第23話:推しになればいいじゃない
灰色だった風景。それを自認してから、俺の学生生活は少し息苦しかった。
「大丈夫? 佐倉くん?」
相も変わらず。杏子ちゃんは俺に話かける。それがまるで気にしていないとでも言うかのように。
「はい。そういうわけでね」
なので、至極疲労して家に帰ると、腕を組んだルイが玄関に立っていた。待っていたらしい。そして提案する。家具的には特にこだわっているわけでもない無機質な俺の部屋。けれどもそこにルイとタマモがいる時点で華やかになるのはなんだかな。
「週末はお出かけします!」
「ああ。そうしてくれ」
「ちがうの~ッ」
俺に抱き着いてくる黒岩ルイ。なんかコイツも遠慮しなくなったな。
「マアジとボクが出かけるぞ」
「大丈夫なのかソレ?」
「何か問題でも?」
いや。問題しかないんだが。
「男とデートなんてそれは……」
「マアジとならウェルカムだよ?」
さいですか。
「多分タマモも……だぞ?」
「…………マアジと一緒に出掛けたいです」
うーん。タマモが言うなら。
「なんでタマモには肯定的?」
「おっぱい揉ませてくれるから」
「揉んだのッ!?」
「まだ揉んでない」
時間の問題だとは思うんだが。
「…………生でもいいですよ?」
「ブラジャー越しもそれはそれで」
「…………あはぁ」
そこでそんな蕩けるような声を出されても。でも実際にタマモの肢体はかなり危うい。バインボインだ。巨乳でお尻も大きく、けれどウェストは引き絞っている。もうどこを揉んでも至福と言える体つきだ。それこそファンが性欲で見ても仕方ない程度にはエロイ。
「…………出来れば激しく揉んで欲しいのですが」
「メスブタ」
「…………あはん」
「というわけで行くぞ」
どこに?
「あっとポップがポッピンニッポン♪」
聞こえる声はアニメ声。どことも知れぬ駅を幾つか通り過ぎて辿り着く劇場。そこには声優がライブをやるという、ひどく王道なエンターテインメントが行われていた。そのライブのチケットは既にルイとタマモが確保しており、俺は普通に奢られていた。
「百年前と二千年後にも恋してる♪」
そこではちょっと今波に乗っている声優のアニソンライブ。それも可憐で可愛い女子声優。さすがにルイやタマモのレベルを期待したら裏切られるだろうが、アイドル声優という枠組みで言えば、存分に可愛かった。声に限って言えば、やはり声優であるからか、ルイやタマモより可愛い。
「ライブ終わったら握手会あるから」
ボソリとルイが告げる。ちなみに帽子をかぶって眼鏡をかけている。それはタマモもそうだ。そうして二人はサイリウムを振って、アイドル声優の応援をしている。普段は自分が応援される側だから……なのか。普通にキモオタ風にサイリウムを振っている。
「今日は来てくれてありがとう! 次がラストナンバーね! やがて僕らは二人になる!」
そうして俺も視聴しているアニメの主題歌『やがて僕らは二人になる』を歌いだす。
ああ、いいな。こうやって俺も純粋な気持ちでアイドルを応援していたはずだった。角夢杏子ちゃんというアイドルを。
「でもさ。アイドルは杏子だけじゃないよ」
ライブで歌っている声優さん……臼井幸をまっすぐサイリウムで指して、ルイはそう言う。人の意識は移ろうもの。少なくとも信念というものは、自分の意見を狭くする言い訳に過ぎない。そうルイは言ってくれる。
「…………だから好きな人を好きなだけ応援するのがドルオタの魂ではないのですか?」
タマモは汗を飛び散らせてサイリウムを振っている。その間にも俺のドルオタの魂について問うてくる。俺の魂は今誰に惹かれているのか。角夢杏子ちゃんに失望して、では俺はドルオタを止められるのか? 不可能だ。可愛い女の子がいたら全力で推したい。その気持ちに偽りはない。であればその対象を変えるのは不誠実なのか。
少し思う。
「角夢杏子ちゃん……」
「だからさ。マアジ」
「…………ですから……マアジ」
ギュッと二人が俺を抱きしめる。帽子をかぶって伊達眼鏡を掛けている変身の最中でも、俺が声優ライブで可愛い女の子を侍らせているのは事実で。
「ほらタオル振って! ウチと一緒に楽しもうよ!」
そうして俺もタオルを振る。大喝采の中でライブは終わった。
「佐倉くんかぁ。よし。覚えたよ。また来てね」
そして俺は握手会でアイドル声優臼井幸ちゃんに名前を憶えて貰えた。
「やっふー! 臼井幸ちゃん~!」
「想ったより楽しんでもらって恐縮だぞ」
「…………でも不本意」
何故?
「もちろん失恋したんだから次こそボクの推しにだぞ」
「…………あたしの推しになればおっぱい吸いつき放題」
じゃあ両推しで。
「「いいの!?」」
グイグイ来るな。最近。
「でもオメガターカイトのメンツを見るとテンション下がるかも」
「じゃあソレを忘れてしまうくらいのパフォーマンスをするから!」
「…………マアジがあたしの推しで良かったって思わせる」
「角夢杏子ちゃん……は……」
「忘れなさい」
「…………忘れて」
そう上手く心が調整できるなら俺としても問題ないのだが。
「あ、喫茶店寄ってこ。ラブラブジュースとかあったらいいな」
「…………彼氏と一緒に飲むやつですね」
「あと臼井幸はボクとタマモの推しだから」
わかる。あのアニメ声は頭がバグりそうになる。そのアニメ声でアニソンを歌われたら、それは人気ぐらい爆発するだろう。
「臼井幸のライブにはこれからもボクたちと一緒に行こうね」
「ああ、楽しみだ」
「それでさ。楽しめた?」
「すっごい楽しめた。声優さんも可愛いのな」
「そうじゃなくて。ボクのこと好きになれそう?」
「なれる……と思う」
「…………あたしは?」
「おっぱいを揉ませてくれ」
「…………うん……いいですよ」
タユンタユン。フニュンプニュン。スライムのように揺れるおっぱいが童貞の目には眩しい。これを揉んでいいと仰る? まぁ揉まないんだが。すっごく損した気分。
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