丁重
伏見同然
丁重
クライアントから「違いますね」と5文字だけのメッセージが届いていた。自分だったら同じことを伝えるのに最低でも400文字は欲しいと思う。相手を傷つけないように、自分が傷つかないように、あらゆる気遣いの言葉で、本題を包み込んでから送るだろう。剥き出しの「違いますね」なんて、料理で言えば生魚をテーブルに投げてきたようなものだ。必要ない部分は切り落とし、生臭さを取る下処理をして、相手が今欲している味付けで調理し、素敵なお皿に乗せて出せないものか。
私はその5文字に対して、持っている全ての慈悲の心で返信をしたためた。まずはムードをつくり、外観から内装までこだわり、さり気なく置かれている小物すらなかなか手に入らないもので、置く位置も考え抜かれている。そんな中に完璧な仕入れと調理でお届けする料理名は「知らねえよ」の5文字。この高尚な料理を感じ取る舌と、理解する脳はお持ちだろうかクライアント様よ。
美しく組み上げられた返信文を、上下にスクロールしてほれぼれと眺める。こんな崇高なものを受け取ったクライアントは、きっと圧倒され自身を恥じ、返信をすることさえ躊躇するであろう。私はカーソルを送信ボタンに重ね、手を高く上げてからマウスに向かって振り下ろした。私の築き上げた文章の塊が、デジタルデータに凝縮されて光速でクライアントに向かっていく。そしてクライアントのメッセージアプリで爆発し、クライアントの胸に穴を開けるのだ。
オリジナルブレンドの紅茶が入ったマイボトルに手を伸ばしかけたとき、私のメッセージにスタンプのリアクションがついた。
私がひっそりと文章に込めていた熱は、文章の溶鉱炉をつくり、クライアントはその中に沈みながら親指を天に向けて消えていった。
丁重 伏見同然 @fushimidozen
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