第24話:角夢杏子の家
「はあ……」
色々とあった。俺が落ち込んだり泣いたり。それを止めるためにルイとタマモが奔走したり。そうしてメンタルを回復させて、漸く俺は学校に登校しても支障が出ない程度には復帰できた。普段では俺を見る善意なき人間の陰口が辛かったが、今はそれもどこか軽い。
「あいつらの……おかげだよな」
今更言うまでもない。
勉強そのものは苦でもない。さほど優等生というわけではないが、逆に劣等生でもない。
「くあ……」
で、適当に伸びをして、暇があれば本を読む。今日読んでいるのはハーレム系ラノベだ。俺と微妙に立ち位置が近いのは皮肉なのだろうか?
このタイトルからして恥ずかしいラブコメは、もちろん読んでしまった女子の嫌悪を呼んだ。「アイツ、モテないからってハーレム系ラブコメに手を出したぞ」みたいな。別に気にはしないのだが。俺が恋と愛に飢えているのも事実であるし。
教室で読んでいる分には誰にも迷惑かけていないので、校則違反ってことも無いだろう。
「女の子は勇気のある男子が好きなんだな」
俺には無いものだ。勇気なんて出るはずもなく。未だに恐ろしくてタマモのGカップも揉めていない。据え膳食わぬは男の恥……とはいうが、まさかオメガターカイトのメンバーにそんな不手際をしてもいいものか。
「揉んでいいなら揉むんだが」
「誰のを?」
俺が独り言をボソリと呟くと、反芻するような声が返った。チラリとそっちを見る。
ニコニコ笑顔。金色の髪。誰が見てもハッとする色合いの美少女。角夢杏子がそこにいた。
「誰のだろうな?」
「私以外のを揉んじゃヤですよ?」
「言うほどないだろお前」
「ひっどい。ギリギリCはありますよ」
それは平均的にはあるな。ルイとかタマモとかの風呂上がりの下着姿を見ていたので、知らず知らずのうちにハードルが高くなっていたらしい。
「その……言い訳になるかもしれないけど……釈明させてくれない?」
「釈明って……やらかしたことのか?」
「謝るだけでいいならソレで済ませるけど?」
つまり何故俺に下着ドロボーの濡れ衣を着せたのか。それはいくらでも考えた。だが俺の脳では答えが出なかった。以降謎のまま俺の中で抱えて生きていくのかと思ったが。どうやら杏子の側で開示してくれるらしい。
「じゃあ場所を変えましょうか」
とは言われても。アイドルと一緒にいて問題のない場所ってどこだ?
「まぁ帰るだけ帰りましょう。ちょうど放課後ですし」
破顔している杏子は、それだけで罪業の言い訳をする咎人には見えなかった。別に俺も突き詰めて言えば詮索する気はなかったし、ネットで呟いたりもするはずがない。オメガターカイトのメンバーとして大成してほしいのは事実であるのだから足を引っ張るつもりは毛頭ない。そうして駅で電車に乗って、別の駅へ。知らないところで降りて、そのまま杏子についていく。あたりは都会の住宅街と言った様子で、結構土地としては値が張るのでは、と思わされる。マンションの類も幾つかあって。まぁそれは俺のマンションの近所にも言えるのだが。
「どこ行ってんだ?」
「私の家ですよ」
待たんかい。
「大丈夫ですよ。口封じに刺すとかそんな事しませんから。言いましたよね。釈明をしたいのです」
どの辺を信じれば俺の警戒は解けるんだ?
普通に考えてアイドル活動に支障が出る要素……つまり俺を始末するのが最も簡便であるのは火を見るよりも明らかだろう。
「そもそも殺人や傷害をしたら、その時点でアイドル活動終わりだから」
まぁそれはな。殺したらその時点でゲーム終了ですよ。
「一応保険を打っておいていいか?」
「手段によります」
「知り合いにお前と会っていることを伝えて、十九時までに家に帰ってなければ警察に通報しろとか。後は以降のコメントは角夢杏子の詐欺かもしれないから信用するなとか」
「ああ、いいんじゃないですか? 妥当な自己防御だと思いますよ」
なわけで俺はルイとタマモにメッセを送る。二人とも芸能科のある高校なので、どうせ今日は暇だろう。多分SNSとかでコメントして、今日の飯テロとかしているだろうから。
「で、お前の家って?」
「普遍的な一軒家ですよ? 親も帰ってくるので流血沙汰にはしたくないですけど」
「それなら安心だな」
「むしろ私が刺されそうなんですが」
「別に怒っていないから大丈夫だ」
裏切られたことが悲しいのは事実だが。それによって報復に繋げようとは俺の側は思っていない。とは言っても、それを無条件に信じられるほど相手の側が俺を信用できないのは分かるのだが。
歩いた先には今風のトレンドに見えるデザインの一軒家があった。家というよりアーティストの工房にも思える四角いデザインの建築物。だが普通に住めるようには出来ているのか。住居空間としての不備はない……かもしれない……と思う。
「ただいまー」
で、帰宅した杏子に続いて俺も入る。玄関は普通。というかこんな場所で違和感バリバリだったら家として機能していないだろう。
「リビングはこっちですね。座っていてください。お茶淹れますから。紅茶とコーヒーはどっちがいいですか?」
「コーヒーでお願いします」
ソワソワしつつ、俺はソファに座る。
家は朗らかで、白をメインカラーとして、家具などで茶色やオレンジなど暖色系が配色されていた。親が帰ってくると団欒を楽しんでいるんだろうなっていうイメージが湧く。
「はい。コーヒー。ブレンドだけど文句言わないでくださいね」
「大丈夫だ。味の機微を理解できる舌は持ってない」
「それは私もかなー」
同じくコーヒーを飲みながら杏子は笑顔でそう言う。
「飲むのが怖いなら私が飲んでいるのと交換しましょうか?」
「いや、どうせ一服盛る気なら回避しようもないしな」
全面的に信じたわけではないが、出されたコーヒーを飲む。中々味わい深いコーヒーだ。
「お父さんが好んで飲んでいる奴。目が覚めるんだって」
「さいですか」
で、だ。
「聞かせてもらえるか? お前が何を思って俺を貶めたのか」
「うーん。多分わかっていると思ったんだけど。そうでもないんですか」
何をどうやったら下着ドロボーの冤罪を担がせる陰謀の理由を俺が悟れるんだよ。
俺が疑問符を飛ばしていると、俺の近くに寄ってくる杏子。警戒する俺にヒョイと指を見せてリビングの一角を指し示す。
「とりあえずアレなんだけど……」
と杏子が指し示す方向を見て、そこに何もない家の壁があることを確認。それ以上ではない不可解を胸に、俺は杏子へと振り戻る。
「なにもなッ……ッ」
そして振り返った俺の口を、杏子の唇が塞いだ。キスと呼ばれる行為。それもハリウッドの濡れ場張りに情熱的な奴。
「ん……ッん……んッ…………」
貪るように俺の唇を味わいつくす杏子に、俺は何と言っていいのか危ぶんだ。
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