少しびっくりしたような顔をしました。


「俺達のことをどっかで聞いて、たまたま自分もちょっとかじったことがあって話せるから、人前でやってみたかったって程度じゃぁないかな。」


「自分達もそうだったけど、ちょいと出来ると誰かに聞かせたくなったりするもんなんだよ。皆がまだ素人も素人で、まだ小噺をちょっと話す程度。だったら一つびっくりさせてやろうじゃぁねぇかって位なんでしょ、きっと」

 と言う師匠に、急に佐川さんや榎木さん達の声が弾みました。


「だから会費も払う気なかったんだ」


「どうも初めっから様子がおかしかったよな」


「いきなり知らない人の前でよくあんなに喋れるもんだ。本当にずうずうしい性格だよなぁ」


「厚かましいんだよ。俺達をさしおいてさぁ」


「今の若い者てぇのはどうも遠慮がなくっていけませんなぁ。いきなりですよ、いきなり。信じられませんなぁ」

 

 鬼頭さんは本当に呆れたように言って、ぐいっとお酒を呑み干しました。ぬるま湯にじっくりと浸かっていたところに、いきなり熱湯を注ぎ入れられたような心持の皆だったけれど、師匠のきっと入会の意思はないと思うとの言葉に、ほっとした様子の皆でありました。



 会は来る者は拒まなかったし、ましてや皆も沢山の人と親しむ会にすることに異議などある筈はなかったけれど、あまりの感覚の違いも考えものだということで、弦巻さんは別としてやはり、四十代以降の年齢制限があってもよいかなという話に決まりました。


 皆の心配は全くの無用で師匠の想像通り、ギンギンのギタリストは入会せず、その日から噂にものぼらなくなりました。皆が又ゆったりぬるま湯に浸かりだしたのは言うまでもありません。


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