その50 オススメの小説
「あ、後輩君」
夏休みでも毎日通うことにした学園図書館。
つい最近、俺に新たな知り合いができた。
「
早い段階からお互いに言葉を交わしていた
涼風はエリザベスと同じ図書カウンター当番で、週に二回ほど図書館に来ている。実は前から何度も顔を合わせていたわけだが、お互いにそこまで興味はなかった。
ちなみに、彼女は俺と同様に平民出身らしい。
一学期終業式の時に初めて話して以来である。
「オスカーくん、涼風さんと知り合いだったの?」
親しげな雰囲気を匂わせたことに、エリザベスが反応した。
口調は優しいが、顔は引きつっていて少し怖い。
「――後輩君とは、この前少し話しただけ。ほら、如月がいない時あったでしょ?」
俺が答える前に、慌てた様子で涼風が説明した。
彼女の説明は間違っているわけではない。
「ほんとに?」
「ほんとだって。なんで疑うのさ?」
俺にはこの二人の関係性がよく掴めていなかった。
涼風から聞いたところによると、同学年だが図書カウンター当番の時に少し話すだけで、それ以外で関わることはほとんどない、とのことだ。
とはいえ、寛容で仕事熱心なエリザベスのことを、涼風は人として尊敬しているらしい。よくある話だ。
「そういえば……エリザベス、俺は今、間違いなく面白いと思える小説を探している」
微妙な空気が張り詰めていたので、話題を変える。
だが、涼風は顔をしかめていた。もっと大事なこと聞けよ、という風に責められているような気もするが、無視だ。
「小説選びで失敗するわけにはいかない。世界の命運が、君の一言にかかっている」
「そんな大げさな」
発言に水を差す涼風。
少し黙っていてもらいたい。
エリザベスは小説の話題に変わったことが嬉しかったのか、飾りのない自然な笑顔になった。きっと世界を揺るがす最強の小説に出会わせてくれることだろう。
「やっぱり『勇者との決別』かな。女性主人公のお話なんだけど、強くて、自分の意志をしっかり持ってて……オスカーくんも気に入ってくれると思うよ」
エリザベスは俺についてくるように言った。
図書カウンターに涼風を残し、本棚へと向かう。ゼルトル王国の有名な小説家や詩人が書いた物語の本棚に、その小説はあった。
『勇者との決別』
さほど厚くはなく、二日もすれば読めそうだ。俺も
ジャンルは冒険もの。
十七歳の主人公イライザが、ある勇者と共に冒険をする物語らしい。
だが、
面白いのは間違いないだろう。流石はエリザベスだ。
「あたしは今ちょうどイライザと同じ
気づけばエリザベスは自分を責めていた。
暗い表情で自分を卑下し、うつむき始める。
「面白い小説の紹介をしてくれるはずだが」
「――ご、ごめんっ。あたし、すぐ物事を悪い方向に考える癖があって……」
「それは必ずしも悪いことではない。最悪の状況を想定することも、時には必要だ」
今のエリザベスはなんだか疲れ切っていた。
この疲れの原因が涼風の言っていた通りなら、彼女を救うことができるのは俺だけだろう。だが、まだ
そっとエリザベスの二の腕に手を置き、彼女の気持ちを落ち着かせる。
「俺のそばにいる限り、最悪の状況は起こり得ない。信じてくれ。どんなことがあろうとも、俺は君を守る。だから、俺にはずっと、その美しい笑顔を見せていて欲しい」
「オスカーくん……」
エリザベスが俺の胸の中に飛び込んできた。
人は自分で抱え込めない悩みがあると、救いを求めることしかできなくなってしまう。自分よりも強い存在が、優しく包み込んでやる必要があるのだ。
幸い周囲に人の気配はない。
俺に抱きつくエリザベスの体は思っていた以上に華奢で、少し力を込めれば簡単に折れてしまいそうだった。
「安心しろ、エリザベス」
優しく耳元で囁く。
彼女が抱えている問題については、涼風のおかげでなんとなく知っていた。
俺の方から切り出すこともできる。だが、俺は待っていた。彼女の方から、俺に助けを求めてくることを。
孤高の存在であり、お人好しではないのだ。
だが、助けを求められれば、いつでも駆けつけ、助けてやろう。それが力を持つ者の定めであり、宿命なのだから。
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