第2話:俺の推しは


「えー。由々しきことだが、下着泥棒が発生した」


 プールの授業の後。俺が好きに泳いでテンション高めているところに、そんな提議をする女性教諭。その隣で青ざめた表情のまま泣きそうになっているのは女子生徒。未来において角夢杏子と呼ばれることになる女の子だ。


「犯行のタイミングはプールの時間だろう。その時に――の下着が盗まれた」


 で、その杏子の盗まれた下着を探すために荷物検査をするらしい。俺はやっていないので気楽なものだ。あっさりと担任教諭にカバンを渡す。持ち物検査というか、おそらく荷物から下着が出るとギルティ。


「佐倉。これはなんだ?」


 で、唖然としている女性教諭は俺のカバンから出てきた女性の下着を見て、俺に視線を向ける。何と言われても。


「パンツですな」


 俺があっさりそういうと、ザワッとクラスメイトがどよめいた。気持ちはわかる。俺も自分のカバンから女性のパンツが出てきているので動揺している。というか動揺しない男子がいるのかという。


「えーと。佐倉が盗んだのか?」


「いえ。俺はやっていません」


 実際にやっていない。そもそも俺は角夢杏子と同じクラスで同じ授業。体育であるプールもしっかり出席していたし、どこに盗む余地が?


「それは……」


 俺の言っていることが真っ当なのは女性教諭も理解しているのだろう。角夢杏子が下着を盗まれたらもちろん問題になる。そうと知ってわざわざ自分のカバンに入れておくか。俺ならどこかに隠しておいて、下校時に回収する。


「了解しました。では話を聞きたいので生徒指導室に」


 そこで俺は冤罪を晴らすために弁論を尽くした。というか何故俺は下着泥棒として扱われているのか。そこから意味不明だ。自己弁護すること一時間。俺にコーヒーを差し出して討議のために席を外した教師たち。職員室で会議をするのだろうが、俺は帰してもよくないか?


「はあ」


 おそらく罪には問われないだろう。そもそも冤罪なのだから、糾弾される方が間違っている。というか俺のカバンに角夢杏子の下着を混入させた人物こそが問題だ。


「つまりこれはイジメなのか……」


 俺を下着泥棒に仕立て上げるための。


「あのー」


 ほぼ軟禁されている状態の俺。その生徒指導室に一人の女子が現れる。角夢杏子だ。


「大丈夫?」


「何が?」


 俺の率直な感想だった。大丈夫かと聞かれると、そもそも何が問題なのか。


「佐倉くんは冤罪ですよね?」


「そうだな。俺ならもっと上手くやる」


「その……欲しい?」


 何を?


「私の……パンツ……」


「まぁ欲しいか欲しくないかで言えば欲しいが。せめて学外で提案してくれないか? ここで俺が肯定したら冤罪が有罪判決になるだろ」


「でも下着」


「パンツを盗んだのは俺じゃないが、男子ってのは女子のパンツを欲しているのは仕方ない事なんだよ」


「そっか。じゃあ上げる」


「絶対いらん」


 受け取り拒否。クーリングオフ。


「私のパンツじゃ足りない?」


「俺だって十字架背負わなくていいなら欲しいけどさ」


 石を投げられるのはごめんだ。


 そんなわけでこんなわけ。もちろん俺は学内で下着泥棒の冠位指定を受けて、伝説の下着泥棒として名を馳せた。俺は何もしとらんだろうが。


「下着泥棒……」「変態……」「見るだけで妊娠しそう……」


 などなど。俺の立ち位置は既に下着泥棒で。女子は露骨に引いていた。俺と廊下をすれ違っただけで青ざめる生徒が出る始末。ついでに男子生徒は俺を弱者と認識したのか。揶揄うように無責任な煽りをしてくる。


 とはいえだ。味方はいないでもなかった。


角夢杏子つのゆめきょうこ?」


「そ。デビューしたらそう名乗ろうと思って。アイドル目指してて」


「アイドル……」


「変…………ですか……?」


「いや。なれるんじゃない? 俺はよく知らないけど。可愛い子がなれるんだろ?」


「なれたら推してくれる?」


「アイドル角夢杏子……か。そうだな。お前を推すよ」


「じゃあアイドルになった私に最低一人はファンがいるわけだ」


「ていうか俺と会話していいのか?」


 俺は学内で有名な下着泥棒だぞ。そして角夢杏子はその被害者だ。


「でも冤罪なんだよね?」


「そらまぁ」


 さすがに学内で下着の窃盗をするほど俺は飢えていない。


「もしかしてパンツ欲しい?」


「要らない」


 ノーセンキュー、と俺は手の平で空気を押した。こういう事をやって風紀を乱し内申点が下がるのは俺の本意ではない。


「じゃあいいじゃん」


 何も良くは無いのだが。事実として学内で俺と話をしてくれるのが杏子だけともなれば、俺は彼女に依存せざるを得ない。女子なんて席替えで俺の隣になった瞬間ガチ泣きし、男子は斜め隣になるだけで神に十字を切る。だから俺はやってないだろうがという言い訳は、既に俺はしなくなっていた。いわゆるレッテル張りとしての機能は十全に働いており、解除するのは難しい。


 だから俺が学友に関しては何も言わないようにしていた。相手が俺を引くのなら、俺から言い訳をする理由がない。引きたいなら引け。それに関して俺は責任を持たない。


「じゃあアイドルになったら教えるね」


「さっさーい」


 そうして俺は角夢杏子をアイドルにする後押しをした。後刻、その結果は報われることになる。角夢杏子はオーディションに受かって、アイドル事務所に所属することになる。中高生を集めたアイドルグループ。名をオメガターカイト。


「なれたよ。アイドル」


「おめでとうございます、と言っておく」


「やれると思う?」


「さあ? そもそもアイドルを知らん」


「だから応援したくなるかってこと」


「そうだな。推してやるよ。アイドル活動はしたことないが、俺の全力でお前を推す」


「には。じゃあ頑張るよ。オメガターカイトを国民的アイドルにする」


「頑張れ」


 そうしてオメガターカイトは発足した。
















 そのデビュー記念写真で、角夢杏子は端っこの方に映っていた。




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