中級興行

 ――復讐のためです。


 レィルは確かにそう言った。


 ジュラにとって興行は、……興行のためのものだ。アクターとして鍛えた肉体と磨いた技術、積み上げた術式を駆使して観客を喜ばせるためのもの。そのための努力は惜しまないし、誰より誠実であろうと心がけている。ペチャパイスキーとなったいまも、そのスタンスに揺るぎはない。


 だからこそ、わからない。


 “クアンタヌ”をより高いステージに上げることと、レィルの復讐。それがなぜ繋がるかも、そもそも何に対してなのかも――。


 マスクド・ペチャパイスキーとして初の中級興行。レギュレーションは一対一ノーマル。アクター同士が鎬を削る真の興行だという評価も頷ける、智と力のぶつかり合い。この先は、今まで通り常勝とはいかないだろう。


 相も変わらない、舞台へ続くカビ臭い地下道。見送りに来たジャージ姿のレィルに、ジュラは問い掛ける。


「聞いておきたいことがある」

「はい、なんでしょう?」

「レィルの復讐って、なに?」

「知らないんですか?」

 正直、少しは狼狽えるのかと思っていた。あるいは、大仰に語り出すのかと。


「……俺が知っているのは、製術機関の財政の立て直しと、ジュラ・アイオライト失踪事件の告発だ」

 それについては、出会って初日に確認している。


 告発というのが復讐なのか? アクターとクランの間の揉め事など、表沙汰になっていないだけで周知の事実で、日常茶飯事だ。SNSにはそういった疑惑のことしか語らない界隈もあるという。


「……そうですね。ペチャパイスキーは、その認識で構いません」

「引っかかる言い方をする」

「してますから。ほら、そろそろ時間ですよ? ファイト、オー! です」


 いつも通り微笑んで、レィル・クアンタムは背を向けて歩いていった。



◆◆◆



 視線が、歓声が、圧力を生む。

 中級興行というのは、興行のランクのこともあるが、客のミッド層に訴求するという側面も表している。


 日に一度ほどしかない上級興行とは異なり、中級は各スタジアムでそれぞれ数回行われる。より気楽で親しみ深く、相応にレベルが高く、何より手放しに愉しめるのが中級興行だ。


『赤コーナー。快進撃を続ける結界ブレイカー、[外付け]マスクド・ペチャパイスキー』


「ペチャパイスキー! お前のために高い席代払ってんだ、頼むぞー!」

「ヘンターイ‼︎」


「SNS見てるぞー! オーナーのためにも負けんなー!」

「マスク脱いでー!♡」


 淡々とした男性アナウンサーが原稿を読み上げていく。

 マスクド・ペチャパイスキーに付いたファンは、男女でその嗜好が大きく異なっている。


 男性はパワフルかつ冷徹なバトルスタイルへの期待と外見への愛のある揶揄。

 女性はオーナーであるレィルとの関係性と、どういうことか覆面アクターの顔オタが目立つ。時折覗く口元や、顔以外の情報からペチャパイスキーイケメン説が盛り上がっている。らしい。手作りのうちわも『マスク脱いで♡』といった趣旨のものばかりだ。


 少し、戸惑いを覚える。


(……レィルはこれ、腕組んで誇らしげにしてるんだろうな……)


「ふふん」

 中級初出場でこの好反応。関係者席から盛況を見下ろすレィルは、同担に対して静かに頷くばかりだ。


「青コーナー。最強クランの大型新人、【戦線響々レゾナンス】オズマ・イミテ」


(そっくりだな……やはり、ナゾラの息子か?)

