中級興行②

「お疲れ、ペチャパイスキー」

「おつかれー」

 ジュラが控え室に戻ると、ギソードとユイが出迎えた。


「……やぁ」

「やぁ、って…………あぁ。お前あれか。控え室で友達が待ってたことないんだろ」

「……それがどうした」

 ジュラのあまりにもぎこちない対応に、ギソードが食い付く。


「いや、別に。やぁ、はないだろって思って」

「じゃあなんて言うんだよ、こういうとき」

「ん? そりゃあ……」


 視線でユイにパスするギソード。


「ボクに振られても困るよ。そうだな……やってやったぜー! とか?」

「……そうか。少し時間をくれ」

「え、おい……!」


 そうして退室するジュラ。

 咳払いが扉の向こうからしたので、ギソードとユイは息を呑む。


 そして。


「やってやったぜー!」

 勢いよく扉が開かれ、ジュラ、闖入。


「…………よう」

「…………うん。おつかれ」


「ほら、こうなる」

「悪かったよ……。中級初勝利、おめでとう」

「当然だ」

「可愛くねぇやつだな……」


「次ボクだ。行ってくるね!」

「勝てよ」

「負けるなよ、ユイ!」

「もうギソード! 負けないよ!」



◆◆◆



 結果を言えば、ユイの辛勝だった。


 オッズでは1.98対2.25とユイのやや有利気味。対戦相手がそこそこ実績のあるアクターであること、ユイが無名の少女であったこともあって、会場の雰囲気もユイに味方していた。


 魔力放出のみで術式がまだ刻まれていないことは、アナウンスの時点で暴露された(これは公平である)。

 となると警戒すべきは卓越した魔力放出である。相手もそれを意識して、舞台を広く使い、ユイの挙動に注意した。彼の術式が魔弾にさまざまな性質をアドリブで付け加えるものだったことも、彼の様子見という選択に指向性を与える形となった。


 ユイは、ジュラと同じく魔力置換アストラル体をリソースだと思っている。いくら削られても、負ける前に勝てるならどう使うも自由――だからこそ突貫した。防御は漲る魔力に任せて、ひたすら相手を追い詰めた。


 最終的にはアストラル体崩壊寸前……右半身に大きな亀裂を負いながら、ユイが勝利。細身で可憐な容姿に相反した泥臭い戦いに、客席は大いに盛り上がった。



◆◆◆



「やりずれぇ……」

「ギソードは地味だもんね」

 悪気なくユイが笑った。


「毎回結界ぶっ壊すヘンタイと何するかわかんねぇ雰囲気の美少女に比べたら誰でも地味だろ」

「へへ……」

「皮肉だよ」

「いや、ユイは可愛いだろ」

「それは前提だろ」

「にひひ」


 軽口を叩きながら、ギソードは腰に提げた無銘の剣を抜き、その刀身に視線を滑らせる。やや反った片刃に欠けも曇りもない。


「…………」


 ギソードはプレッシャーを感じていた。

 仲間の活躍は嬉しい。それこそ、自分のことのように。


 だからこそ、自分の不出来で水を差すのが……怖い、のだろう。


「…………」


「ギソード」

「! なんだよ、ペチャパイスキー」

「不安か?」

「まぁな」

「いいことだ」

「……そうかよ。で、なんだ?」

「試しに、剣技だけで戦ってみてくれないか?」


 そう提案するジュラの顔は真剣だ。ダンボール越しではあるが、少なくともギソードはそう受け取った。


「……理由は?」

「やればわかる」

「……根拠は?」

「やればできる」

「…………わかったよ。どっちみち、行き詰まっていたところだしな」


 ……。


「大丈夫なの?」

 ギソードを見送ったユイが首を傾げる。

「大丈夫だよ、ギソード強いし。多分、一度だけ術式を使うことになるだろうけど」

「そういうとこだよ、キモいの」



◆◆◆



 オッズ2.68対5.22、ギソード不利。


 対戦相手はクラン"ホップログ"のベテランで、黒星が先行がちの中級相当のアクターだ。

 爆破の術式と、遠心力の増減を自在に操るという魔剣。それなりの派手さと、それなりのテクニカルさ。


(ペチャパイスキーやユイみたいなフィジカルなら、こういう特徴のなさが光るんだろうな……)


 ギソードは冷静に分析する。

 スピードを読めない剣に触れると、魔力で防御していても痛手を負う爆発。資料映像では、初撃で相手の体制を崩し、連続攻撃で押し切る勝ちパターンが目立った。


(……似ている)


 ハマれば勝てる。ハマらなければ勝てない。勝ちパターンがほぼ固定されていて対策が容易く、いまいち勝ち越せない、その他多数に括られる側のアクター。


(わかってるよ。《八握剣マハラジャ》だって、ペチャパイスキーやユイの方が上手く使える。ジュラ・アイオライトなら最強になれる。弱いのは――オレだ)


