読書パーティー編
その46 弟子の成長
夏休み初日の八月一日。
大量に配られた夏休みの課題のことなど、誰も気にしていない。
それに関しては俺も同じだ。
せっかく自由な時間が増えたわけだから、少しくらい好きなことをしてもいいだろう。それに、難しい課題だろうが、俺の前では無力だ。それを知っている身としては、特に焦ることはない。
「その調子だ」
グレイソンの剣と俺の剣が交差する。
鳴り響く金属音は、以前のものよりもずっと激しく、美しい。
振り下ろされる一撃に魔力がしっかり込められており、威力も抜群だ。この攻撃を可能にするためには、毎日地道な努力を重ね、基礎基本に磨きをかけていく必要がある。
誰も見ていないところで、グレイソンは一生懸命になっているのだ。
こうして向かい合って戦ってみると、その努力の偉大さがよく伝わってくる。
「今日はここまでにしよう」
俺の一言で金属音が止んだ。
青春が詰まった場所、〈闘技場ネオ〉には俺と
〈剣術〉の授業では毎回と言っていいほどよく使う施設だが、放課後や休日にわざわざ使いにくる生徒はほとんどいなかった。
こんなに素晴らしい施設があるというのに活用しないのは流石に馬鹿が過ぎると思うが、他の生徒達のことを俺が何か言ったところで、何の意味もない。
グレイソンは息を切らしていた。
動きの素早さ、軽さ、力強さの全てが、日を追うごとに成長してきている。
「さっきのは、新技か?」
「最近部活でずっと練習してるんだ。気づいてくれて嬉しいよ」
グレイソンはずっと基礎の強化に力を入れていたが、最近は技の練磨ばかりをしている。
それについては、俺が許可を出した。
初めに彼と決闘した際、俺が指摘したのは基礎基本の乱れだ。何事も基礎が肝心と言うが、実際のところ、基礎ができていなければ
逆に基礎がしっかり定着してさえいれば、何でもできるし、何にでもなれる。
そして、一ノ瀬グレイソンは剣術の基礎をある程度
毎日剣を振るっていたことで手のひらには大量のマメができ、潰れて出血している。俺の
ちなみに、グレイソンは俺の〈
彼自身、俺が複数の
「この夏休みはずっと
俺は夏休み一ヶ月を進化のチャンスだと思って意気込んでいるが、グレイソンはどうだろうか。
「僕は解放日以外は毎日剣術の訓練をするつもりだよ。剣術部の活動もあるし、普通に授業がある日よりも忙しいかもしれないね」
「そうか」
いいのか悪いのか、少しずつグレイソンが俺に似てきている気がする。
一応夏休みは「休み」だから、ほどほどに頑張って欲しい。
「解放日は完全に休む、ということか?」
感情に乏しい表情で、グレイソンに聞く。
解放日というのは、八月十三日から十五日にかけての、学園からの外出が許される三日間のことだ。学園公式としては完全休日と呼ぶことになっているが、生徒達はこの日を何よりも楽しみにして解放日と呼んでいる。
「勿論そんなことはないよ! 実家に帰省するように言われてるんだ」
グレイソンが冷や汗をかきながら答えた。
休むことを俺が責めていると勘違いしたのかもしれない。
「実家に帰省、か」
渋い表情を作り、意味深に呟く俺。
もう家を飛び出してから五年くらいたつのか。両親には本当に申し訳ないことをしたと思いながらも、後悔はしていない。
「グレイソンは貴族家系だったか?」
「ああ、そうなんだ。僕の両親は二人ともかなり位の高い貴族なんだけど、僕の教育に関しては適当でね」
「
「うーん、難しいところかな。一番上の兄には凄く厳しくしてたみたいなんだけど、五男の僕は特に期待もされずに、貴族入学枠でこの学園に入れさせてもらった――そんな感じだね」
グレイソンはどこか呆れるように言った。
彼も彼で、自分の両親には期待していないようだ。それにしても、グレイソンが五男ということには驚いた。
「兄弟は何人いるんだ?」
「兄が四人で姉が二人、妹が二人いる。だから九人兄弟になるね」
俺は一人っ子として育ったので、たくさんの兄弟に囲まれた生活が想像できない。
それもそれで楽しいのかもしれないが、彼が言ったように、子供によって親から受ける待遇の違いがある事実に悩んだりすることもあるのかもしれない。
もっとも、そう言うグレイソン自身は大丈夫のようだが。
「オスカーは帰省しないのかい?」
話の流れから、この質問が来ることは予想できていた。
グレイソンも、そしてセレナも、
夏休みに入っても虚空を見つめることになるとは。
「帰省……俺に帰る場所はあるのだろうか……」
聞こえるか聞こえないかぐらいの細々とした声で呟く。
「……」
グレイソンは無言だった。
俺の険しい表情を見て、このまま踏み込むか踏み込まないか迷っている。もしここで一歩踏み出してしまえば、彼は混沌の世界に引きずり込まれるだろう。
「俺のことは気にするな。それより、剣術の話の続きだ」
わかりやすく話題をそらすのも、相手の好奇心を煽る
グレイソンは再びハンサムな笑顔を作り、どこか嬉しそうに自分の剣を見つめた。
「そうだね! 新技のことだけど――」
こうして俺達は剣術の話題で盛り上がった。
盛り上がったといっても、どうすればさらなる高みを目指せるのか、ということを真剣に話し合っただけで、一般学生同士の意味のわからない会話とはまったく違う。
グレイソンの急速な成長。
これは俺にとっても喜ばしいことだ。
努力は決して裏切らない。今の彼を見ていると、あの三年間の血汗涙の修行の日々を思い出す。
夏休みで俺が剣術の練習相手をするのは週に三回ということになった。
いつでも歓迎するという風に言ったものの、オスカーに迷惑をかけるわけにはいかない、とグレイソンは遠慮した。
迷惑どころか、ありがたいくらいだ。だが、それはあえて言わなかった。俺も俺で忙しいんだ、という演出をするためだ。
「過酷な夏休みになりそうだ」
闘技場から出て、寮に向かう俺達。
俺は別れ際に疲れた表情で
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