第26話 着物が出来たぁ!
小千万さんの「カモの切ない着物物語」のきっかけとなった着物の話でございます。
年の終わり近くになってやっと、今度こそ着物を揃えようと決まりました。広原さんの知り合いの呉服屋さんに来てもらって、見本の中から自分の好きな色を選びました。一番初めに控えめな鍋さんが、積極的に選んだのは濃い紫色で、よく旅館や和風料理屋で見かける仲居さん達の着ている着物の色でした。
浦辺さんは淡い水色で、榎木さんは青、武田さんは落ち着いた鮮やかな赤、広原さんは濃い青、大埜さんはねずみ色、都築さんは赤紫色、鬼頭さんは深緑色、弦巻さんは黄色、そして師匠はうぐいす色と全員すんなりと決まりました。佐川さんはお店が忙しくまだ来られないので、残った桃色にと皆で決めました。
羽織も欲しいと誰もが言ったけれど、取りあえずはこれでやり、いづれにということで落ち着きました。あれほど念願だった着物です。会が発足した時から言い続けて、とうとう三年が経っておりました。佐川さんは見本の色をまだ見ていないからと、後でお店に行って見せて貰うとガッカリして帰って来ました。
皆で寄ってたかって残り物のピンクを押し付けたと、散々文句を言って嘆きます。
しかし私はそうは思いません、この色がとても気に入って皆で選んで差し上げた?のですから。それは残り物と言うよりも、最初から佐川さんの為に取っておいたと言っても過言でない位、よく似合うと思いました。色白で丸顔のちょっぴりふっくらした感じの、小柄な佐川さんには絶対に似合うからと、皆で言っても余りの落胆ぶりには、誰のどんな言葉も通用しませんでした。
子供達が楽しみを待つように何日かが過ぎ、着物が仕立て上がると定休日の武田さんのお店に「臨時集合」です。お座敷を使わせて貰って全員で着物を着る練習から始めました。前に浴衣を着ることがあったけれど、あれ以来着付けには縁が無く、あの時初めて習った人には又最初からの講習となりました。
武田さんも男仕立ての着物の方が噺家らしいので着流しにし、着慣れない着方なので帯が上手く腰で止まりません。馬さんが帯を締め私が裾を揃え、佐川さんが襟元を直すなどして大騒ぎです。師匠には女性に着せるのは初めてのことなので、なかなか上手くいきません。襟から胸元にかけてどうもスッキリしないので、佐川さんがどさくさ紛れに
「あんたチチでかいんだよ。チチがフワフワ膨れ過ぎてるから、見たとこ何だか変なんだよ」
と言って、大きなお饅頭のような胸元をギューッと押しているけど・・。あれれ、いいんですかぁ佐川さん。
でも大丈夫。武田さんもきっと他の男性だったら、こんな事はさせておかないでしょうね。ほんのちょっと触られたって、セクハラだ何だと騒がれるこの時代に、こうしてセーフ!であるのは、町内での長い間の付き合いで、お互いに大きな信用があるから許されることなのでしょう。
「着物はねえ、男は腹が出てる方が貫禄があっていいからアンコ詰めたりするけど、女性の胸の出っ張りはどんなものかねえ。そうだ鶴子さん、今度着物着る時はさ、晒し巻いてオッパイ潰したらどう」
馬さん、それは何とももったいないことでござんすよ。ふわふわの肉まんを、なにも煎餅にするこたぁないですぜ、と煎餅ちどりは必死で呼びかけます。ああだこうだと笑いながら、どうにかそれらしく見事に仕上がりました。かくして武田さんはその日から、町内の「肉まんを抱いたかわいい女噺家さん」と相成ったのでございます。
早速、鍋さんが皆の着物姿を写してくれました。皆は扇子と手拭を持ってポーズを取り、精一杯落語家に近付こうと努めました。出来上がった着物は生地の見本で見るよりもずっと良くって、皆が選んだ色はきっと他の人が着ても、こうは似合わなかっただろうと思わせるほど、各自の選択は大正解でありました。
弦巻さんはしきりに自分の色をウンコ色ウンコ色と言うけれど正しくはウコン色で、間違えると汚いから色の名前は絶対に言わないように、と師匠に厳重に注意されました。けれど、注意をした本人も時々間違えて大笑いし、その内どっちでもいいやとなりました。
「ウンコ色じゃない、ウコン色ってうーんこいい色ねえ」
と、榎木さんは無理やり洒落に持っていったりして大喜びする単純さです。
馬子にも衣装だと口々に言うと、
「孫もいないのに、そんなこと言われちゃァまごまごしちゃうよ」
と弦巻さんが一生懸命に洒落て言いますと、
「君の場合は孫よりも先に嫁だろう。まごついてないで早いとこもらっちゃいなよ」
と鬼頭さんが珍しく真面目に駄洒落を言いました。
「鬼頭さん、誰か紹介して下さい。宜しくお願いします」
嬉しそうな顔をして弦巻さんに言われると、
「君に合うような人なんかは、僕は全く知らんがね」
と冷たく一言で終わってしまいました。
それを聞いて私は何だか可愛そうになって、
「とりつくしまがないって感じねえ」
と弦巻さんに言うと、
「しまですか。夜だったらしま一杯ありますよ」
と本気で言うので、私は噛んで含めるように
「弦巻さんは江戸っ子だから、ひとしが違うのも仕方ないけど、そのしまと違うのよ」
「そうじゃぁないのよねっ。それだから軽く見られるのよ。しっかりしなさいね」
と言えば
「俺、こう見えても軽くないっすよ。七十五キロあるんですよ、奥さん」
「違うんだってばさ、分かんないかなぁもう」
と歯ぎしりをすると、「ふん、ほらね」と鬼頭さんがヌッと私の顔に、ギョロ目の濃い顔を近づけて言いました。
皆は着物が嬉しくて、その後のお酒もどんどん進み、だいぶ酔っ払ったけれど全員、着物の入った包みを持つと正気になって、嬉しそうに大切に抱えて帰って行きました。
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