推しのアイドルが所属しているグループのメンバーが俺の家に入り浸る

揚羽常時

第1話:プロローグ・オブ・エンド


「今日のゲストはオメガターカイトの黒岩ルイさんです。ようこそフラワーチャンネルへ」


「よろしくお願いしますぞ。ちょっと緊張しちゃったりして」


 ネットのワイドショーで、オメガターカイトの黒岩ルイが少し困った顔で微笑んでいた。


 紫色に光る黒髪と、穏やかそうな笑顔。誰彼魅惑して(一部例外有り)自分のファンに引き込む魔性。一般的に美少女と呼んで差し支えない女の子だ。胸が大きく腹部は引っ込み、黄金比のような体形をしている……とネットで噂らしい。実際のところは知らんけども。


「…………」


 テレビ番組を見なくなってどれくらい経つだろうか。俺の部屋のテレビは既にネットに繋がっており、パソコンを弄っていなければ、大概テレビでネット番組を見るという生活を送っていた。その俺はもれなく一人暮らしをしており、私立の高校に通っているありふれた少年である。その俺はズゾーとパスタをすすりつつ、無気力にテレビの画面を見て、いったいテレビに映っている黒岩ルイにどんなコメントをつければいいのか悩んでいた。


「なんか珍しい味のパスタだけど……何て言うんだぞ?」


 その俺の一人暮らしの部屋に入り浸っている人物が一人。


 善意で作ってやった俺のパスタを、まさに当然の如き態度で食べるソイツは、皮肉にもテレビに映る黒岩ルイと同じ容姿をしていた。紫色の反射する黒髪と、ボインの大きな肢体。だがその目は虚ろ気に細められ、あずき色のジャージで武装。テレビとは違って度の強い眼鏡がかかっている。


 俺はズゾーとパスタをすすり、料理名を口にする。


「プッタネスカ」


「知らないパスタだぞ」


「日本語で言うと娼婦風パスタって訳せるな」


「ボクがビッチってこと!?」


「否定はしない」


 ズゾーとパスタをすする。ちなみにパスタはソバやうどんと違ってすすってはいけないのだが、ここではツッコミの一つも起こらない。その俺の隣でパスタを食っている黒岩ルイはフォークで巻き取って欧州風に食べている。どうやら食事マナーは俺より意識が高いらしい。


「皮肉?」


「いや。単にネットレシピで見つけたから作っただけ」


 別にアイドルを娼婦だと思ったことは無いし、ついでに言えば俺には推しのアイドルがいる。


「はー。美味しかったぞ。御馳走様!」


 で、ネット番組を見ながら食事を終えると、満足げに笑んで、それから黒岩ルイは俺にこう言う。


「コーヒー頂戴! ブラックで!」


 このクソビッチが。


「いい加減家に帰れ」


「良いじゃん別に。ボクとマアジの仲だぞ」


 つまり他人だろうが。


 とか言いつつコーヒーを出してしまう自分が憎らしい。


「あー、いーなぁ。頼んだらコーヒーが出てくるんだもの」


 テレビで緊張している様子の黒岩ルイは純情ぶっているが、現実のコイツはずぼらで面倒くさがりで腹黒く……ついでに立っているものは男でも使う。


 俺は食事が終わって皿洗いに従事するが、もちろん俺の創作料理を食った黒岩ルイが気を利かせて洗ってくれる……などという現実は無いに等しい。


「ていうかいい加減ボクの推しになれば? こうやって一緒にいるんだから好きになってくれてるんでしょ?」


「何度も言わせるな。俺の推しは角夢杏子ちゃんだ」


「ボクの方が売れてるのに」


 そういうマウントを取るのはファン的にどうよと思うんだが。


「俺は確かにオメガターカイトを応援している」









 オメガターカイト。






 決して上位とは言えない事務所が運営しているアイドルグループなのだが、それでも経営努力とアイドルの魅力によって国民的な知名度を得るに至ったトップアイドルだ。アイドルに詳しくない人でも「あー。オメガターカイト? 知ってる。アレだよね。『可愛いテイル』を歌ってるアイドル」とか言ってくれる認知度だ。


 そのオメガターカイトのセンターを務めているのが何を隠そう目の前の黒岩ルイだったりする。ちなみに俺の推しではない。俺はオメガターカイトを応援しているが、その中でも角夢杏子ちゃんというメンバーを推している。もちろんライブには顔を出して、手に持つサイリウムは杏子ちゃんのイメージカラーである黄色。個別握手会は常に杏子ちゃんを狙い撃ち。おそらくだがオメガターカイト結成からこれまで俺が個握をスルーしたことは無いのではないかと自負するほどだ。


「ボクの方が可愛いしッッ」


「断然杏子ちゃんが可愛いね」


 ジャーと水が流れて、俺は二人分の食器を洗う。


 この黒岩ルイとか名乗るオメガターカイトのセンターは、国民的トップアイドルでありながら、俺の人気を勝ち取りたいらしい。いや、俺が推さなくてもお前には数万人単位のファンがいるだろ。


「目の前で他のメンバー推されるのが悔しいの!」


「だって俺にとっては杏子ちゃんが特別だし」


 ちなみに角夢杏子ちゃんはライブでも端っこの方で、ダンスをしてもあまりファンの印象には残らない。だが俺にとっては神に遣わした最後の天使だ。常に杏子ちゃんのイメージカラーである黄色のサイリウムを振ることは俺の使命。


「そういう逆張りって良くないと思うぞ。世間的に人気なコンテンツはそれ相応の理由があって」


「だからって世間体だけで推しを決めるのもまた違うだろ」


 俺にとっては角夢杏子ちゃんこそオンリーワンだ。


「ボクのこと推してよー!」


 既にオメガターカイトのセンターを務めていながら、それでも一人でも多くのファンが欲しいらしい。だが悪いな。俺の推しは死ぬまで角夢杏子だ。


「あの子だって裏では男と付き合っていたりするかもよ?」


 …………。


 ……………………。


 ………………………………グスン。


「ゴメン。嘘。泣かないで?」


 あの可憐で純情な角夢杏子ちゃんが男と付き合っている。そんな想像をするだけで俺の胸はAカップ。男なんだから当たり前だが。


「ほら。でもボクならファンを裏切ったりしないし。此処にいるんだから隠れて男と付き合ったりしないし」


「そうですかー」


「何その淡白な反応」


「はー。杏子ちゃんマジ神。その瞳は一億ボルト」


「もういい! ボクお風呂入ってくる!」


 そう言って、普通に俺の部屋の浴室へと足を進める黒岩ルイ。あのー、俺も男だからお前に俺の部屋の風呂を使われると色々とな?


 とツッコミの一つも入ったりするが、もちろん既にいつものことだ。


 メディアでの外面でファンはあっさり騙されているが、現実のコイツはものぐさ太郎である。俺の部屋の風呂を使うのも、風呂掃除が面倒だという一点に尽きる。


「はー。いいお湯だった」


 で、タオルを肩にかけて、俺のシャツを着て、それ以外何も着ていない黒岩ルイが上がってくる。


「服を着ろ!」


 胸が大きいだけに、俺のシャツを着ても胸元の盛り上がりが伊達ではない。もちろんそんなシーンに俺が何を思わないわけもなく。


「意識しちゃう?」


 ニヒッと笑うオメガターカイトのセンターたるアイドル黒岩ルイ。


 犯すぞマジで。

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