六星の旅路

@dae

旅の始まり

第1話「失われた日常」

ここはファナスティア王国のとある村。カイ・ヴァルムンドが13歳の頃、彼の世界はこの小さな村、『カルナ村』で完結していた。カルドヴェア帝国との国境近くにある村だったが、両国の平和条約のおかげで戦の影に脅かされずに生きてきた。父、母、2歳年上の姉と4人で暮らす小さな家。村の周囲には豊かな森と川があり、季節ごとの風が心地よく吹き抜ける場所だった。村には数十人の村人が住み、全員が顔見知り。互いに助け合い、支え合いながら、日々を過ごしていた。



朝はいつも早かった。まだ太陽が昇りきらない薄明かりの中、カイの父、ガルド・ヴァルムンドは家の外に立ち、剣を手にしていた。ガルドは兵士だった過去を持つが、今は村に戻り、家族と共に静かに暮らしていた。大柄で逞しい彼の姿は、村の男たちの中でも一際目立っていた。短く刈り込んだ茶色の髪に、鋭い青い目。普段は厳しい顔つきをしているが、家族の前では優しさが滲んだ眼差しを見せる。


「カイ、今日の稽古を始めるぞ」


ガルドの声に、カイは眠気を振り払いながら木剣を握って外に出た。カイの髪は父と同じ茶色で、少し癖がかかっており、母によく「寝癖がついてるわよ」と笑われていた。まだ13歳の少年らしい顔立ちだが、父と共に鍛えた身体は引き締まってきていた。カイは父のように強くなりたいという思いを胸に、毎朝の稽古を楽しんでいた。


「さぁカイ、今日はどう攻める?」

父はいつものように、剣を構えて微笑む。彼の眼差しは優しいが、剣技には鋭さがあった。カイも木の剣を握り、父と向き合った。まだまだ稽古の身だが、カイは負けじと父に向かって斬りかかる。


「そこだ!」父は一瞬の隙を見つけ、カイの木剣を弾き飛ばした。あっという間の出来事に、カイは驚いた顔をして地面に倒れた。


「くそっ、また負けた!」カイは悔しがりながらも、父が差し伸べた手を掴んで立ち上がる。

「焦るな、カイ。焦れば必ず隙を見せる。お前ももっと冷静に剣を扱えば、きっと強くなれる」


「わかった、もう一度!」


カイは剣を拾い上げ、再び父に向かって構えを取る。その瞬間が、彼にとって何よりも充実した時間だった。



稽古が終わると、カイは家に戻り、母のリアナの手伝いをするのが日課だった。リアナは、柔らかな栗色の髪を肩に流した優しげな女性で、常に笑顔を絶やさない。村の人々の間でも評判の美人であり、料理の腕前も絶品だった。


「カイ、今日は野菜を切ってくれる?」


「うん、任せて!」


カイはテーブルに並べられた新鮮な野菜を見て、包丁を握った。母の手伝いをするのが、稽古の次に好きな時間だった。母が料理をしているときは、家の中に温かい匂いが満ち、カイは安心感に包まれる。彼の包丁さばきはまだ不慣れだったが、母は優しく見守り、失敗しても決して叱らなかった。


「カイ、少し厚く切りすぎたわ。でも、次はもっと薄くね」


「わかった!次はもっと上手くやるよ」


母はいつも柔らかな微笑みを浮かべながら、カイの成長を見守ってくれていた。彼女の青い瞳は、家族への深い愛情で満たされており、その瞳を見るだけで、カイは何でもできる気がした。


そこに、姉のアリサが入ってきた。アリサは、カイより2歳年上で、村一番の美少女と噂されていた。彼女の長い栗色の髪はいつも整えられていて、日に照らされると美しく輝いた。明るく聡明な性格で、村の子どもたちからも慕われていた。カイにとっては、何でも話せる心強い姉だった。


