ルームメイトはご褒美にキスを求める

ゆずしお

友達になりたいって素直に言えたら楽なのに

 クレオパトラだ。鼻筋がスッと通って完璧に整った横顔。簡単に断言できほどの説得力が彼女にはあった。白く透き通るような肌に、肩まで流れるホワイトカラーの髪がよく目立つ。


 こんなに美しい人がこの世にいるんだ……


 椅子に座り、本を片手に紅茶を嗜む彼女が、ふと髪をかき上げる。一瞬、髪の隙間に光が反射し、私は思わずその動きに見惚れてしまう。


 ピアスなんて普段は着けてなかったような?少なからず、一緒に住み始めてからは1回も着けているところを見ていない。


「どうしたの、さっきから見つめてきて」


真白ましろって普段、ピアスしてたっけ?」


「あー、うん。今日は会う人がいるから」


 歯切れの悪い返事。プライベートに深く踏み入れてしまったことを自覚し、なんとなく居心地の悪さを感じた。


「遅くなりそうなら、鍵を開けとくけど」


「ありがとね、そうしてもらえると助かる」


 いつも通りに軽い返答だが、どこか含みがあるような気がした。


 別に真白に恋人がいても不思議ではない。


 だって、同性の私ですら思わずドキッとしてしまうほどの、美貌の持ち主だから。誰だって真白とのルームシェアを羨ましがるだろう。それでもふと気づく。こんなに近くにいるのに、私は彼女のことを何も知らないのかもしれない。


 私は上京したばかりで周囲の空気に馴染めず、孤独を感じていた。人混みも、雑踏も、誰一人として私に関心を向けない。孤独がますます深まるそんな私にとって、真白はルームメイトであり救いになる……はずだった。


 見ての通り、今の私たちはどこか他人行儀な距離感のままで、ルームシェアをしてるだけの関係。よく言えばプライベートを尊重しているとも言える。


 こんな調子だから、彼女のことを何もわからないまま。


 好きな食べ物、休日の過ごし方、趣味、高校の話、好きな人のタイプ……私は何も知らない。

 唯一知っていることと言えば、今飲んでいる紅茶と読書が好きということ。本が好きというのは私と彼女のたった一つの共通点である。


 真白ましろが本を読んでいる姿を見ると、それだけが私たちを繋ぐ糸のように感じた。


 彼女のことを知ろうと努力していたら、今ごろ親友になっていたかもしない。一緒に肩を並べて本を読んでいたかもしれない。今更すぎる後悔。


 すっと、目の前に本が置かれた。ぼんやりとした、あったかもしれない未来から引き戻される。


「読んでみる?結月ゆづきもこの作家、好きなんでしょ」


「あ、ありがとう」


「ほら、隣に座って」


 笑顔の彼女を見ると珍しく内面を覗けた気がする。


「ちょっと待ってて、紅茶を淹れてくるから」


 真白がキッチンへ向かうと、自然とその背中を目で追ってしまう。

 彼女の白い髪がふわりと揺れ、まるでその動きまでもが計算されたかのような優雅さがある。


「……なんでこんなに美しいんだろう」


 小さく呟くと、自分でも驚くくらい素直な感情が口から漏れ出ていた。自分が男だったら、好きになっていたのだろうか?いや、一緒に暮らしているのに他人以下の距離感だし、それはないか。ただ……どうしても目が離せない。そんな気持ちだった。


 真白はカップを持って戻ってくる。彼女が隣に座ると、ふわりと紅茶の香りが広がった。


「はい、どうぞ。今日はアールグレイ」


「ありがとう」


 真白の手からカップを受け取ると、ほんのりと暖かく、手元からじんわりと体が温まるような感覚が広がる。

 それに加えて、彼女がこんなに近くにいることに少し緊張してしまっている自分がいた。


「どうしたの?」


「え?」


 じっと見つめる彼女を瞳は、吸い込まれそうな深い色をしていて、目が合うとすぐに視線を逸らしたくなる。ドキドキする心臓の音が聞こえそうだった。

 初めて彼女に会ったときのことを思い出し、家族以外と暮らす緊張感が蘇る。


「う、ううん。何でもないよ」


「そう?」


 真白はくすっと笑い、紅茶に視線を戻した。彼女との距離がほんの少し縮まったような気がして、心が軽くなった。


 だが、それも束の間。再び沈黙が訪れ、妙な緊張感が部屋に広がった。時計の針がゆっくり流れ、気まずさを煽る。何か話さなければいけない、そう思っているのに、言葉が出てこない。


 すると、真白が先に口を開いた。


「そういえば、来週は少し家にいる時間が減るかも。用事が多くてね」


「そうなんだ……」


 彼女の言葉に、胸がぎゅっと締め付けられる。用事って恋人のことだよね?頭の中でいろいろな想像が巡り始める。


 せっかく、彼女との距離が縮まる気がしたのに、来週にはまた戻ってしまう。


「結月?」


「え? あ……うん、そっか、分かった」


 慌てて表情を整える。真白がじっとこちらを見つめてくる視線に、再び心音が加速する。

 彼女は何かを言いたげな表情をしていたが、何も言わず、ただ微笑む。


 きっと彼氏は、その笑顔をとっくの前に見ているんだろうな……


 その夜、真白は部屋を出て行ったが、私の頭の中には彼女のことがずっと引っかかる。会う人がいる、という言葉が頭の中で何度も繰り返され、彼女が誰と会っているのか、どうしてそんなに気になるのか自分でも分からなくなっていった。


 寝る前に、余り冷え切った紅茶を飲み、真白と同じ匂いをなった気がして少しだけ心が落ち着く。それでもどこか心の中で小さな波がざわついていた。


 結局ピアスを身に着けた彼女は深夜を超えても戻ることはなく、帰ってきたのは朝方。



【★あとがき】


カクヨムコン用に修正して再投稿しました。


モチベになりますので、


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