第3話
次の日の放課後。
いつもより30分早く部活を終えた俺は、忘れ物を取りに1人で教室に向かっていた。
明日提出しないといけない大事な課題を机の中に入れたままにしていた。危うくまた怒られるとこだった。
危ない危ない。
そろそろ本気で勉強をしないと、進級が危ぶまれるな。もうとっくに先生からは問題視されているけど。
5組に近づくにつれて、扉の前に人影を感じていた。
こんな時間に誰が。もう下校の時間は過ぎているから、校舎に残っている人はいないはずだ。
幽霊かと思っていたけど、どうやら幽霊ではなかった。
扉の前に立っていたのは
教室の中に入りたい僕にとっては、扉の前にいられることは
うちの教室の前にいるってことは、用があるってことだよな。はあー。本当はしたくないけど、話しかけるか。
「うちの教室に何か用?」
俺がそう訊くと、三好はうすら明かりの廊下で不気味に笑ってこう言った。
「君を待っていたんだよ」
そう言いながら、僕にノートを見せつけてきていた。そのノートはあの僕が触れた『海辺ノート』だ。
そういえば、このノートに触れてからおかしなことばかり起きている。何かしらの因果関係は間違いなくある。見せつけて何がしたいというのだ。俺としてはもう二度と触れたくない代物だ。特級呪物なのだ。見るだけでも嫌になる。
俺は三好を横目に睨みながら、西山先生から預かった教室の鍵を使って扉を開けた。
教室の入って自分の席で忘れていた課題を探した。
確か机の中に入れていたはずだけど、どこに入れたのだ俺。日頃から整頓しておけばよかった。毎回後悔するけど、学べるほど簡単には性格は治せないんだよな。
不意に視線を廊下に向ける。
三好は中に入りたそうに廊下から教室を覗いていた。薄気味悪く顔を半分だけ見せつけて。
まあ、話もしてみたいと思っていたから、ちょうどいいのかもしれない。
「入れば」
三好は笑いかけて口を開く。
「失礼しまーす」
入るなり一直線に俺の近くまで歩いて、俺の前の席で背もたれを抱えるように座った。
「お招きありがとう。有意義な時間を過ごせるといいね」
それは三好次第だ。と言いかけて言葉を飲み込んだ。三好に機嫌を悪くされたら、せっかくの時間が無駄になるから。
はあー。
ため息なんて出すつもりなかったのに、自然と口から息が漏れていた。
「君も座れば」
三好に言われて自分の席に腰を下ろす。
訊きたいことはたくさんあるけど、三好が話を始めるのを待った。今回は会いにきたには三好の方だから。
三好と視線がぶつかって、何か聞いてよと言いたそうな目を送られるが、俺は首を横に振る。
「このノートについて色々知りたいんでしょ?」
ついに口を開いた三好はそう言った。
黙って聞いていた俺も反論をする。
「聞きたいけど、会いにきたのは三好の方じゃん」
今度は三好の方がため息を吐いた。
「昨日。わざわざ教室まで来ていたんでしょ? 用があったのは君じゃないかな?」
そうか。きっかけを作ったのは俺のほうか。山内さんと話をしていて、すっかり満足してしまっていた。
生唾を呑んで深呼吸をして、息を整えてから三好に訊く。
「じゃあ訊くけど。そのノート一体何なの?」
三好がすんなり話してくれないから、教室中に緊張感が増していた。額から汗が一粒、頬を通って首元にまで到達していた。
「このノートはね……」
ゴクリ……。
固唾を飲んで、三好の言葉を見守る。
「未来を書き換えることができる『
ドヤ顔で決めている三好。言っていることがわかっていない俺。さっきとは違った緊張感にこの教室は包まれていた。
一体何のことを言っているんだ。それに、三好はなんでこんなドヤ顔を決められるのだ。こいつ。さては変人だな。
「……ごめん。もう一度いいかな?」
空気感に耐えきれずに訊いてしまった。
三好もさっきの自信があった顔とは打って変わって、急に恥ずかしそうに前髪を
「えっと……だから、つまり?」
なぜ疑問系? 僕に聞かれても。三好が切り出した話じゃないか。
「改める、変えるの
恥ずかしさはまだ拭えないみたいで、目が合った瞬間に視線を逸らされた。相変わらず前髪を弄りながら。
「えっと、つまり。それは、
三好は目を合わせることはなく無言で何度も頷く。
って、聞きたいことはそうじゃない。
「このノートに書いたことは、実際の未来で起こるんだ。このノートは未来を変えることができるんだよ」
それを聞きたかったんだけど、そんなことを急に言われても俄かには信じられない。未来を変えるって。行動次第では変わりそうではあるけど、そういうものではないのか。第一馬鹿馬鹿しい。そんなこと現実であり得ない。
「自分の思い通りに未来を書き換えることができるんだよ。将来の夢とかこのノートに書いたら思い通りにできるんだよ」
加えて説明されるが、信用をできるほど俺は三好のことを知らない。初めましてだ。
「そういうのは中学生で卒業しないと」
俺の言葉を聞いた三好は、あからさまに怒っていた。
無理もない。俺だって三好の立場ならそうなっていたかもしれない。でも、三好だって俺が学年下から2番目の学力だってことくらいは知っているはずだ。サッカー部で流布されているから全校生徒の共通認識みたいになっている。最近では理数科の天才たちにも言われたのだ。いくら友達のいない三好だとしても知らないわけがない。三好は頭がいいという、噂もあるし
「俺なら騙せると思ったのかもしれないけど、流石に騙されないからな。そんなこと現実にあり得ないよ」
言いながら席を立った。
三好をこの教室に1人にするべく教室を出ようとすると、三好は俺の手を掴んで進むのを阻んだ。
「待って。本当なんだって」
「そんなこと言われても信じられないよ。だって話をするのだって初めてみたいなもんじゃん」
三好に掴まれていた手を振り払って、三好に背を向ける。教室の扉を前に背後から三好に話かけられる。
「待って。今から、ノートに明日の朝練に遅刻するって書く。それで神山君が遅刻したなら信じてくれる?」
俺は振り向くこともせずに答えを出す。
「その賭け乗った」
「明日、Shaun《ショーン》で待っている」
俺は無言で教室を出て家路についた。
鍵の存在に気がついたのは、家に帰ってからの話だった。俺にできることは三好に賭けることだけだった。
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