「カイ、今日も父さんにやられたんでしょ?」


アリサは、よくからかうように微笑みながらカイに声をかけてきた。彼女はいつもカイがどんな結果だったのかを見抜いてしまう。


「うん、でももう少しで…いや、まだまだだな。」


「いつか父さんみたいに強くなれるよ、きっと。私もいつも応援してるから」


アリサの言葉に、カイは胸が高鳴った。彼女がいると、どんなに失敗しても前向きな気持ちになれる。彼女は姉として、時には厳しく、時には優しくカイを導いてくれた。


「そうだ、さっき広場でミラたちが探してたよ。遊ぶ約束してたんじゃないの?」


カイはあ、忘れてた!と言い、「母さん!遊びに行ってくる!」といって勢いよく家を出て行った。


「あ、カイ!まったくもう…あの元気っぷりはお父さん似ね。」


「いいじゃない。元気ならそれが1番。」


「ふふっ。それもそうね。」

リアナとアリサはそう言って笑い合った。



カイには村に数人の友達がいた。その中でも一番の親友は、同い年のエルクだった。エルクは背が少し低く、茶色の髪がくしゃくしゃと乱れた活発な少年だった。彼の特徴は、その大きな瞳と、いつも笑っている口元だった。


「カイ、今日は森で遊ぼうぜ!また剣の戦いごっこだ!」


エルクはいつも元気で、遊ぶことが大好きだった。カイは彼と遊ぶ時間が、何よりも楽しかった。彼らは森に行き、木の棒を剣に見立てて互いに戦ったり、木々の間を走り回ったりしていた。


「お前、また負けるんじゃないのか?」


「そんなことない!今日は絶対に俺が勝つ!」


カイとエルクは笑いながら木の棒を構え、互いに向かっていった。エルクは身軽で、カイが攻撃を仕掛けるたびに素早く避け、反撃してくる。二人の戦いごっこは、いつも激しくなるが、どちらも真剣に楽しんでいた。


他にも、ミラという少女がいた。彼女は長い黒髪を持ち、少し内気な性格だったが、皆と遊ぶときには笑顔を見せる。彼女はカイやエルクが戦っている様子を見て、時々アドバイスをくれる。


「カイ、もっと素早く動いたほうがいいんじゃない?」


ミラの言葉に、カイはいつも感謝しながら耳を傾けた。彼女の観察力は鋭く、時折驚くような助言をくれることがあった。


夕暮れが近づく中、カイ、エルク、そしてミラはいつものように村外れの草原で集まっていた。風は穏やかに吹き、太陽が徐々に山の向こうへ沈もうとしている。彼らは、それぞれの夢について語り合うのが習慣になっていた。村の中で何度も同じ話を繰り返していたが、その度に、夢の話は彼らにとってより鮮やかに描かれていった。


「俺は、いつか絶対に王都に出て冒険者になるんだ!」

エルクが胸を張って言う。彼の目はいつも未来の大きな夢に輝いていた。エルクは、明るく活発な性格で、いつも前向きなことを考えていた。彼の茶色の髪が風に揺れ、楽しそうに笑っている。


「冒険者か……大変そうだけど、きっと楽しいだろうな」

カイがエルクを横目で見ながら、少し笑みを浮かべた。彼自身も未来の夢を持っていたが、エルクのような冒険者になるという発想はなかった。


「大変?そんなの平気だって。俺は、モンスターと戦って、財宝を手に入れて、でっかい屋敷を建ててやるんだ。きっと王都の人たちも驚くくらい有名になってやるさ!」

エルクは意気揚々と話し、まるで明日にも王都に行くかのように振る舞っていた。エルクの夢は常に大胆で、どこか実現可能な気がしてしまうのが彼の魅力だった。


カイはそれを見て、少し肩をすくめたが、彼もまた夢を持っていた。


「俺は騎士になる。王都に行って、そこで騎士団に入って、強くなって村を守るんだ」

カイの声には確かな決意が込められていた。彼は、父のように強い剣士になりたかった。そして、自分の力で村や大切な人たちを守れる存在になりたいと、心の底から思っていた。


「騎士かぁ。カイならきっとなれるさ。父さん譲りの剣の腕前だし、王都の騎士団もびっくりするだろうよ!」

エルクはカイを励ましながら、彼の肩を軽く叩いた。


「ありがとう。でも、騎士になるにはまだまだ修行が必要だよ。今のままじゃ、父さんにだって勝てないし」

カイは真剣な表情で言ったが、その目には決して諦めないという強い意志が宿っていた。


その横で、静かに聞いていたミラが、ふと小さな声で話し始めた。彼女はいつも二人の活発な夢を黙って聞いていたが、今日は自分の夢についても語る気になったようだ。


「私は……王都で働きたい。勉強をたくさんして、役に立つ仕事がしたいの」

ミラの声は控えめだが、どこか希望に満ちていた。彼女は他の二人と違い、戦うことよりも知識を求めていた。村では本を読むことが趣味で、静かで優しい性格だが、いつも頭の中で様々なことを考えていた。


