その17 クラスの担任

 このゼルトル勇者学園では、一年生から三年生まで、およそ三百人が共に生活し、勇者になるための訓練に励んでいる。


 それぞれの学年は百人。

 入学試験で選ばれた、可能性を秘めた十六歳から十九歳までの少年少女達だ。


 入学に家柄は関係ないが、当然ながら貴族や王族は待遇が違い、平民とは別で試験が行われる。耳にした話だと、ほんの少し面接を行い、さほど馬鹿ではなさそうだったら入学が許可される、らしい。

 本当なのかどうかはわからないが、この世界にも粛清すべきところはいくらでもある、ということだろう。


 貴族や王族の出身がだいたい三十名くらいだとすると、残る七十名は平民出身。


 俺やセレナもその枠の中の生徒である。


 そんな平民はどんなことをさせられたのかというと、簡単な剣術と学校で習った筆記の試験。面接は特になく、純粋に実力で合否が決まるという、なかなか納得のいくものだった。

 俺の時の倍率は十二倍。

 それを考えれば、俺達平民は入学できているという時点でそれなりに有能であるということだ。


『今からホームルームを始めま~す』


 朝の教室は静まり返っていた。


 この学園はゼルトル王国で一番の教育機関なので、施設の整備もかなり豪勢だ。

 王都ゼルトル・シティには三つの勇者学園があるが、その中でも最高の勇者育成機関であると評価されている。


 教室でさえも、天井にはシャンデリアがあり、大理石でできた生徒机は美しく磨かれている。これだけ環境を整えられたのであれば、俺達学生は学業に没頭するしかない。

 実際は入学できたことに浮かれて、最高の環境で遊び回っている生徒も多いが。


 そんな美しくも静寂が広がる教室を取り仕切る、ひとりの教師。


 俺達〈1-A〉学級クラスの担任、白鳥しらとりスワン。


 その名の通り、白く透き通るような肌に、純白の長髪。

 それに対して瞳の色は黒で、髪色と目の色の対比コントラストが、どこから見たとしても強い印象を植えつける。


 顔立ちは整っていて、下心満載な男子生徒達からよく話しかけられていた。

 さらさらの長髪はハーフアップにして綺麗にまとめている。白鳥しらとり曰く――以後、白鳥はくちょう白鳥しらとりでややこしいので、スワンと呼ばせてもらう――今年で二十四歳という美人なお姉さん・・・・教師だ。


「みんな出席してますね~。欠席者は挙手して~」


 だが、彼女の欠点というか問題点を言うならば、その適当さ・・・だ。


 クラスは二十名構成で、それがAからEまで五クラスあるわけだが、その教師陣の中でもスワンが最も若く、そして適当主義。


 とはいえ、俺はその適当さを気に入っている。

 彼女は自分が受け持っている生徒に対しても適当なので、俺の実力について、一切詮索してくることがない。


 担任にバレてしまえば、今後一切自由に「かっこよさそう」なことができなくなる可能性がある。

 その点で、彼女の適当さは俺を絶望から救っているのだ。この学園生活での楽しみを搾取されるわけにはいかない。


「とりあえず、朝の職員朝会で言えって指示されたことを言いま~す。まず、今日から一学期期末テストに向けて課題がい~ぱい出ま~す。頑張ってね~」


『『『えぇぇええええ!』』』


 とにかく多くのがっかりした声が上がる。


「は~い、次に、進路希望調査みたいなのを後で配っておくので、二週間後の六月十八日までに私に提出してくださ~い」


 だらしなく覇気のないスワンに、隣の席のセレナが溜め息をつく。


「ほんとに、あの教師大丈夫?」


「あれでも国に選ばれた優秀な・・・教師なんだろう」


 小声で話しかけてきたので、俺も小声で答える。

 基本ホームルーム中の私語は禁止だが、スワンだったら気づいたとしても適当に見て見ぬ振りをするだろう。


「最後に、一学期期末テストでは、優秀な成績を収めた生徒──えーと確かそれぞれの科目で九十点以上取った生徒は、みんなの前で表彰されま~す。そして、夏休みの課題免除も約束されるそうで~す」


『『『うぉぉぉおおおおお!』』』


 これは主に課題をやりたくない男子の歓声だ。

 女子はというと、静かながらもお互いに顔をちらちらと見合わせて純粋に喜んでいる。


 どうして皆課題をやりたくないのだろうか。

 俺としては、課題を嫌々やっているから成果が出ないと思うが……強者の俺が言うくらいだから、これは紛れもない事実だ。


「以上でホームルーム終わりま~す。ちなみに~、一年生の筆記・・テストって、三学年の中で一番難しいんですよ~。特に三年生は実技が中心になるから、筆記はそんなに重要じゃないみたいで~す。てことで、みんなが期末テストでいい成績残してくれたら、私も出世できるかもしれないので、お願いね~」


 普段適当なくせに、こういう時だけ念を押すスワン。

 困った担任だ。


 それにしても、一年生の筆記試験が三学年の中で最も難易度が高い、という情報は言ってくれなくても良かった気がする。この一言でやる気を失った生徒も多いはずだ。逆にやる気が出た生徒もいるだろうが。


 ホームルームも終わり、一校時目の授業へ移動を始めるクラスメイト達。


 休日明け、最初の授業は〈生存学サバイバル〉だ。

 勇者は基本パーティーを作って、魔王が出現したという領土まで野宿しながら移動していくことになる。


 そのため、それなりのサバイバル能力は必要なのだ。


 俺が〈生存学サバイバル〉の授業が行われる〈いにしえの森〉に行こうとすると、セレナ、グレイソン、クルリン、ミクリンも俺の用心棒ボディーガードであるかのようについてきた。