 憧れとプライドを刻んだ術式。その価値を損ねているのは、ほかならない自分の弱さだ。

 対戦相手との睨み合いの最中、友の言葉を思い返す。


(もし。もし剣技だけでオレに似たコイツに勝てるなら、オレはまた一歩近づける――)


 勝てる側。期待される側。ふとしたとき、あのアクターなら、と考えさせられるような、ジュラ・アイオライトのような本物に。


(――そういうことだろ、ペチャパイスキー)


 ゴングが鳴る。

 歪な緩急の魔剣の横薙ぎ。ギソードはこれを、六割ほどの伸びで踏み込み、地を這うような低さから、掬い上げるようにして刀でカチ上げた。

 瞬間、爆発。その時にはすでに、ギソードは滑るような運歩で相手の背後を取っていた。

 振り切った勢いを魔剣の効果で増幅させ、背後への斬撃。ベテランらしい、経験値に裏打ちされた対応だ。


「そうするしかないよなぁ!」


 これまでギソードは、《一閃》を放つために距離と溜めを取り、次の一撃に転じることだけを考えてきた。


 自分の勝ち筋を徹底的になぞることは、決して間違いではない。ペチャパイスキーに尋ねてもそう答えるだろう。


 だが、これは興行だ。やれば勝てる/やれなければ勝てない組み立てなど、独りよがりも甚だしい。それはとてもつまらなく、格好悪いことだろう。


 だからこそ、経験値を捨てる。《八握剣マハラジャ》へ続く《一閃》を封じたまま、かつての自分を斬り伏せる――!


「これはどうだ⁉︎」

 刀の切先が刃に触れ、起爆。それを峰から伝わせた魔力の波で押し留める。


「チッ」

 今度は壁に当たったかのような急制動を絡めた、払いからの打ち下ろし。ギソードはこれを見切り、ガラ空きの膝下を斬りつける。


「く、そォーッ!」


 見える。見える。見える。

 今まで自分は目を瞑って戦っていたのかと思うほど、相手の動きがよく見える。


 試しに、動きの起こりに合わせて、柄尻に峰を合わせて止めてみた。数度やってみて、その絶技がまぐれではないと確信した観客から歓声が溢れる。


「う、わ、ああああああッ!」

「!」

 狂乱のまま、相手は剣をリングに叩きつけた。その衝撃が爆発のトリガーとなる。


 ……はず、だった。


「《一閃》――」


 相手が振り下ろし、術式が起動するまでの、その刹那を、ギソードは捉えた。

 剣がリングに触れる直前に、相手の魔力置換アストラル体が両断されたのだ。これでは術式は発動しない。


「――あっぶねぇー!」


 不発に終わったことを確認したギソードが叫んだ。


 先ほどの自棄は、周囲を巻き込む自爆技だ。

 自爆技というのは、興行でタブーとされる。観客へのサービスを放棄することと同義だからだ。それを行った者はもちろんだが、それを許した側も、同じく実力不足・配慮不足との誹りを免れないのである。


 逆に。


「すげえっ! 完全に抑えたぞ、あの剣士!」

「ギソードっつったか? ペチャパイスキーとかあのピンクの子と同じクランなんだろ? こりゃ今期のクラン戦わかんねぇな」

「あんな剣の上手いヤツ、どうしていままで中級に上がってなかったんだよ」

「知らないのか? おれはずっと、初級の頃から見てたぜ」

「賭けの半券……本物だ……本物の古参ファンだ……」


 逆に、その自爆を防ぎ、ショーを完遂させたアクターには、惜しみない賞賛と尊敬が注がれる。


「…………」

 歓声の中、ギソードはただ、握り込んだ柄の感触だけを感じていた。



◆◆◆



「おかえりー!」

「やったな、ギソード」

 控え室。椅子で足をぶらつかせるユイと――ぎこちなく手を挙げるジュラ。


「……ふ、ははっ」

「……なんだよ」

「別に。ほんと器用じゃないよな、ペチャパイスキーは、って思って」

 所在なさげなジュラの手のひらにハイタッチを返すと、ギソードはそこそこな質のソファに倒れ込んだ。


「……ありがとな」

「実力だよ、ギソードの」

「当たり前だろ。っと、悪い。術式使っちまった」

「ふふー」

「……なんだよユイ、そのしたり顔は」

 背もたれを抱いて座るユイは、目を細めて続けた。


「ペチャパイスキーね、ギソードは一回だけ術式使うんじゃないかって。ふふ、なんだかおかしくって」

「……咎めるつもりはないし、みくびったわけでもない。それで、どうだった?」

「あ? どうって、最高だったよ。ありがとな。あと使うって読んでたのかなり気持ち悪い」

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