その14 弟子の誕生

 クルリンとミクリンには先に帰ってもらった。


 グレイソンのことを心配している様子だったが、俺に任せておけば大丈夫だと信用してくれているようだ。


「かっこいい退場を見せてやることはできなかったか」


 〈闘技場ネオ〉に残されたのは俺とグレイソンの二人。


 もう生徒会からの見張りはいない。

 それにしても、あの藍色の髪の男子生徒、俺に見つかって嬉しそうに笑っていたような……だとすれば相当クレイジーな奴だ。今後ぜひとも関わっていきたい。


一ノ瀬いちのせ、起きろ」


 目を覚ますまでに時間がかかるかのように匂わせておいたが、実は気絶した人間を起こすことは簡単だ。

 重圧プレッシャーを込めて声を投げればいい。


 俺の一言で、グレイソンは飛び起きた。


 命の危機を感じたのかもしれない。

 だとすれば、俺に対して失礼だ。もう敵意はないし、俺は常に冷静沈着なのだから。


「大丈夫か?」


「……」


 彼はしばらく無言だった。


 今の状況を把握し、脳をフル回転させるまでにかかった時間は三十秒。


「──ッ! 西園寺さいおんじオスカー様!」


「!」


「本当にすみませんでした! オスカー様の実力を見誤っていました!」


 素直とはこういうことなのか。


 決闘していた時のグレイソンは自分を過信しすぎて言葉も通じなかったが、今では自分の負けを認め、素直に頭を下げている。


「約束通り、今後はオスカー様を神のように崇めさせていただきます!」


 そう言って、両手を合わせ、俺に祈った。


 だが俺は神ではないので、崇められても困る。

 それに、このゼルトル勇者学園は神の信仰に厳しい。それぞれの生徒が信仰神というものを定めていて、週に二度、学園内にある神殿に通わなくてならない。


 神を信仰し、祈りを捧げることで、人は代々力を授かってきた。


 そんな中、ただの・・・生徒である西園寺オスカーを崇める生徒がいれば、大きな問題として扱われるだろう。

 勝手に神を自称し、クラスメイトを洗脳しているとか思われたら最悪だ。


「いいから立て」


 俺の指示に従い、グレイソンが立ち上がる。


 当然ながら、俺よりもグレイソンの方が背が高く、十CMセーチメルトルほどの身長差があった。首をいちいち上げることはせず、自然な目線のまま話を続ける。


「俺を崇める必要はない。わざわざ敬語を使うのもやめてくれ」


「ですが──」


「敬語はやめろと言っている。それに、オスカー様、でなく、オスカーと呼ぶんだ」


「……はい、わかりま──わかった」


「いいだろう」


 要求を飲むグレイソンに対し、満足したように微笑む。

 そしてゆっくりと彼の肩に触れた。


「お前は自分に溺れていた。お前を縛る海は、いつの間にか大きくなり、ひとりでは抜け出せないほどにまで成長していたのだ」


「──ッ!」


「そこに、手を差し伸べる必要があった」


 遠い目をして呟き、視線を落とす。


 いい感じでシリアスな雰囲気を作れている自信があった。

 そして、グレイソンは俺の言葉にハッとしている。視野が狭くなっていた彼に対し、常に広い視野を持ち続けていた勝者おれの言葉――心に刻み込まれていく。


「上を見ろ。高みを目指せ。戦ってみてわかったことだが、お前には可能性がある。技を磨き、己を昇華せよ」


「オスカー……」


 グレイソンの灰色グレーの瞳には涙が溜まっていた。

 時の流れに従って、その大粒の滴が静かにこぼれ落ちていく。その姿は美しかった。


 俺のそれっぽい言葉に、そこまで感動する必要があるのかは神にもわからない。


 彼の肩に置いていた手を離し、また口を開く。


「今回の件、俺が実力を普段隠していたことにも問題はあった。お前を挑発したのも故意的なものだ。すまない。だが、俺は……この実力を世界に・・・知られるわけにはいかないんだ」


「そこには何か理由わけが……」


「それは言えない……」


「──ッ」


「だが、一ノ瀬も今日から俺の秘密を知る生徒のひとりとなった。クルリンとミクリンも同じだ。この学園で俺の真の実力を知る者は……この三人と、生徒会長八乙女やおとめアリアしかいない」