 この状況に対し、またセレナが不満げな表情を見せる。


「この人達、いつもついてくるの?」


 なかなか失礼な物言いだ。


「そういえば、紹介するのを忘れていた。今更かもしれないが、左からグレイソン、クルリン、ミクリンだ。仲良くしてやってくれ」


「そんな紹介はしてくれなくていいけど……ただオスカーの剣術が綺麗だったってだけで、急にここまで仲良くなるわけ?」


「セレナっちはしっと・・・してるのです!」


「してない! ていうか『セレナっち』って何?」


「むぅ」


 顔を紅潮させ、クルリンに怒鳴るセレナ。

 俺の方をちらちらと見ながら様子を確認しているようだが、もう前から気づいているから安心して欲しい。


 詳しい理由はわからないが、仕草や様子を見れば、セレナが俺に対して異性としての感情を抱いていることくらいわかる。


「セレナ、嫉妬もほどほどにしておいた方がいい。だが、約束したはずだ。お前をひとりにするつもりはない」


「──ッ! いきなりそういうのはズルいから……」


「むぅ。今のはあたちがしっと・・・したのです!」


「オスカー君、セレナさんとはどういう関係なんですか? 恋人というわけではありませんよね?」


 俺がセレナに「かっこよさそう」な台詞セリフを吐いただけで、浮気者のように扱われるとは。


 だが、ここで屈するつもりはない。

 余裕の表情を作り、〈古の森〉に続く道を黙って歩く。十秒ほどして、森から聞こえる小鳥の鳴き声に耳を傾けながら、口を開いた。


「この世界は残酷だ。可憐な女子おなご達が俺を狂わす」


「それってどういう――」


「小鳥の囁きが聞こえる。神秘が俺の問いに応えた――時代が動く」


 セレナがいつもの要領で言葉の意味を問うが、俺はそれを華麗に流す。


 そして、最高の時機タイミング邪魔者・・・が現れた。

 ちょうど、「時代が動く」と発言した直後だ。


『アナタが西園寺さいおんじオスカーなのね。あら、可愛い顔してるじゃない』


 授業がもうすぐ始まるというのに、ここで邪魔が入るとは。

 大歓迎だ。


 背後からかかった女性の声。

 なめらかな丸みを帯びている。


 まだ後ろは振り返らない。


 足を止め、仁王立ちする。

 そのまま俺は軽く目を閉じて、低い声で言った。


「君達は先に行け。少し用事ができた」


「オスカー、僕も一緒に残るよ。二人で遅刻すれば、マスター・鬼塚おにずかも理由くらいは聞いてくれるんじゃないかな」


 グレイソンは優しい。自分を犠牲にしてまで、友人を大切にできるタイプの人間だ。昨日の傲慢で嫌味な奴から、驚くほどの速度で成長を遂げている。

 俺との決闘は、彼を大きく変えるだけのきっかけとなったのだ。とはいえ、決闘する前から思っていたが、そもそも彼はしっかり者で、根はいい。


 自分より高みにいる存在を知らなかったから、少しばかり傲慢になっていただけだ。その部分が削られてなくなってしまえば、彼はただのいい奴だということ。

 イケメンでいい奴というのは、今後さぞかしモテることだろう。


「その気持ちに感謝する、グレイソン。だが、心配はいらない。少し話をするだけだ」


「オスカー……」


「オスカーしゃま……」


「オスカー君……」


「ちょっと、どういうこと? どうして〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉の幹部がここにいるの? あなたは確か……月城つきしろとかいう人よね? もしかしてオスカーが生徒会長に告られったっていう話をしに来たわけ?」


 セレナは相変わらず面倒な女だ。


 俺は振り返ることを我慢しているというのに、彼女はすぐに振り返り、その人物が誰なのかバラしてしまった。それはつまり、俺の楽しみをひとつ減らした、ということだ。


 生徒会長が俺に告白した、という衝撃の事実を知らなかったクルリンとミクリンが、石像のように固まっている。


「セレナ、会長アリアとのことはあまり言って欲しくはなかったわけだが……とにかく、君達は授業に遅れないように行け。俺のことは気にするな」


「でも──」


「わかった、オスカー。ほら、三人とも、急ごう」


 できる男グレイソンは、俺を信頼して女子三人を動かしてくれた。


 三人は最初反抗的な目をしていたが、少しグレイソンが強引だったらしい。何度もしつこく急かすので、三人は俺を不安そうに見ながらも、仕方なく歩き始めた。

 クルリンは、むぅ、と頬を膨らませながら歩き出したため、最初こてっと石ころにつまずいた。


 この誘導をこなしたグレイソンはよくわかっている。

 クルリンが厄介だが、今後も演出を盛り上げるためにいろいろと手伝いをお願いしたい。


 四人の背中が少しずつ遠くなっていった。


 こうして見ても、クルリンの小ささは目立つ。子猫がちょこちょこと頑張って歩いています。そんな感じだ。歩幅の違いに苦闘しているクルリンを眺めていると、不思議な気分になった。


 そして、今度は後ろで出番を待っている来客に意識を向ける。


「遂に来たか」


 四人が〈古の森〉に向かうのを完全に見送ると、ずっとこの時を待っていた、という雰囲気で言葉を紡いだ。

 そのままゆっくりと振り返る。


「君が月城だな」

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