3 ついさっき来たところですし
「あ、クサくーん!」
待ち合わせ場所に着くなり姫野に呼ばれた。そっちを見るとすでに三人の姿はあって、うわ待たせちまったとちょっと焦ったけど三人とも特に気にしていない様子だったからほっとした。
「すまん、遅くなった」
とりあえず一番に謝ると奴原が笑いながら首を振った。
「問題ないですよ。僕もついさっき来たところですし」
「そっか、ありがとう。奴原さんは優しいよな」
などとさっきまでやり取りをしていたくせに口頭でもこれはもうカップルでは? な雰囲気を醸し出す、が。
視界に入った市平さんが「ツッコんでええ空気なんかわからーん!」という顔を思いっきりしていたから視線をそっちに向けて頭を軽く下げることにした。
「どうも、この前ぶりです」
「あっ、いえ……どうもです」
「敬語じゃなくても大丈夫ですよ」
「はい、あいや、うん」
「よさこいみたいな言い方したな……」
ついツッコみが飛ぶのは俺の癖でもある。市平さんは視線を逸らしつつ眼鏡を指で押し上げ、笑いを堪えるように肩を振るわせた。どっちかといえばソーランちゃう? という顔をしていた。この人はやはりかなりのツッコみ気質だ。俺と姫野と奴原は三人とも笑ってしまった。
和やかに集合と集合の挨拶ができたので、予約している居酒屋に移動し始めた。晩飯時のいい時間帯だ。店は駅近の繁華街方向にあるから進んでいるうちに人の数が増えていった。店まで歩きつつ奴原と話そうかなとも思ったが一旦譲った。俺の目の前ではほぼほぼ初対面である奴原&市平が何やら会話を楽しんでいた。奴原はニコニコとしているし、市平さんはこの人ええ人やなと顔に書いているし、穏やかな雰囲気がそこには生まれていた。
「まあ、相性は良さそうじゃん?」
俺の横にいる姫野がこっそり話し掛けてくる。
「クサくんは妬いちゃうかも知んないけどー」
「うるせえな。俺も相性良さそうで安心してるわバカ」
「あ、ほんとに? 嫉妬の視線かと」
「そこまで心狭くねえっつの」
若干は虚勢だが姫野はおそらくそこまでわかっているため、にんまりと笑っただけで特に何も言いはしなかった。
店は賑やかで人の数が多かったし、席空きを待っている客も数名いた。だが俺たちは予約様。予約したらしい奴原が名前を告げるとすぐさま奥の方の半個室四人席に通された。
座り方は俺と奴原、姫野と市平さんが隣合わせになった。俺の目の前は市平さんだ。外と中の温度差で曇ったらしく眼鏡を外して拭いている。眼鏡キャラはたいへんだ。
それぞれ席に落ち着いたあと、奴原がメニュー表をテーブルの真ん中へおもむろに置いた。
「席しか予約してませんので、皆さん好きなものを頼んでもらって大丈夫です」
とのことだったため、全員でこれ食いたいあれ食いたいアルコールはどれにしよう今時一杯目は生ビールとかは流行らないと話しながら適当に注文していった。全員分の飲み物はすぐに来たが料理が出揃うまでは多少時間がかかるし、雑談タイムがやってくる。そんなに重要な話はしないが俺としては市平さんだ。なんせ俺と奴原はほとんど彼女のことがわからない。ちらっと隣を見ると奴原は微笑んだ。何の微笑みかは謎であり、うーん俺奴原のこともあんまわかってないかもと思うなどもしたが、とりあえず市平さんに目を向けた。
「市平さん、姫野と仲良くしてくれてありがとうな」
声に出してから親みてえなこと言っちまったなと思ったが市平さんも顔に「この人親なん?」と書いてあった。でもすぐに気を取り直したみたいで軽く頭を下げてきた。
「いや私こそ姫ちゃんにはよくしてもらって」
「ああ、そうなんだ。カードゲーム? が趣味なんだよな?」
「趣味というか……魂ですね」
「なんて?」
「魂、ソウル。昨日も新しいカードを手に入れて新しいデッキ組もうと夜遅くまで魂を燃やしとったんやけど」
「ごめん俺と奴原はマジでわかんねえからさ……」
市平さんは「そらそうや」と顔に書きながら頷いて、
「姫ちゃんとは初詣も行ったんよ」
既知の情報を笑顔で教えてくれた。市平さんの肩を叩きながら姫野が頷いた。
「いやー、初詣めちゃくちゃ人多かったねー!」
「そらそうやん、初詣やもん」
「おみくじも長蛇の列。新作カードの待機列と同じくらい長い」
「そらそうやん、新作カードやもん」
「バトルはどこにでもあるんだね」
「人間のサガなんかもしれへんね」
会話をここまでふつうに聞いてしまった。二人のやり取りは軽妙で本当に気が合うというか姫野のコミュ力がすごいというか……いや多分どっちもだなこれ。
納得しつつ俺は奴原となにか話そうとしたが、このタイミングで料理がやってきた。バラバラと唐揚げやら大皿のサラダやら串焼きやら酢の物やらが並んでいって一気にテーブルが狭くなった。
「じゃあ……乾杯するか」
なんとなく全員アルコールに手を付けていなかったので代表して声をかけた。四人でグラスを持ち上げ乾杯! と勢いよく言ってから、それぞれ食べたいものを好きなように皿へと取っていく。と思ったが市平さんが俺の近くにある野菜の串焼きに熱烈な視線を送っていたので代わりに取ってあげた。なんでわかるん? という顔をされたがわからない方がおかしいし市平さんはすべて顔に出るので助かるといえば助かる相手だ。
「野菜の串焼き好きなのか?」
「え? いや、なんとなく食べたいだけやけど」
これも嘘ではないと顔を見るだけでわかる。なんていうか、奴原と真逆かもしれない。なんせ奴原は顔を見ても話を聞いても何を考えているかわからない時がやっぱり多いのだ。
そう思いつつ隣を見た。奴原はすでに俺を見ており、片手にはカシスオレンジの入ったグラスを持っていた。話し掛けようとした瞬間にそれは起こった。
奴原の右眼がぼろりと零れ落ち、カシスオレンジの中にダイブした。
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