玄関

 ごちゃごちゃした入口とさっぱりとした入口。あなたはどちらが良いだろうか?

 僕はどちらかといえばすっきり片付いた方が好きだ。整っている方がいい。人間関係も同様である。

 敵わないと思うのは、祖母の家にしつらえられていた騒がしい大通りのような玄関だけだ。

 祖母は綺麗好きだった。物はきっちりしまうし、いらないものと片づけないものは捨てられてしまうのだ。

 玄関は例外。何故かというと旅行先のお土産たちの社交場だったからだ。

 大抵は祖父が買ってきたもの。旅行が好きな祖父はとりわけ、海外旅行に行くのが好きだった。明らかに祖母と行きたそうだったのだけれど、祖母は飛行機を極度に怖がったため叶わなかった。

 そのかわり、祖父は毎回のようにお土産を買ってきたので、祖母は玄関に飾った。おかしみを含ませるように。

 例えば、チャイナドレスの女性の前にロンドンの近衛兵が守るかのように背を向けて立ち尽くす。二十八年前ならば簡単にわかるジョークなのかもしれない。ネイティブアメリカンの置物が――当時はインディアンと呼んでいたが――叫んでいるように見え、隣り合うくらいの近さでアルプスを思わせる女の人が歌っていた。一緒に歌っているようにも見えたし、ネイティブアメリカンがはやし立てているようにも見えた。声は聞こえないが、人形の服装からヨーデルを歌っているのだと信じていた。

 他にも色々と、とにかくジョークやストーリーが読み取れる配置だった。

 玄関は実に無国籍。だが決して無秩序なんかではなかった。

 秩序ある無国籍。未来を見出していたのだ。難しい話は、今だから気が付くのだ。

 当時はお土産たちと祖母を見て、いつもむずがゆさを感じていた。

 それは言い表せず、故に理解できなかった。

 今になって言うのも悔しいが、祖母のことを大変誇らしく思っていたからだろう。今なお、規範たる存在である。言葉にして伝えなかったのは苦い後味を残している。

 このお土産たちの話について、結びとなるときのことを述べようと思う。

 祖父が肺ガンで死んでから、祖母は不調を一年も患い続け、のちに追った。彼女の最期は入院中の病院だったので、祖父母の家は永遠の留守となった。

 家は取り壊すことになり、家財も全て廃棄することに決まった。

 母がそのことを教えてくれたのだが、僕は涙の代わりに、

「玄関がなくなっちゃうんだね」

 という言葉を零した。

 母は明察の人だった。その言葉を受け、間を置いてから彼女は一言添えた。

「よし、ちょっと買い物してくる。おばあちゃん家にいく準備してて」

 明察の上、身軽な母はさっさと買い物に出てしまった。

 三十分後に帰ってきた母。僕は支度済みだったので、彼女はタンスから大きなボストンバッグを取り出し、軽自動車のキーを手に取り、

「行くよ」

 という合図で抜け殻の家に向かった。

 出発前の車内で母はインスタントカメラを手渡した。三十九枚も撮れる高価なカメラだった。今でこそデジタルカメラが主流だが、この頃の写真といえばフイルムカメラで撮り、現像するのが当たり前。大抵の人間なら、シャッターは緊張感をもって押していた。

 母は言った。

「便利なものは、こういうときにありがたく使わせてもらいなさいな」

 背中を引っぱたくような力強い笑みだった。

 祖母の家に着き、ふと母が玄関の様子を撮るというので一旦カメラを返した。四枚ほど玄関の全体をフイルムに収めた母から返却された残り三十五枚のフイルムで僕は玄関とお土産たちをくまなく写真に残した。

 フイルムのカウンターがゼロを表示した後、母の持ってきたボストンバッグにお土産たちを入れて、我々は帰宅した。

 かつて祖母の家だった場所は一年ほどでコインパーキングになってしまった。最早、家の面影は絶え果てたが、お土産と写真は今でも僕が持っている。

 現在、マンションに一人暮らし。玄関は広くないので多く飾ると雑然とする。祖母のような秩序ある無国籍はいつになるやら。

 それでも、なるべくおかしげに仕立てている。

 ネイティブアメリカンは、今日も陽気なヨーデルを歌っている。

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