決闘の誓い

氷草

第1話 救世主は悪者

 ヒーロー。日曜日の8時か9時くらいにテレビで見たことがあるんじゃないだろうか。正義のヒーローに救われた少年少女は、ヒーローにあこがれを抱いてまっとうに育っていくだろう。じゃあ悪者に救われた少年少女はどうなる?戦隊もので人や物を壊そうとしてヒーローに止められるような悪者。

 僕が目指しているのはなになのか、分からない。ただ一つ約束というか、使命を与えられた。人喰いと呼ばれる悪者に、与えられたそれは今の僕にはあまりに遠いものだった。

 「強くなってから挑んで来い。お前みたいなガキ喰っても満たされねえ」

人食いはそう言い放ってどこか遠くへ走り去っていった。


 人食いと僕の出会いは一週間前の2009年10月9日にさかのぼる。僕はあの日8階建てのマンションの屋上から飛び降りようとしていた。家族も含め全員から不気味だ不気味だと気味悪がられて、限界だった。もう生きていてもしょうがない。自分はいない方が世のためなんだと思うと不思議と体が軽くなった。マンションの近くに大きめの交差点があって、通行人が屋上にいる僕を見つけた。すぐに人だかりができて、彼らが何かを伝えようと手を大きく動かしていた。

 今更遅いよ。僕は、手すり代わりの柵を乗り越え、足場ギリギリのところまで移動した。あと半歩足を動かしたらバランスを崩して落ちる。死の恐怖はなくて、ただただアドレナリンがドバドバ出て高揚感でいっぱいだった。

 息を吸い吐く。いこう。踏み出そうと足元に目を落とす。大きな黒い化け物が現れていた。直後、周囲から聞こえるのがノイズから悲鳴に変わっていた。隙が出来てしまったのがいけなかった。化け物は跳ねて、飛んできた。

 僕は怖くなって目を閉じる。その時に誤って柵から手を放してしまった。

 落ちているはずなのに浮かんでいるようだ。僕の近くで低音のよく通る声が聞こえる。たぶん話しかけてきているのだろうが、何を言っているのか分からない。

 着地をしたのか?浮いている感覚はなくなり、足に安心感がある。でも落ちたにしては足に負担が少ない。ゆっくり目を開けると黒い化け物と目が合った。僕の動悸が早くなる。

「俺は人喰いと呼ばれているがよ。ガキなんか喰う価値もねえ。成熟した強いやつじゃねえとな。ガキ、強くなれ。見逃してやるから強くなって挑んで来い。お前みたいなガキ喰っても満たされねえ」

 その化け物が何なのか分からなかったが、なぜか日本語で話しかけてきているのが分かった。訳の分からない状況だというのに話は聞き取れた。強くなれと半ば命令のように言われたが、それだけ期待されているってことなのか。僕は期待をされたことがあまりなかった。期待どころか近づきさえもされなかったから。場違いなのかもしれないけど少しうれしかった。生きていていい理由が出来た。

 人喰いはそれだけ言い残し、どこかへ行ってしまった。

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