「――八乙女アリア! 生徒会長が君の実力を!?」


「アリアは魔眼の持ち主だ。彼女の前で魔力を・・・偽ることはできなかった……」


 少し前まで平凡な生徒だと思っていた俺の口から出た、生徒会長の名前。

 そしてその生徒会長は、俺の実力を知っているという。


 衝撃の事実に、グレイソンは何も言えなくなった。


「生徒会長であるアリアが知ったとなれば、もう生徒会全体がこの事実を知っているだろう。実際、先ほどの決闘にも〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉からの監視が入っていた」


「監視……?」


「ああ、俺達の決闘はずっと見られていた、ということだ」


「その人が生徒会の者だという根拠は? 別に疑うわけではないけど──」


「根拠はないが、確信はある。そこでひとつ聞きたい。藍色の髪に白っぽい瞳の持ち主に、思い当たる人物はいるか?」


 監視人の特徴を聞き、青ざめるグレイソン。

 冷や汗が頬を伝っている。


「間違いない……副会長の白竜はくりゅうアレクサンダー……」


「会長に続き、今度は副会長とはな……まあ、それが当然の流れか」


 動揺するグレイソン。

 冷静な俺。


 グレイソンにはさほど大きな問題でもないだろうに、まるで自分事のように事態を捉えてくれている。俺を神のように崇めようとしたくらいだから、おかしくはないのかもしれない。


「さほど心配することはない。仮に生徒会が俺の敵に回ったとしても、叩き潰せばいいだけの話だ」


「いくらキミでも、あの〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉は……」


「なに、俺の力を疑うか?」


 するとグレイソンは、自分の頬を強く叩き、深く頭を下げた。


「そんなことはない! 僕はなんてことを……」


 恐ろしい。


 ――オスカーのためなら命も惜しくない。

 そのうちそんな風に言ってきそうだ。度が過ぎないようにしておかなくては。


「別に怒ってはない。もう自分を傷つけるような真似はするな」


「……わかった」


「生徒会の件は彼らが動いてからでも問題はない。今は動かずじっとしていることにしよう。そこでだ、グレイソン」


「はい! ……オスカーが、僕を下の名前で呼んでくれた……」


 おっと、これは重症だ。


「今日から俺の協力者になって欲しい。秘密を知る人物は限られている。それに、今以上に鍛えればお前はもっと強くなる」


 この言葉に、グレイソンは。

 顔を赤くして何度も頷き、そしてどこか後ろめたそうに口を開いた。


「そのことだけど……オスカー、キミが良ければ、僕を……キミの弟子にしてくれないかい?」


 勇気を振り絞って言ってくれたその一言に、俺は微笑む。


 この流れは別に不自然でもない。彼が俺の強さに感銘を受けたのなら、その強さの秘訣を探るために弟子になりたいと思うことは当然のことだ。


「弟子、か。懐かしい響きだ」


 懐かしくも何ともない。


 過去に弟子がいたわけでもないが、なんだか「かっこよさそう」だったので言ってみただけだ。


 かつての弟子との日々を思い出すかのように、右上をぼんやりと見つめ、しばらく黙る。五秒くらいして、グレイソンに視線を戻した。


「いいだろう。だが、弟子として接するのは放課後の剣術の訓練の時のみだ。普段は友人・・として、自然に俺と接してくれ」


「本当にいいのかい?」


「当然だ。ちょうど放課後の練習相手が欲しいところだったし、女子セレナ以外に話せるクラスメイトがいると助かる」


 グレイソンは、人生で一番幸せです、とでもいうような顔をしていた。彼の素直さには完敗だ。


 その後、俺は彼の前から颯爽と消える演出を諦め、そのまま二人で寮まで帰っていったのだった。


 一ノ瀬グレイソン。

 最初は敵対していたクラスメイト。だが、彼はこの瞬間、俺の弟子兼友人・・となった。






《キャラクター紹介》

・名前:若槻わかつきミクリン


・年齢:16歳


・学年:ゼルトル勇者学園1年生


・誕生日:11月11日


・性別:♀


・容姿:青髪長髪ロング、碧眼


・身長:158cm


・信仰神:水の女神ネプティーナ

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