第2話

(……うーっ、寒いっ!)


 今朝の気温も氷点下、十度。

 息を吐くと白く染まるし、手袋に包まれた指先はかじかんでうまく動かせない。

 こんな日は、いつもより早く家を出る。一歩先へ進めば、肌が冷気にさらされてますます冷えていくけれど、期待に膨らんだ胸はずっと温かいままだ。

 両手をこすり合わせながら、バス停へ続く閑散とした通りを歩いてゆく。しばらく行くと、ようやく人通りの多い交差点に出た。


 そこには、奇妙な光景が広がっていた。透き通った綿みたいな塊が空中にたくさん浮かんでいる。ほどなく滑らかに崩れたそれは、鈴のような音を立てた。

 ほぼ同時に、老若男女の様々な声が聞こえてくる。


『あーあ。学校行きたくないなあ』

『いつも思うけど、ここの信号長すぎない?』


 口を開くのも億劫おっくうなほどキンと冷えた朝は、普段なら、交差点を行き来する車の音や信号音だけが響いているはず。

 だけど私の耳には、空を見上げたり、腕時計で時間を確認したりしている人々の声が、騒々しいくらいはっきりと響く。

 彼らの口は、これっぽっちも動いていないのに。


『うー、昨日ゲームで徹夜したのまずかったかなあ』

『うわ! 弁当忘れてきた! どこで買おう? コンビニ?』


 今日みたいなすごく寒い日に、どうやら私にだけ聞こえる不思議な声。

 いろいろ考えたけれど、一番しっくりくる答えはこれだった。

 ――あの白い塊は、誰かの息とともに空中に吐き出された、凍てついて固まった「思い」である、と。

 日本版・星のささやきと言えなくもない、でしょ?


 そう思ったら、すごく胸が弾んだ。神様が与えてくれた奇跡のように感じた。

 不器用な私に贈られた、期間限定の天の恵み。

 その幸運をめいっぱい味わうため、寒ければ寒いほど、私の登校時間は早くなるのだ。

 


 ――そんな日々を楽しんでいたとき、彼が、現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る