「ミラなら、きっといい仕事に就けるよ。君、勉強好きだし、賢いからね」

カイはそう言いながらミラの方を見た。彼女の黒髪が夕日に照らされ、ほのかに輝いていた。


「うん……でも、王都は大きいし、少し不安だけど……やっぱり自分の力でやってみたい。村だけでなく、もっと広い世界を見て、そこで役に立ちたいって思うんだ」

ミラは、少しはにかみながらも、未来に対する不安と希望を抱いている様子を見せた。


「そりゃあ大丈夫さ、ミラならどこに行っても通用するよ!王都で働くなんて、かっこいいじゃないか!」

エルクがミラに向かって大げさに手を振りながら言った。


「そうだな。俺たち、みんなで王都に行く日が楽しみだ。そこでそれぞれの夢を叶えよう」

カイも力強く言い、2人を見渡した。


「必ず、夢を叶えよう!」

エルクが拳を突き出した。それを見て、カイもミラも同じように拳を前に出した。


3人は、その場で拳を合わせ、笑顔を浮かべた。夕陽の光が彼らを包み込み、草原に温かい風が吹いていた。


「俺は冒険者!」

「俺は騎士だ!」

「私は、王都で働く!」


それぞれの夢が口から飛び出す。彼らの目には、希望が満ちていた。未来がどんなに遠くても、3人で夢を語るたびに、その距離は少しずつ近づいている気がしていた。



カイにとって、この村で過ごす毎日が、何よりも幸せだった。父との稽古、母との料理、姉との会話、そして友達との遊び。村は小さいが、そこでの日々は充実していて、何の不安も恐れもなかった。未来に向かって、大きな夢が広がっていた。


「いつか、父さんのような強い戦士になって、この村を、国を守るんだ。」


カイはいつも心の中でそう誓い、毎日を過ごしていた。家族がそばにいて、友達と笑い合い、共に生きていく日々。幸せな日々は、いつまでも続いて欲しかったし、続くと思っていた。



その日はいつもと同じように始まった。穏やかな日差し、家族の笑い声、村の風景。カイ・ヴァルムンドは、自分が幸せな日常に包まれていることに満足していた。そんな平和な一日が、あっという間に恐怖と悲劇に変わるとは、誰も予想していなかった。


夜になり、村のどこかで遠くからの異様な音が聞こえてきた。カイはその音に眉をひそめた。村の周囲は静かな森に囲まれており、そんな騒がしい音が聞こえることは滅多にない。耳を澄ませると、馬の蹄の音がどんどん近づいてくる。


次の瞬間、村の中心にある通りから叫び声が響き渡った。


「武装した軍がきた!逃げろ!あの旗は帝国軍だ!」


カイの体はすぐに硬直した。帝国軍が村にやってくる?そんなことがあるのか?頭の中で整理する暇もなく、外で村人たちの慌てふためく声と足音が交錯する。カイの父、ガルドが家の中に飛び込んできた。


「カイ、剣を取れ!」

ガルドはそう言うと、他に膝をつけて目線を俺に合わせ、俺の肩を掴んで言った。


「母さんと姉ちゃんを、そして自分を守れ。いいな?」

「父さん!」


ガルドは鋭い声で言い放ち、すぐさま自分の剣を手に取り、村の門の方に向かって駆け出した。カイは父の言葉に従って剣を取ったが、動揺と恐怖で体が震えていた。いつも冷静な父がこんなに急いでいることに、事態の深刻さを痛感する。


「カイ!急いで!」


母、リアナが震える声で叫んだ。カイは振り返り、彼女の顔を見た。母の青い瞳には、恐怖がはっきりと映し出されていた。そんな母の姿は見たことがなかった。


「何が起こってるんだ、母さん?」


「わからない……でも、逃げないと……」


その時、姉のアリサが家の奥から飛び出してきた。彼女も目に見えて動揺していたが、なんとか冷静さを保っていた。


「カイ、こっちに来て!」


アリサはカイの腕を強く引っ張り、家の裏の方へと向かった。そこには食べ物の保存用に木で作られた樽があり、決して大きくはないが、子供1人が入れる分のスペースはあった。