 先日告知された対戦相手の姓に、ジュラは覚えがあった。


 オズマという男は、こう見てみると“イミテレオ”オーナーのナゾラ・イミテの面影を感じさせる立ち姿だ。

 金髪に碧眼。父親は小太りだったが、若い頃なら彼のようにすらっとしたスタイルだっただろう。切れ長で神経質そうな目元は母親に似たのか? ジュラは感心する。


『[外付け]マスクド・ペチャパイスキー。クラン“クアンタヌ”所属。お馴染みJUNGLEのダンボールを被っております。持ち込んだ術式はご覧の通り。オッズは2.87倍』


 電光掲示板に、七つの外付けデバイスが紹介された。


(《攻城砲キャノン》に《斬鉄剣ブレード》、《大躍動ストレングス》《超越者オーバードライヴ》は知っている。《複層防楯シールド》は見たことないが、まぁそのままだろう……伏せられた残り二つは……どういうことだ? なぜ《複層防楯シールド》だけは晒した?)


 七つのうち、ペチャパイスキーがこれまで披露していないものが三つ。その一つである《複層防楯シールド》以外が秘匿されている。


 オズマは考える。


(隠し球と見るのが定石だが……《超越者オーバードライヴ》を超える切り札が、果たしてあるか?)


 魔力置換アストラル体の自壊と引き換えに、莫大な魔力放出を可能とする《超越者オーバードライヴ》。オズマが知る限り、単純な真っ向勝負であれに挑めるアクターは数えるほどしかいない。


――オッズは1.56倍』


(ギソード戦で一度だけ見せたほかの外付けと《超越者オーバードライヴ》の同時発動……しかし、《攻城砲キャノン》や《斬鉄剣ブレード》以上にその恩恵を受けられる術式とはなんだ?)

――魔力置換アストラル体の構築を確認』

『レギュレーション・ノーマル、Ready――』

「!」


 ゴングが鳴り響く。


「しまった!」


 やられた。

 ペチャパイスキーの罠に腰まで浸かってようやく、その悪辣な意図に気がついた。

 二つの秘匿術式を考察するつもりが、すでに研究済みの外付け術式の検証をしてしまっていたのだ。


 ゴングと共に駆けてきたペチャパイスキー。ダンボールで隠れたその顔が、間抜けな獲物を前にして喜悦に歪んでいるのが見えるようだ。


「賢いな、オズマ。だからこそ、お前の得意でやらせてもらう!」


 肉薄。

 いつのまにか、腰のアダプターに術式デバイスが一つ差し込まれている。何かはわからない。対応すべき情報に割くリソースを奪われすぎた!


「くっそ……響け、【戦線響々レゾナンス】!」

 オズマの得物である、鍔が中空の円を描く両刃剣。彼がそこに魔力を流すことで、術式効果が増幅される。


「知ってるぞ。魔術の魔力パターンに干渉して、術式を無効化できるんだろう?」


(装填したデバイスはブラフ⁉︎ 発動していない……ッ!)


 当然、ジュラはこれを研究済みだ。


「だから、こうする!」

「ぐ、ガッ⁉︎」


 魔術妨害を敷いて油断したのだろう。気の緩みを見逃さず、ペチャパイスキーはオズマの頭を把持。そのまま大きく振りかぶって、結界に向かって力任せに放り投げた。


 オズマの【戦線響々レゾナンス】では、単純な魔力放出を妨害できない。

 平時であれば阻害を衝撃波なりに切り替えて反撃できたものを、ペチャパイスキーのデバイスが発動可能になっているのを見てしまったばかりに――


 鈴のような音を響かせながら、オズマが結界に叩き付けられる。


 鐘の音と共に【戦線響々レゾナンス】の効果で結界が割れる。同時に、オズマの魔力置換アストラル体が活動限界を迎えた。


『あ……魔力置換アストラル体、崩壊を確認……』

『決着……決着です! 勝者、マスクド・ペチャパイスキー!』


 ばらばらと降り注ぐ結界の魔力片の中、ペチャパイスキー、力強く右拳を掲げる。


「俺の名はマスクド・ペチャパイスキー、クラン“クアンタヌ”のアクターだ! 俺たちを見ていてくれ!」


 ペチャパイスキーの言葉に、観客が沸き立つ。


 その音の洪水だけが、ジュラの胸に引っかかったレィルの言葉の痛みを和らげてくれた。

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