11 おかえりなさい、久坂部さん

 結論から申し上げるが、取れた。

 どこなら取れても大丈夫か考えて、指も耳もアクセサリーをつける部位だから必要だし首なんかは次こそ死ぬかもしれねえし、悩みに悩んで左目と答えたら奴原は目を丸くしたあとに噴き出して、ベッドマットをばしばしと叩きながらかなりの爆笑をしてくれた。初めて会って盛り上がってベッドインしちゃった日の朝を思い出した。奴原の笑いのツボはいつもいまいちわからないが、とりあえず俺は片目を差し出す構えをした。

「ほら、取れるもんなら取ってくれ」

「怖くないですか?」

「脳吐いたからわかるが、痛くはなかったから怖くても平気だ」

「それなら目にしますが……あ、自分で取る方がいいかもしれません」

「それはそうだな……」

 奴原は頷いた。俺も頷いた。伸ばした指で自分の左瞼を触り、柔らかい皮膚と滑らかな丸みの眼球の感触を確かめてから、ええいままよ! の勢いで中指を上部と親指を下部にぶっ刺した。やっぱり痛くはなかった。ぐにぐにと押し込んでいって「あ〜〜痛くねえけど変な感覚!」と叫びながら二度目のええいままよ! で引き抜いた。ぽろんと取れた。左の視界は当然なくなったけどそんなことよりマジで取れた状況の方に意識が向いた。

「目玉はこちらへ」

 奴原が手を差し出したので掌の上にそっと置いた。何をするのかと思えばそのまま踊り食いした。

「えっいやちょなにして」

「これで、三日以内には再生すると思います」

「そうなのかそうだとしても、もう一言くらい寄越してから食えよ! びっくりするだろうがよ!」

「早く生える方がいいかと……すみません」

 ぺこりと頭も下げられたのでこれ以上は言い募らなかった。それに奴原の言うことも一理というか百理くらいはある。俺は現在、完全に部位が取れるし生えるし奴原のようになっているのだ。

 そして奴原自身は部位が自分では取れなくなっているらしい。

「勝手には取れるのか?」

「わかりませんが、恐らく取れないと思います。そういう症例がすでにありますので」

 部位を食べ合っていたという夫婦の話で、何にせよ今はもうこれ以上はわからない。予想の範疇を越えない話しかできないし一旦このまま暮らしていくしかないだろう。

 思いのほか時間が経っていた。あと三十分もすれば日付を跨ぎそうだったから寝ることにした。奴原は念の為、今日明日とここに泊まって俺の様子を見てくれるらしい。流れで同棲しちゃってもいいぜと冗談のつもりで軽く言ってみると「検討しておきます」と返された。予想外の反応にドギマギしているうちに電気が消されて眠りについて、何事もなく朝が来た。

 

 姫野と会ったのは翌日の昼のファミレス、市平さんと会ったのは三日後の朝の喫茶店だった。

 姫野は俺と顔を合わせるなりわざとらしく肩を竦めて溜め息を吐きながら首を左右にゆらゆら振った。

「まったくもう、心配かけすぎだよブラザー」

「一昔前のアメリカナイズホームドラマやめろ」

「いやでもマジでさ、これでも結構心配したんだよ」

「わかってるよ、悪かった」

 頭をしっかりと下げて見せた。姫野は鼻息で面白そうに笑いつつ、俺の頭頂部を掌でぱしりと叩いた。

 俺と奴原に起こっていることを掻い摘んで話した。とりあえず現状維持、取れるようになっちまったから気をつける、面白がって取りまくらないようにも気をつける、もしかすると奴原と同棲するかもしれない。

「一番最後の惚気、何?」

「惚気だけど別にいいじゃねえか、自慢させろよ!」

「私しか言う相手いないもんねえ」

「こ、今度会う市平さんにも、言える」

「人間関係が悲しすぎる、これ以上おちょくれないじゃん」

 こんな感じで姫野とは今まで通りの軽い会話をし続けた。お互い用事があったからファミレス前で別れたが、最後に姫野は片手を上げながら苦笑気味に言った。

「ま、心配かけんのはこれっきりにしてね!」

 謝ると手をひらひら振って、背中を向けて去っていった。角を曲がって見えなくなるまで見送った。

 この二日後に喫茶店内で顔を合わせた市平さんは「ほんまや、無事に生き返ってる」と顔に書きながら俺に向けてお辞儀をした。

 諸々の報告を終えたあと、真似できるかなとふと思い心の中で「無事に生き返ったぜありがとうベイビー」とキザに念じてみたら伝わったらしく、市平さんは飲んでいたアイスコーヒーを噴き出しかけた。

「部位取れるようになっただけやなくて顔で会話できるようにもなってもうてるやん」

「プロフィール書く機会あったら特技に顔会話って書くことにするよ」

 市平さんはコーヒーをちゃんと一口飲んでから、顔に「元気そうなんはほんま良かった」と書いた。俺は感謝して謝罪してこれからもよろしくと顔ではなく声で伝えた。市平さんはモーニングの食パンを齧りながら頷いた。

「雑誌のムームー、だいぶ使えるみたいやから、もしまた部位取れ系のなんかが起こったら頼ってください。解決方法見つけられると思う」

「マジでほんとによろしくお願いします、もう脳味噌は吐きたくねえ……」

「あー、それはこう、久坂部さんの深層心理っちゅうか……」

「深層心理」

「私と姫野ちゃんで調べた感じやと、重要な部位吐くんは成人済で、未婚で、せやけど相手はおる奴」

「つまり……」

「将来の不安やとか相手との関係性に悩んでストレスがかかってもうて、吐いてもうてるんやと思われる」

 俺は何も言えなくなった。市平さんは顔に「頑張ってください」と書きながら食パンを食べ終えた。

 モーニング完食後、市平さんとは本屋まで一緒に歩いた。これから遅番の仕事らしい。

 店前で別れを告げて、俺は一度職場のアクセサリーショップに寄った。急な病欠(にしてくれていた)を勤務中のスタッフ達に謝罪して回り、明日からは出勤すると宣言した後にアクセサリーを一つ買った。指輪はまだ早いと思ったのでブレスレットにした。普段着に合いそうなカジュアルユニセックスなシンプルなものだ。

 それを携えて、アパートに行った。

 俺のではなく、奴原のアパートに真っ直ぐ行った。

「おかえりなさい、久坂部さん」

 部屋でホラー小説を読んでいた奴原に俺はブレスレットを差し出して、

「で、できれば一生一緒にいてくれ……」

 とロングヒットレゲエじみた本音を言った。

 奴原は目を丸くして固まった。それからブハッと大きく噴き出して、手で作ったOKサインを俺に見えるように揺らしてくれた。

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