アリサはカイを樽に押し込むと、彼の顔を真剣に見つめた。


「カイ、ここにいて。絶対に外に出ちゃだめよ」


「姉さんは?姉さんと母さんはどうするの?」


「私たちは教会に行くわ。あそこは他の家と違って頑丈だし、もしかしたら耐えられるかもしれない…」


アリサはカイの髪を撫で、無理に微笑んで見せたが、その笑顔は震えていた。カイは胸に重い不安を感じながらも、姉の言葉に従って樽に入った。そこに、横から母さんが近づいてきた。


「大丈夫よカイ。また会えるわ。」


母は笑ってそう言った。樽の蓋が閉められ、カイは薄暗い空間に一人取り残された。暗闇の中で、息を潜めながらじっと待つしかなかった。


暗い樽の中に、わずかな木の隙間から光が差し込んでいた。樽の隙間から、外の様子が少しだけ見える。隙間は狭いが、カイの視界には十分な範囲が広がっていた。


周囲には焼ける匂いが漂い、兵士たちの叫び声や、剣がぶつかり合う金属音が響き渡っていた。カイは小さく息を吸い込み、身を縮めるようにして恐怖に震えていた。


樽の隙間から、彼の目に飛び込んできたのは――見覚えのある村人たちが、帝国兵に次々と切り刻まれる光景だった。


「や、やめてくれ!どうか、命だけは――!」

村人たちの叫びが無情に響く。だが、その声はすぐに消え、兵士たちの冷酷な剣が村人の命を次々と奪っていく。カイの知っている顔が次々と倒れていった。


その中には、つい昨日まで笑って話していた友達の母親や、家の前で畑を耕していた老人もいた。彼らは無力だった。剣を持つことすらできず、ただ斬られる運命を受け入れるしかなかった。


「ははは、弱すぎる!まるで虫けらだな!」


兵士の一人が嘲笑いながら、村人を無造作に切り倒す。その兵士は、鉄製の鎧を身にまとい、村人をあざ笑うような冷酷な笑みを浮かべていた。手に持つ剣は血で赤く染まっており、無数の命を奪ってきた証拠だろう。


「逃げるな!捕らえろ!逃げる奴は全員斬り捨てろ!」


他の兵士たちも、次々に命を奪っていく。カイはその光景を樽の中からじっと見つめていたが、耐えがたい恐怖と悲しみが彼を襲った。彼の心臓は激しく鼓動し、呼吸は浅くなっていく。樽の中での狭い空間が、カイの恐怖をさらに掻き立てた。


兵士たちは村人を容赦なく切り倒し、その無惨な姿がカイの目の前に次々と映し出される。手足を振り回し、命乞いをする村人たちの姿に、カイの胸は張り裂けそうだった。


「頼む……見たくない……やめてくれ……」

カイは小さく呟いたが、体は恐怖で動けず、目を離すことすらできなかった。


すると、騒ぎの中から違う音が聞こえてきた。遠くから馬の蹄の音が響き渡り、その場の兵士たちが急に静まり返った。


「ルドルフ将軍がいらっしゃるぞ!」

一人の兵士が叫び、周囲の兵士たちは一斉に動きを止め、敬礼するかのように姿勢を正した。


カイは再び樽の隙間に目をやった。そこに現れたのは、一際目立つ鎧をまとった指揮官らしき男だった。彼の馬は大きく、漆黒の毛並みを持っていた。その上に座る男――兵士たちが「ルドルフ将軍」と呼んだ男は、村を一瞥すると、口元に冷たく笑みを浮かべた。


ルドルフ将軍は、帝国軍の中でも一際目立つ存在だった。鋭い目つきの持ち主で、顔には無数の戦いをくぐり抜けてきたかのような深い傷があった。その傷が、彼の冷酷さを際立たせている。長く伸ばした黒髪は、風に揺れて重く垂れ下がっており、その髪の間から覗く灰色の瞳は、まるで命を弄ぶかのように冷たい光を宿していた。


彼の鎧は、他の兵士たちのものとは違って豪華で、漆黒と金で彩られていた。その胸元には、複雑な模様が刻まれており、権力と威厳を象徴するかのようだった。肩当には鋭い角のような装飾がついており、その姿はまるで悪魔のような恐ろしさを放っている。


