一学期期末テスト編

その16 少し変わった通学風景

 今日は天気がいい。


 雲ひとつない青空に、照りつける日差し。

 日焼けが少し心配だが、膨大な魔力を薄く全身に張り巡らせている俺に、紫外線は届かない。


 通学に必要なものは特にない。

 教科書類は全て教室の鍵付き棚ロッカーに入れているし、勇者になるのに欠かせない道具である剣は、寝る時以外は常時携行している。


 だが、ほとんどの生徒は剣すらも武器庫にしまっているため、手ぶらだ。

 いきなり魔王が空から襲撃してきたらどうする? やっぱり護身用の剣は必要不可欠だ。


「ねえ、これってどういう状況?」


 いつものように俺の右隣を歩くのは、長い金髪の美少女セレナ。


 昨日までとは違う通学の光景に、思考が追いついていないようだった。


「あたち、オスカーしゃまの分のお弁当つくってきたのです!」


「それ、わたしがほとんど作りました」


「むぅ。あたちがぜーんぶつくったのです!」


「嘘言わないで。クルリンはサンドイッチのパンにバター塗っただけよね」


「ムキー!」


 俺の左側には青髪碧眼の美少女がふたり。


 姿勢が良く、大人っぽい長髪ロングがミクリン。

 とても小柄で、今ぷりぷり怒っている短髪ショートボブがクルリンだ。


 この双子姉妹とはたまたま・・・・寮を出る時に鉢合わせし、今こうして一緒に歩いているというわけである。クラスも同じだし、特に支障はない。


 さらに言えば、二人は俺の実力を知る数少ない生徒だ。

 彼女達は俺の求める「かっこよさそう」な学園生活に必要不可欠なスパイス。演出を盛り上げてくれるに違いない。


 そして――。


「オスカー、今日の〈剣術〉の授業では僕と組まないかい? これなら、放課後以外でも……いや、とにかくキミとまた戦ってみたいんだよ」


 昨日決闘をした相手である、一ノ瀬いちのせグレイソンが俺のすぐ後ろを歩いていた。


「ちょっと、説明しなさいよ。昨日の決闘、もしかしてあんたが勝ったの?」


 まだ昨日のことは何も言及していない。

 セレナが困惑するのも当然だ。だが、問題はどう話を合わせるか。


 ここは三人の臨機応変な演技力が試される。


「何を言っているんだ? 俺がグレイソンに勝てるわけがないだろう」


「それじゃあ、どうしてこんな──」


「試合に負けて勝負に勝った──それだけだ」


 俺はまだじわじわと昇っている朝日を見つめながら、しんみりと呟いた。


 ちらっとグレイソンに視線を送り、上手く合わせろ、と難題を押しつける。彼が期待に応えてくれる役者であれば、俺の彼に対しての評価はさらに上がるだろう。


 グレイソンは俺にだけ見えるように親指を立て、任せてくれ、と言わんばかりのイケメン笑顔スマイルを返してきた。


「純粋な実力でいえば、僕の方に軍配があった。でも、オスカーの剣は美しかったんだ。どんなに倒されても、彼は華麗な剣技で僕に何度も挑んできた。その姿に、僕は心打たれたんだよ」


 なかなかの役者グレイソンは最後に瞳を静かに閉じ、心打たれたあの瞬間・・・・を思い出すかのように深い表情を作った。


 流石は期待を裏切らない男だ。

 演技においても俺を驚かせてくれるとは。


 今度はクルリンとミクリンにも同じ視線を送る。


「そうなのです! オスカーしゃまの剣はきれいだったのです!」


「感慨深い試合でした」


 どこか慌てていいるようで評価できないが、話を合わせてくれたことには感謝だ。


 だが、俺の狙いは完全にセレナを騙すことではない。

 あえて少し疑いの余地を残すのだ。


 彼女はもう、俺に何かある・・・・ことに気づいている。


 勝てるはずもない決闘に自信満々で挑み、その翌日には敵対者を友人にしてしまっていた。元々は敵対していた三人が、嫌いだったはずの相手をやけに素直に称賛している。


 セレナは今、半信半疑の状態だ。


 俺や三人の言う通りなのかもしれないと思いながらも、心のどこかではこんなの都合が良すぎると否定している。


 彼女の怪訝な表情を見て、俺はそう確信した。

 パッとしない・・・・・・友人であるはずの俺が、もしかしたら……。彼女の中でうごめく西園寺オスカーという生徒の正体。


 想像するだけで最高だ。


「言いたいことはなんとなくわかったけど……」


 セレナがちらっと双子姉妹に目を向けた。


 それに対し、急に目を真ん丸にしたクルリンが激しく反応する。


「セレナっちもあたちといっしょなのです! 見たらわかる乙女の目! セレナっち、オスカーしゃまのことだいしゅきなのです!」


「ちょっ、えっ、待って──」


「むぅ。うそはだめなのです!」


 クルリンはなぜか勝ち誇ったような表情をしていた。


 ――セレナが俺のことを好き・・


 当然のこと・・・・・だ。

 俺が知らないわけがない。


 それなのに、セレナは俺にバレないように誤魔化そうと頑張っている。


 その努力を認め、「乙女ヒロインからのあからさまな好意に気づかない鈍感な奴」のふりを続ける・・・ことにしよう。


「クルリン、何を言っている? セレナが俺のことを好きなわけがないだろう」


「むぅ。ほんとーなのです。あたちにはわかるもん! むー」


「面白い冗談を。だろ、セレナ?」


「そ、そうよ。わ、私がオスカーのこと好きなわけないでしょ」


 顔を真っ赤に染めながら、俺と目を合わせずにセレナが言った。


 わかりやすい。


 別に「かっこよさそう」ではないものの、なんだか「面白さそう」なので、今回も黙ったまま見逃すことにした。

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