エピローグなんだよな

今日の部位はなんでしょう

 クソ暑い夏がやってきて、暑すぎると思いながらアクセサリーを売っている間にカレンダー上では秋がきた。うーん、早い。オータムデザインのペアリングがでかでか写っているポスターを店頭に貼り出しつつ気温は全然夏だよなと独り言を言っちゃったくらいには秋っぽさが見当たらない。

 仕事はぼちぼち順調だった。今日もまあぼちぼちで、最後に接客したお客さんにピアスを二つ買ってもらえた。その後にすぐ時間を確認して早番な俺はちょっと焦って、遅番担当の社員に後を任せると告げて急いで退勤した。夜と夕方の間の時間だ。ビルの隙間に青空と夕焼けが混ざり合ったゴールデンアワーな色が浮かび上がっている。

 それを横目にしながら足早に最寄り駅へと向かった。駅ナカには入らず、駅前広場で待ってくれていた相手の名前を呼んだ。

「奴原さん!」

 スマホを覗いていた奴原は顔を上げた。

「久坂部さん、お疲れ様です」

「奴原さんもお疲れ、待たせてごめんな? 最後の客の相手にちょっと手間取っちまって」

「いいえ、さっき来たところです」

「お、おう、それならいいけど、」

「はい、行きましょう」

 奴原はスマホを鞄の中に入れ、駅の中に入っていく。

 もう結構一緒にいると思うんだけど相変わらずAIみたいな返しをしてくるよな俺の恋人は……とか心の中で密かにぼやく。まあでもそういうところも好きなんだよな、何かしらの琴線に触れたら超爆笑してくれるところとか可愛いんだよな、後ろでまとめてる長い髪も綺麗だし俺いつの間にか黒髪長髪フェチじみてきてんだよなと更にぼやきながら、改札を抜けて電車に乗って数駅先で二人で降りた。

 今日は二人で焼肉を食べに行く約束をしていた。炭火焼きの個室な焼肉屋で、タンとホルモンが美味いらしい。駅から数分歩いたところの繁華街内にある店舗だ。

 道順をスマホで調べながら奴原を案内し、人の多い大通りを並んで歩いた。いつの間にか夜になっていたが繁華街はずっと明るく、あちこちにカボチャやらガイコツやらおばけやらが飾られていて異世界じみた空気があった。

「カボチャ、美味しそうですね」

 奴原がカボチャ飾りを眺めながら言う。

「久坂部さん、良ければ次は、僕の部屋で僕の手料理を食べませんか。カボチャを煮ますよ」

「お、いいのか? 俺も結構、カボチャ好きだよ」

「良かった。じゃあカボチャ、買っておきますね」

 目を細めて微笑んだ奴原は、はらりと垂れてきた伸びた前髪を耳にかけた。その時に長袖の下から俺のプレゼントしたブレスレットが見えた。心臓が跳ね上がった。毎日つけてくれてるって知っているんだけども実際に目にするとやっぱ緊張するし嬉しいしで心拍数がどうしても上がってしまう。

 そしてヘタれる。ブレスレットつけてくれてありがとうと言いたいのに言えなくて、誤魔化すためにハッピーハロウィンな景色を見上げて咳払いとかしてみたところで、俺の体はしっかり反応してしまう。

 そう、部位が取れていた。左手がぼろんと落ちちゃった。

 素早く上着に手を突っ込んで隠したが、部位取れを長年経験してきた猛者である奴原には隠せない。焼肉屋に到着して個室に案内された後、奴原は全てをわかっている様子で俺に向けて掌を差し出した。

「さあ、久坂部さん、おとなしく渡してください」

「うぐ……」

 ヘタれると取れちゃうっぽいことが既にわかってるので恥ずかしくて出しにくい。だからまごつく。差し出して食べてもらわなくてもそのうち生えるには生えるんだしと食い下がってみたりもする。

 でも奴原は首を振る。今までずっと僕のために食べてくれていたじゃないですかと言ってから、花が開くような純粋さで微笑んだ。

「今日の部位はなんでしょう?」

 可愛すぎて負けた。立場変われどいざ実食するしかない。

 俺は諦めつつ満たされつつ、サレンダーして取れた左手を差し出した。

 

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