ルドルフ将軍は高圧的なオーラを纏い、村の焼け跡を見下ろしながらゆっくりと馬を進めた。彼の周囲には、兵士たちが敬意を持って距離を取り、その命令を待っていた。


「ふむ、なかなか手際がいいな」

ルドルフ将軍は冷静に状況を見渡しながら、静かに言葉を発した。彼の声は低く、冷たい。まるでこの惨劇が日常茶飯事であるかのように、淡々とした口調だった。


「だが、もっと徹底的にやれ。残らず焼き払え」


その言葉に、兵士たちは一斉に「了解!」と応え、再び残虐な行為に戻った。カイの目の前で、さらなる破壊と殺戮が始まろうとしていた。


カイは、ルドルフ将軍の冷酷な命令と、その場に倒れていく村人たちを見続けることができなかった。彼はもう耐えられなかった。目の前に広がる光景は、あまりにも残酷で、耐えがたいものだった。


カイは樽の中で目を閉じ、両手で耳を塞いだ。


「お願いだ……これ以上は見たくない……」

そう心の中で何度も繰り返す。だが、外の叫び声や兵士たちの笑い声は、彼の耳に容赦なく飛び込んでくる。友達の家族や、村の大人たちが次々に倒れていく音が、まるで頭の中で反響しているかのように感じた。


ルドルフ将軍の冷たい声が再び聞こえてくる。


「村のすべてを焼き尽くせ。誰一人として生かしてはおくな」


カイの心は、恐怖と怒りでいっぱいになったが、今はただその場で震え、耐え続けるしかなかった。耳を塞いでも、叫び声は止むことがなく、彼の心を深い闇に引きずり込んでいった。




どれくらいの時間が経ったのか、カイにはわからなかった。外の叫び声が次第に弱まり、ついには静寂が訪れた。耳鳴りがするような、深い静けさ。恐怖が渦巻く中、カイは樽の蓋に手をかけ、ゆっくりと外へと出た。


その瞬間、カイの目に飛び込んできた光景は、まるで悪夢のようだった。


村全体が瓦礫と炎の中にあった。家々はことごとく焼かれ、かつての温かい風景は跡形もなく消え去っていた。煙が漂い、村は黒煙に包まれ、焼け焦げた匂いが鼻をついた。


「これは……」


カイは一歩を踏み出すと、足元に何かが当たった。そこには、彼の友達だったエルクの冷たい体が横たわっていた。彼の顔は血に染まり、あの明るい笑顔はもう見られなかった。カイの目には涙が滲んだが、声を出すことすらできなかった。


さらに村を進むと、カイは次々と知っている顔を見つけた。遊び仲間だったミラの体も、道端に倒れていた。彼女は恐怖に引きつった表情で、何かを叫びながら亡くなったのだろう。


「ミラ……」


カイは名前を呼びながら、彼女の元に膝をつき、冷たい手を握った。だが、その手は冷たく硬く、彼女の命が完全に絶えたことを示していた。


やがて、カイは自分の足が村の中心へと向かっていることに気付いた。そこには、父が戦っていた場所があった。カイが近づくと、父ガルドと母レイナの遺体が見つかった。父は剣を握りしめたまま、無数の傷を受け、母に覆い被さるように横たわっていた。


「父さん……母さん………」


カイは膝をつき、父の冷たい手を握りしめた。あんなに強かった父が、無残にも殺されていた。カイの心に悲しみが溢れ出し、涙が止めどなく流れ落ちた。


カイは震える足で教会へ向かった。アリサがそこにいるはずだった。彼女は無事でいると信じたい。だが、教会が近づくにつれて、胸に重い不安が広がっていく。教会の屋根からは、赤い炎が立ち上っていた。


「……まさか……」


カイは全力で教会へと駆け寄った。だが、教会はすでに炎に包まれていた。扉は崩れ落ち、内部は燃え盛っている。炎が教会を燃やし尽くす音だけが、パチパチとなっていた。


「姉さん……アリサ……」


カイは教会の前で立ち尽くし、呆然と炎を見つめた。彼女がそこにいるはずだ。助けられなかったという現実が、彼の心を激しく締め付けた。全身がガタガタと震え、膝が崩れ落ちる。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


カイの叫びが、夜空に響いた。だが、答える声はなかった。燃え盛る炎の前で、カイは泣き叫んだ。家族を失い、友達を失い、村を失った彼には、もう何も残っていなかった。カイは手のひらから血が出るほど、拳を強く握りしめた。


その時、彼の中に残ったのは、ただ一つの感情だった。復讐。それだけが、彼を支えていた。


「絶対に……殺してやる……」


カイは震える手で拳を握りしめ、目に涙を浮かべながら、心に誓った。


「帝国の奴らを……絶対に殺してやる……!」

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