箱の中の美女と悪魔〜不協和音な絵画ショー
星咲 紗和(ほしざき さわ)
前編
夜の街が薄暗いネオンに包まれる頃、一つのカラオケボックスの部屋で、一人の悪魔が静かに筆を動かしていた。小さなライトの光が、彼の手元のキャンバスを照らし、彼の目は目の前の歌う女性に鋭く注がれている。
彼女は、まるで空間そのものを支配するかのように歌い上げていた。肩にかかる髪が揺れ、うつむきながらも情熱的な声が部屋に響く。その瞬間瞬間を、悪魔は見逃さぬように筆を走らせ、キャンバスに記していく。彼にとって、それは単なる絵ではなかった。彼女の表現する美しさ、その魂が宿る姿を、芸術という形で永遠に封じ込めたいという衝動がそこにあった。
「なぜ私の絵を描くの?」彼女は歌をやめ、悪魔に問いかけた。
「君の歌声が、私を狂わせるのさ。」悪魔は微笑を浮かべ、筆先をキャンバスから離さない。「君の歌が生み出す世界を、どうしても捉えたい。それが私の欲求だ。」
彼女は悪魔の視線を受け止め、静かに微笑んだ。「私の歌が…あなたを動かしているの?」
「そうさ、君の一音一音が、私の中に潜む何かを揺さぶっているんだ。」彼の声には、どこか冷ややかで、それでいて燃え上がるような情熱が含まれていた。
再び彼女は歌い始め、悪魔もそれに合わせるかのように、彼女の姿を追って描き続けた。彼の手元で、彼女の姿が少しずつ形を成し、次第に現実からかけ離れた幻想的なものへと変わっていく。彼女の姿が次第に大胆で、そして妖艶な色彩を帯び始め、絵の中の彼女は現実の彼女とは違う、別の世界に生きる存在へと変わっていた。
歌い終えた彼女は、悪魔の描いた絵をじっと見つめた。それは、彼女自身でありながらも、どこか現実離れした存在。欲望と芸術が融合し、別次元の彼女を生み出していた。
「こんな私、見たことないわ…」彼女は絵に手を伸ばすと、その冷たさを感じ取り、微かに震えた。
悪魔は、彼女にそっと囁く。「これはただの絵じゃない。君の中に潜む、もう一人の君だ。君の美しさ、そして欲望を映し出したものだよ。」
二人は静かに見つめ合い、夜は更けていった。
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