第4話   金ちゃんのこと

 色で例えるならばねずみ色、かっこよく言えばロマンスグレー。

そんな色で充満していた我が東谷落語研究会に、スカイブルーのような一人の青年が入って来ました。ハーフであります。目は涼やか、瞳はブルー、髪は金色、い~い声の持ち主。

えっ、違います? あ、そう。 瞳?真っ黒です。 髪?黒ですよ。 はい、声はあんまり。 いいことありませんっ。 正直言ってややかすれ声ですよ。でも、でも、ハーフだけはほんと。


 そう、かの金ちゃんは、韓国と日本のハーフなのであります。でも殆どハングル忘れてますけどね。で、風貌はお世辞抜きに爽やか。なんですが彼、これが又おっちょこちょいというか、ちょい軽というか、話さなきゃぁいい男なのにって思うこともありでしてね。いえいえ、私の感想ではなく皆が揃ってそう言うんです。でもね、良く言うならば超明るくって楽しい好青年なのですからいいでしょう。

 

 金ちゃんが仲間になって間もない頃、我が東谷落語研究会にはケーブルテレビの取材が入っておりました。何処からか我らの活動していることを知ったのでしょうか、僅かな時間ではありましたが、町内の噺家さん達の活動ぶりを、地元のケーブルテレビが紹介してくれるというものでした。何とステキな、何とありがたいことかと思いました。


 こんなまだ噺もろくに出来ていないような噺家さんもどきを、紹介してくれようというのですから、嬉しさあまった榎木さんと、義理堅い佐川さんがテレビ局さんに受信契約をOKしたのは言うまでもありません。

 

 その取材で山上さんという若くてかわいい女性が、小柄な身体に気の毒な程の大きなカメラを担いでやって来たのであります。榎木さんは初対面にも関わらず、会うといきなり駄洒落でかまってばかりで邪魔をし、佐川さんは「いやぁ、こんなにかわいい女の人がすごいもんだ」と感心しながら付きまとい、肝心の録画はなかなか始まらなかったのでありました。


 ほぼ全員が集まると練習場で録画が開始されました。

皆はテレビなんか慣れたものと言わんばかりを装って、それでも内心緊張しているようでもありました。いつもの町内会館が都合で使えなくて、急きょ保健所の講堂を借りての稽古となったこともあって、少し雰囲気も変わってやり辛いようでもありましたが、そこは皆のことですから精一杯平気なふりをしておりました。


 講堂の正面には黒板が置かれてあって「酒之家」とだけ書かれて、それっきりになってありましたが、広原さんがその前に立つと、やっと皆も金ちゃんの芸名を考えていたことを思い出し、急にいつもの皆に戻って考えて来た適当な名前を述べました。

「酒之家キムチ」、「酒之家どぶ六」、「酒之家迷酒」・・・


 その文字を見て私は言いました。

「名前は金三さんでしょう、だったらそのまま読んできんさんなんてどう」


「よう、遊び人の金さん、これが目に入らねぇか・・」


 榎木さんがすかさず茶々をいれました。するとスカイブルーの青年は、


「金さんなんか平凡でつまらないし、だいいち俺の名前は金三なんかじゃなくって金田ですよ。本名に近い単純な芸名じゃぁつまらないですよぉ、皆で真剣にもっといい名前を考えて下さいよ」

 と言い返しました。


「では、金さんじゃなく金ちゃんではどう?馴染みやすいいい名前じゃないのよ」


 と、私は張り切って言いました。スカイブルーは何か言おうとしましたが、誰かが「き~んちゃん、ってか」と茶化すように呼ぶと、皆から金ちゃん金ちゃんと声がかかったので、返事がイエスかノーか聞こえないままになりました。


 私には折角の若者の入会をしくじる訳にはいきませんから、頭をひねって考えました。金ちゃんじゃダメならば~と考えるうち、一つ思いついたので


「ねぇ、なら金坊なんていいんじゃない」


 と、私はしつっこく青年スカイブルーの芸名にこだわりました。

すると「いいかもな」と皆が言い出して、大して練らないうちに命名されたのでありました。


 こんな風に決まった良き名にも、榎木さんは言いました。録画されているにも関わらず、ですよ。


「オイ、ぼうは棒にしろよ。な、○ん棒」


 あぁあ、どうして榎木さんはこうなんでしょう。録画されているのですよ、おのおのがた。言うにことかいて金ぼうのきの字をタ行の、○の字に変えて○ん棒と平気で発音するのですからねぇ。困った人ですよ、ほんとにぃ。


 でも皆には大受けでありました。私もそうです。太い腹を抱えて大笑いしました。でも断っておきますが私はいつだって、榎木さんの卑猥な言葉やちょっぴりエッチな言葉に笑ってはいますが、心底おかしくて笑っているのではありません。


 私は、そんなバカな言葉そのものがおかしくって笑っているのではなくて、彼が自分で吐いた下品な言葉に自分で受けて、その笑い崩れた顔が卑猥になっているという、その榎木さんがおかしくて笑っているのでありますからね。ほぅっ、まわりくどい!


 とうとうスカイブルーの青年は、ありがたくも哀しくも、金坊という芸名の他に「きんぼこ」なる前座以下のような名前まで頂くことになりました。(さすがに○ん棒は放送コードに引っかかりますからね)

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